第3話【彼にとっての生きがい】



◇彼にとっての生きがい◇


 【ギャラクシー・ワールド・ソウルズ8】制作プロデューサー、チームリーダーである葛城かつらぎ昌親まさちかは……新人スタッフ笹鷺さささぎ幾太いくたを、こう称えた。


「いやー、アイツほどGWSに詳しい人間は居ませんねぇ。社内でも噂はあったんですよ、えらくGWSに詳しい社員がいるって。でもね、当時はアプリ板の開発だったでしょ、シナリオは外注依頼、イラストレーターは複数を抱えてる。BGM担当の先生は歴代と同じ人だったけど、疑惑もあったし……そんな環境の中で声をかける余裕なんてないない。いくら知識があっても、作れるとは限らないでしょう?」


 最初の印象は、ただのオタクだったそうだ。

 熱心なオタクが夢を膨らませて、開発会社に入ってきただけ。


 だが、その評価は変わる。


「でもねぇ……アイツの愛は本物だった。断言しますよ、笹鷺さささぎ幾太いくたは、GWSの生みの親、大田おおた正蔵しょうぞうに匹敵……いや、もう超えてたんですよね。愛だけは……まさしく阿呆ですよ」


 葛城かつらぎは寂しそうに、コップに入れられた水を飲んだ。

 一息つき、プロデューサー葛城かつらぎは続ける。


 因みにこのインタビューは、完成したゲームの発売直前インタビューだった。


「そんな愛のある男が、開発途中に死んじまうなんてね、しかも終盤も終盤。マスターアップ直前だなんて……運命ってのは残酷だってよく言うけど、本当だったよ。もしかしたら、第二の大田おおた正蔵しょうぞうになれたかもしんねぇのに」


 その言葉を本人が聞いたら、本人は嬉しさの余り卒倒するだろう。

 このインタビューを聞いた【ギャラクシー・ワールド・ソウルズ】のファンも、この男が復活させたと思うはずだ。


 しかし残念ながら、それは叶わない。


 彼……笹鷺さささぎ幾太いくたは、三十二才の若さで命を落とした。

 最後の仕事は、マスターアップの寸前。

 早朝作業中の、突然死だった。


「ウチも、ブラックでは無いつもりなんですけどねぇ。作業時間は決められていたし、残業も極力無し。今作の開発期間を考えれば、余裕もあったんだよ……もう少し早く、誰でもいい、チームの誰かが出社してればねぇ」


 しかし笹鷺さささぎ幾太いくたは、その愛が故、暴走した。

 一人のサービス残業は当たり前。他人のカバーを自ら進み、それらを多重で引き受けた。

 イラストレーターへの連絡、3Dを担当するグラフィッカーとの連携、作曲家との打ち合わせ。

 シナリオライターとの仲介。彼は【ギャラクシー・ワールド・ソウルズ8】の中身、八割以上を掌握していただろう。

 更にはマーケティングやプランナーまで、彼は働きすぎていた。そして当然のようにテスターもしている。

 これは、プロデューサーにとっては少々恥ずかしいだろうが。


 そしてそうなれば当たり前だ。疲労は溜まるし身体も悪くする。

 食生活も雑、運動もしない、ひたすら開発に勤しみ……そして完成間近で、死因の不明の突然死だ。


「今頃、天国で大田おおたさんに会ってんだろうさ……サインでも貰って、ウハウハしてんでしょうよ。もしかしたら、新作をどう作るか話してるかもしんねぇ。大田おおたさんも天国から制作を見てただろうし、きっと気が合うよ。なんにせよ……笹鷺さささぎのおかげでGWS8は完成した。それが事実だ」


 ゲームへの愛。

 彼の生きがいがもたらした、命の終焉。

 しかしてゲーム……【ギャラクシー・ワールド・ソウルズ8】は完成し、その社運を賭けた新作は見事、神ゲーへと返り咲く。


 だが、笹鷺さささぎ幾太いくたはそれを知らない。

 知らずに死して、彼はどう思うのだろうか。

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