トイレ戦争

純一のJ

第1話

大地震が突然起こり、自分のいる建物が崩壊しそうな時、トイレに駆け込むことで生存率は跳ね上がる。

トイレはその構造上、上からの力に強く、閉じ込められても水が確保できやすいという理由である。

「水の確保」と言えば聞こえは良いかもしれないが、トイレの水である。しかし、数日間閉じ込められ極度の脱水状態にでもなれば、個人の清潔感など無に等しいことは想像に難しくないだろう。お腹を壊す壊さないの話を置いておけば、世界で日本だけ、トイレの水が飲めるという話を聞いたことがある。


トイレの個室のドアは大抵1枚であるが、その1枚向こうにいることが許されるのは、「トイレに用事がある人」だけである。この禁を破ればたちまち政府から特殊部隊が送られて、自殺や事故にみせかけ処理されてしまうだろう。

しかし、世の中にはトイレという空間を設けずして、個室のみの、いわゆる「不完全なトイレ」が存在している。

屋外イベントにある仮設トイレもそれにあたるのだが、人通りが少なく、イベント会場から比較的距離がとられている。そのため、仮設トイレを中心とした半径5mを「トイレ空間」として不完全さを補っている。

厄介なのは、建物内にある「不完全なトイレ」である。酷いところでは、オフィスと会議室を結ぶ廊下に「不完全トイレ」が並ぶこともある。この廊下は、ただの廊下ではない。「トイレ空間」の一部とすれば、この廊下を通ることが許されるのは、「トイレに用事のある人」でなければいけない。

オフィスと会議室を、単に行き来する人がいれば、たちまち特殊部隊が登場し、社員が一人、また一人と自殺もしくは事故として処理されてしまうのである。


「トイレ戦争」は、いわゆる「トイレの争奪戦」やトイレで起こる銃撃戦のことではない。大家族の家庭では「トイレの争奪戦」はよく起こるかもしれないし、「トイレで起こる銃撃戦」なんかはほとんどの日本人が経験することはないだろう。

「トイレ戦争」は、忘れた頃に突然起こる。その度、神経をすり減らし、傷つき、命からがら帰還するのである。

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