第15話

「レドシーか、お前もか」


 救命ボートが置かれた薄暗い甲板に、ライフルを背負った水兵達と数名の陸軍士官が集まっていた。


 ボートの一隻が海に降ろされ、甲板からは縄梯子が垂れている。


「ええ。艦隊にいる陸軍士官は、全員が輸送船に移るようにと命令されました。間違いなく本国から出された正式な命令です。でも、どうして」


「もう監視する意味すら感じていないのかもな。死ぬのは、エリナ少将を筆頭とした海軍士官だけで十分だと」


 ノーグは、遠い目をしてそう言った。


「ですが、それは卑怯です。海軍の連中をここまで疑っておいて、最後の最後に自分たちが派遣した監視役は引き上げさせ、死ぬのはお前らだけにしろとは」


「命令だ、諦めろ」


 ノーグは海に転落しないよう慎重に梯子を降り、ボートに乗り込む。


 レドシー少佐も、渋々といった感じでボートに乗り込んだ。


「輸送船の上に師団砲兵を展開させましょう。せめて、敵に一矢報いるべきです」


 10名ほどの陸軍士官と2名の水兵を乗せたボートは、徐々に『ロバート・エンド』から離れていく。


「それは我々の自己満足だ。そもそも我々が交戦を試みたところで、一矢報いることすらできず全滅する」


「それだからといって、戦いから逃げて投降することなど」


「我々が死んだら、今から死ぬ海軍兵たちは本当に無駄死にになる。それに、負けると決まったわけじゃない。せめて、100に1つの勝利を信じてやろうよ。死に逝く海軍兵たちへの手向けとして」


 ノーグは、寂しそうに言った。


「そういえば、私的な用事とやらはいいのですか?」


 レドシーは、ふと思い出したらしく、そう聞いた。


「ああ、もういいんだ。引き止められなかったし、引き止められることもなかったしね」


「そうですか。結局、彼らは反逆など全くしませんでしたね」


 レドシーは、苦虫を噛み潰すようにそう言った。


「いや、こうして戦って散る事が、それだけが、彼らにできる唯一の反逆だよ。最も、進む以外に道などないんだけどね」


 陸軍将校達を乗せたボートは艦隊の合間を抜けて、最後尾を進む輸送船団へと到着する。


 輸送船から縄梯子が降ろされ、ノーグら陸軍士官達は輸送船に入る。


 それから一時間弱ほどが経過した頃、夜の闇の中に一隻の仮装巡洋艦が現れた。


 サンシル皇国海軍の仮装巡洋艦『薩田丸』


 元が商船であるために装甲もなく、兵装も貧弱なこの艦にとって何よりも強力なのは、優秀な見張り員と搭載する無線機だ。


 夜闇の中に艦隊を捕捉した『薩田丸』は、直ちに敵艦隊発見の暗号文を飛ばす。


 一般的な業務連絡に偽装された暗号文は、港に眠る連合艦隊を叩き起こした。




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