第6話 月高の名人たち ④
「いーや、間違いないね。葉月ちゃんは絶対俺に惚れてるって」
「……証拠は?」
「前にも言ったじゃん?葉月ちゃんは俺から借りた傘を忘れられないはず」
「何だ、またその話か……」と亮は半分呆れたように笑った。
それは去年の一学期、梅雨のさなかのことだった。
放課後になって急に大雨が降り始めたその日、隆嗣は葉月が昇降口のそばで立っているのを見た。葉月が傘を持っておらず、家に帰れないのだと勘違いした隆嗣は自分の持っていたビニール傘を彼女に渡した。
「あの時、葉月ちゃんはこう言った」
隆嗣は高い声を出して、葉月の声真似をする。
「「私が傘をお借りしたら、
亮は隆嗣の一人芝居を見ていたが、結末はすでに何度も聞いている。
「その結果、神宮寺さんはお迎えのマシンに乗るまでの間に差したお前の傘が突風で破れてびしょ濡れになったんだろ?しかも翌日風邪を引いて学校を休んだって?」
「でも葉月ちゃんは、後日新しい傘を買って、「あの時は助かりました」と言ってくれた。今日の先輩の告白を断ったんだって、ぜってー俺のことを忘れられないでいるからじゃん」
そんな話をしているうちに、二年一組の教室に着いた。亮の席は窓際、後ろから二番目だ。エナメルバッグを脇にかけると、隆嗣が一つ前の椅子に逆座りして亮を見た。
まだまだ話し足りない様子の隆嗣に対し、亮はあまり興味がないのか、椅子に座ると頬杖をついた。
「そんなに自信あるなら堂々と話しかけてみれば?朝練覗いてばっかじゃ、そのうち悪い噂になってせっかくの好印象が崩れるぞ」
亮は、隆嗣といるせいで自分まで変態扱いを受けるのは御免といった調子だ。
「そりゃ俺だって話しかけたいけどさぁ~。亮だって見ただろ?大竹先輩ですら一瞬でパンイチの刑に処されてたじゃん。あのシスコンくんがいるんじゃ、俺なんてすぐに全裸に剥かれちゃうわ」
隆嗣は「いや~ん」と言いながら胸を隠しておどけている。亮は相変わらず冷めた目付きで隆嗣を見た。
「本命の恋だから、どんな困難も乗り越えてみせる!ってついこないだ言ってたのは誰だっけ?」
「あのね亮くん、俺だってバカじゃないの。あのシスコン野郎が本気出したら、残機フルでも死亡するの!」
「んーでも、弟が見張りしてるのって通学の時だけだろ?昼休みとか、別にいくらでも話しかけるチャンスあんじゃないの?」
亮なりにアドバイスをしたつもりだが、隆嗣は「わかってないなぁ」とばかり大袈裟に肩をそびやかした。
「葉月ちゃんはいつだって人気者だから、女子軍団とのお喋りに忙しいわけ。そこに割り込んで告白って、絶対空気悪いだろ」
「そりゃそうだけど……じゃあこのままでいいのか?」
隆嗣は腕組みして真剣に考えているような顔を浮かべた。
「だからそのチャンスを引き寄せるために、いつも葉月ちゃんのことを考えてるわけじゃん?」
「それで?妙案はあったのか?」
いつだって課題のど真ん中を見つめる亮の指摘は、優柔不断な隆嗣には痛い。隆嗣は急に黙り込むと、一転してにやりと笑った。
「んー、まだ思いつかないだけ!それよりさ、亮はどうなの?誰かいないわけ?」
「俺?……そんなこと、考えるのも面倒だし、ろくでもねぇよ」
亮は心底どうでもよさげに窓の外を見た。澄んだ高い空を
「お前さぁ……真面目なのはいいけど、俺たち高校生だぜ?JKならぬJDじゃん?メラメラでユラユラでドキドキの恋をさ、今せずにいつするんだよ?!」
これでもかと盛り上げる隆嗣との温度差は開く一方だ。
「好きでもない女子と無理やり付き合っても、そんなんで恋心とか愛情とか、芽生えなくない?」
亮が枯れた発言を繰り返していると、隆嗣は胸元をじっと見た。
「お前まさか……
隆嗣にも
自分にしか見えないものがあることで薄気味悪がられてきた亮にとって、それが見える人間がいるというのは驚きであり喜びであった。だから亮は隆嗣に対して心を開くことができた。月の心をきっかけに仲良くなった隆嗣は、もちろんその由来も知っている。
亮は複雑な気持ちを抱えたまま、月の心を持ちあげた。宝石を光に当て、しばらく無言になる。十年という月日は長かった。優月が
月の心を返すという約束は忘れていなかったが、彼女を思う気持ちが恋なのかは、十七歳になった亮にはよくわからなかった。再会した彼女を本気で好きになれるのかを考えると正直、亮は戸惑った。
「あれは……恋って言えるもんなのかな」
不意に漏れ出た言葉を隆嗣が拾いあげる。
「十年も前の約束を忘れずに守ろうとしてて、それが恋じゃないなら何なんだよ?」
「……約束を守るのは、ただの責任感からかもしれない」
隆嗣は溜め息をつく。
「うーん。月高の陸上部エース様は、恋バナになると、これなんだよなぁ」
「陸上と恋愛は無関係だろ」
「よく考えろよ。お前もし優月ちゃんと再会できなきゃ、一生童貞でいる気か?」
「……どうだろう。今は考える気がないってだけのつもりだけど」
「それでいいのかよ?せっかく再会できた時に、彼女はお前が童貞だったら引くかもしれないぜ?お前の中ではまだ七歳でも、向こうだって今は花の女子高生なわけじゃん。時が動き出した時のためにもさ、もっと経験値積んでこーぜ?」
亮は呆れた表情を浮かべ、隆嗣を睨む。
「いやお前も童貞だろが。説得力ないって」
「それは違うね。俺は常にハングリー精神を忘れずチャンスを狙ってるし、その時機が来たら逃すつもりもない。俺は狩人なわけ。お前は狩りに出る気もない。あまりにも消極的だろ」
「チャンス?そういうなら神宮寺さんにもっと積極的にいけよ」
「そーれーはー話が違うのー!亮なんかイケメンで足速くて成績もそこそこ良いんだからさー、ちょっと頑張ればすぐ付き合えるじゃん?」
「経験積みたいってだけの目的で付き合わされるって、相手の子に失礼すぎるだろ。遊びっていうか……不誠実すぎる」
「俺は遊びなんて言ってないじゃん。恋はサッカーと同じ!笛が鳴ったら本気でやるんです!」
隆嗣がムキになればなるほど、亮の顔面から表情が消えていく。
「ていうか、足速いはまだしも、誰が俺のことイケメンなんて言ってるわけ?」
「亮知らないの?最近お前女子の間で株上がってるらしいぜ」
「どこ筋の話だよ」
「へへ~ん、俺のこの超絶スゴ耳が女子の会話を拾い取ったんですー!な、だからさ、お前に必要なのは好きになる相手、一択!そこで俺は考えました。亮に見合う彼氏のいない女性を!」
「へー、盗み聞きしたってことね。で。例えば誰?」
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