第4話 月高の名人たち ②

部活棟の階段を降り、校庭を横切って教室棟に向かっていると、


「ラーイト!おっす」


 パワフルな声の主が軽く手を挙げて近寄ってきた。


「おう、隆嗣りゅうじどした、その顔?」


 短髪を金色に染めた弾間だんま隆嗣は、右目を腫らしている。


「いや~、テニ部の朝練見てたら、ボールが飛んできた」


 半ば予想通りの答えに、亮は呆れて溜め息をつく。


「お前また女子の朝練覗いてたのか?あんまりやってるといつか変態扱いされるぞ?」


 隆嗣は開き直ったように笑っている。


葉月はづきちゃんが見られるなら、変態上等だけどな!」


 亮はもう一度、わざと大きな溜め息をついた。


「で、見れたのか?神宮寺さんの朝練」


「いや?今日はいなかったからボール当たり損。マジでガッカリだわ」


 隆嗣は半泣きの顔でしゅんとしている。


「隆嗣、いつまでその調子でいるつもりだよ、お前本気でサッカー部辞めるのか?」


「言ったろ?うちのサッカー部はダメだ。練習には来ないくせに試合の時だけボールを寄越せって言ってくるアホに、守備をDFディフェンダーGKゴールキーパーに丸投げするカス。そんな野郎ばっかのとこでサッカーなんかやってられるかよ」


 怒り混じりの隆嗣は、しばらく部に顔を出すつもりはなさそうだ。


「でもお前、中学の時は郡大会でゴール数最多でMVP獲ったんだろ?もったいないじゃん?」


 亮のペースに合わせ、隆嗣も歩き続ける。


「とりあえずうちのサッカー部は今の問題を解決できなきゃ、郡大会ベスト8にも入らないな。ま、もしお前が入れば、ちょっとは面白くなるかもしれないけどな~?」


 隆嗣は思わせぶりに亮を見た。


「やめろよ、俺が最後にサッカーやったの小学生の時だぜ、知ってるだろ?」


「でもGKだったろ?相手の球が入らないって信頼があれば、アタッカーもどんどん攻められる」


「いやいや、ドリブルもパスも下手くそな俺にサッカーは無理だ」


 七歳の時、転校してきた亮に初めて声をかけたのが隆嗣だった。当時からサッカーの上手い隆嗣に付き合って遊んでいたが、亮はいつもゴールキーパーだった。中学では一度も同じクラスにはならなかったが、付き合いはそれなりに続き、月高では二年連続で同じクラスになった。


「んーーー。ま、それは確かに、克服してもらわなきゃだな」


「おい、勝手に決めんなよ?!」


 亮が焦って言うと、隆嗣が笑った。


「冗談だって。お前一人入ったからってサッカー部がよくなるとは思ってねぇよ。先輩たちにいじめられるのがオチだ」


「俺は陸上で頑張りたいんだよ」


 俯きがちに亮がそう言うと、隆嗣は手で口を塞ぎ、ブフッとこらえきれないように笑った。


「お前マジでムッツリだよな。あの可愛い女子マネだろ?練習付き合ってもらってるうちに好きになっちゃったパターンか?」


 一瞬にして首まで真っ赤になった亮が、少しムキになったように反論した。


「お、俺と小栗さんは別に、そういうんじゃないから。勝手なこと言ってんなよ」


 弱点を突いたらしいと、隆嗣はここぞとばかりに攻めの一手を指す。


「ん~~?でもお前、バレンタインもらってなかった~?それってつまり~?脈ありってことなんじゃないのぉ~?」


「勘違いすんな。あれは陸部の男子全員がもらえる人情チョコであって、そこに特別な意味はないんだよ」


 後輩の女子からチョコをもらっておきながらも満足ではないとのたまう亮(ライト)が羨ましいやらムカつくやらで、隆嗣は亮に飛びかかった。


「お前それ、人情チョコさえ一個ももらったことない俺に言うことかよ?!」


「んなもんお前がそのチャンスすら自分で叩き割ったようなもんだろ」


「は、何のことだよ?」


「お前、去年の文化祭、覚えてないとは言わせねぇぞ?全校生徒が見る前で、ステージに立って神宮寺さんに告ったのはお前だろ?あれでまだ別の女子からもチョコもらおうなんて、考えが甘いんだよ」


隆嗣はそれを聞くと、急に誇らしげに胸を張り、ぽりぽりと鼻を掻いた。


「フフン、そのことに関しては一切後悔してない。俺は葉月ちゃん一筋だからな」


 毎日のように聞いて耳タコの亮は、「はいはい」と受け流す。


「それは知ってますよ。んでそれは俺にじゃなくて、神宮寺さんに言えよ」


「そりゃ、お近付きになれるチャンスがあればな」


 二人が歩く先の広場に大勢の学生が集まっている。その広場は、マシンで登校する学生のための離着陸場だ。まるで超人気アイドルの出待ちさながらの混雑ぶりで、隆嗣は「おほ」と恍惚の表情を浮かべると、混雑の最前線へと割り込んでいく。


「おい……」と亮が止めようとしたが、間に合わなかった。隆嗣の性格はよく知っている。考えるよりも先に動き出す男だ。やると決めれば止められない。


 亮は周囲の生徒に「退いてくれ」と声をかけ、群衆の中に道を切り開いていく隆嗣の後を追った。視界がやや開ける。亮が隆嗣に追いつくと、二人の女子がマシンの着陸を待っていた。


 数分後、高級感のある黒色の、長いマシンが上空を飛んできて、パーキングスペースに着陸した。


 マシンのガルウイングドアが上がり、一人の少年が降りてくる。174センチ、痩せ型、茶髪のウルフカット、制服の腰ベルトには日本刀。決して美少年ではないが、隼のような鋭い眉根には意志の力が感じられる。襟には一年生のバッジを着けているその少年は、無表情のまま道を進む。


「ぎゃあああーー!神宮寺勇真さまぁぁあーー!」


「勇真さまカッコイイイイイイ!!」


「勇真さまこっち見たあああ!」


「ヤバイ!!目が合っただけでシビれる~~!!」


 一年の女子たちが騒ぐなか、勇真はそれらを一切無視して周辺の安全確認をすると、マシンの中に呼びかけた。


「葉月姉さん、進路はクリアです。どうぞ降りてください」


「ありがとう、勇真」


 柔和な声が聞こえ、中では執事との会話が繰り広げられる。


「加藤さん、放課後は書店で買い物の予定がありますので、送迎は必要ありません」


「そうですか、ガードを同行させましょうか?」


「いえ、勇真がついてきてくれるので大丈夫ですよ」


「そうですか、お坊ちゃんが一緒なら安心です」


「ええ、二人で歩いて帰ります」


「かしこまりました」


 会話が終わるとすぐに、マシンからよく磨かれた革靴が伸び出てきて、白い靴下、そして人形のように真っ白な脚が見えた。淑やかな令嬢は、ゆったりとした足取りで地面を踏みしめる。太ももまで伸ばした黒い艶々とした髪も特徴的だが、それだけではなく、卵形の小さな顔、アーモンドの形をした大きな瞳、細い首筋、その全てが、神様によって特別に作られた完璧な存在であることを告げている。


 彼女はスクールバッグを両手で前に持ち、スカートを抑えるようにして歩きだす。自然と狭い歩幅になる歩き方は、一輪の無垢な花を思わせた。生徒、教諭問わずそばを通り過ぎた男は振り向いてその後ろ姿を見る。顔周りの髪を後ろでまとめたイヤーカフの光すら尊い。そして、彼女を敬愛しているのは女子生徒たちも同じだった。


 神宮寺葉月。彼女はヒイズル州の五大財閥の一つである神宮寺財閥の令嬢だ。才色兼備、文武両道。そんな言葉では表しきれないほど特別な彼女は、家政部、茶華道部での活動に加え、合気道では三段を取得、さらに女子テニス部のエースをもこなす。昨年の文化祭ではミス月読つくよみに選ばれ、そこから一気に月高の有名人となった。


 葉月は離着陸場で待っていた二人の女子生徒に挨拶をする。


葵唯あおいさん、美波さん、おはようございます」


 短めの髪をポニーテールに結んだ方が坂元葵唯。右側に白いリボンの付いたカチューシャを着けているセミロングの女子が相河美波だ。二人は葉月と同じクラスに所属し、家政部でも顔を合わせる親友と、全校生徒から認知されている。


「おはようございます、葉月さま」


「今日も素敵な一日をお過ごしになられるといいですね」


「本当にね」


 葉月が離着陸場を離れると、マシンのドアが閉まり、すぐに浮上を始める。上空へと向かうマシンが気流を生み、葉月たちの髪が激しく吹き流された。


 マシンを見送ると、葉月はづきが葵唯たちに呼びかける。


「さ、行きましょう。長居は無用です」


「はい」


 勇真が前を歩き、その後ろを葉月たち三人が歩き始めた。その時、


「お前ら、どいてくれ」

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