第2話

食べたらすぐ催すタイプのこの男、性は阿部で名前は掌(たなごころ)である。身長185cm、体重80kgと大柄でありながら、どこか神経質な雰囲気が漂う。小学生の頃から通い続けている床屋には、決まって第4日曜日の10時に行く。社会人になってからは、髪型はいつも刈り上げ7:3分に整えられていた。


冗談を言うようなタイプではないが、負けず嫌いの性格のため、仕事熱心であり職場での信頼は厚い。


彼には昼休みのルーティンがある。昼食は職場があるビルの売店で日替わりのサンドウィッチとコーヒーのセットを買い、人気のないラウンジでさっと済ます。そのあとすぐにラウンジ横のトイレに行き、個室でゆっくり用を足すのだ。


基本デスクワークが仕事だが、外部の電話対応もするため、昼休みの時間はその日によって変わる。

時間が変わっても、必ず彼は昼食にサンドウィッチとコーヒー、そしてトイレに向かうのである。



-家を出れば7人の敵がいる-


彼は幼い頃にどこかで聞いたその言葉を愚直に信じていた。そしてその言葉通り、家を出る時にはスーツという名の鎧に身を包み、微塵の隙も見せぬよう努めていた。

そんな彼が、いわゆる社会という戦場で、唯一心休まる時が昼休みのトイレの個室であった。

そこは何人たりとも邪魔ができない彼だけの聖域であり楽園であった。


もともと人の少ないラウンジの横のトイレで、誰かと出くわすことは滅多にない。週に1-2度、誰かとすれ違うくらいだが、ビルには他の企業も入っているため顔見知りに会うことは一度もなかった。


この日も彼は昼食をさっと済ませてトイレに行った。


このトイレは立って用を足す便器が3据、個室が2室ある。内装は、ビルオーナーのこだわりなのか、ちょっと良い観光ホテルのトイレのような、高級感と清潔感を醸し出すアンティーク調に整えられている。


そのトイレで彼は決まって奥の個室に入る。

すぐに甲冑を脱ぎ、緊張が糸が緩む。


いつものように、彼の意識は解き放たれ、しばしの空中散歩、渡り鳥と共に空を歩き風と戯れる。



(バタンッ)


---その時はふいに訪れた。


いつだってそう。本物の戦争は突然始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トイレ戦争 純一のJ @yatome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る