第11話

 航海日誌


 1905年1月10日

 吹雪


 ムガル洋に出てから一週間が経過。

 この辺りにはイグランド連合王国もあまり艦艇を配備していないためか、連合王国海軍からの嫌がらせもなりを潜めている。

 良い知らせとしては、フランシス共和国植民地にて行われた補給のおかげで食料状況は大幅に改善した。

 ただし、長距離の航海による疲労が水兵たちの間に厭戦気分を蔓延させている。

 本日は吹雪に煽られ2名の水兵が海に転落、行方不明となった。

 捜索する余裕はなく、戦死と記録。


 第一西部艦隊司令 エリナ・ジェスロンス




「どういうことだ!東部連合艦隊が壊滅しただと!」


 戦艦『ロバート・エンド』の会議室に、参謀の悲痛な叫び声が響いた。


 電信室から伝令が駆け込んできた時、会議中だった艦隊の高級将校たちは、どうせまた本国から大して重要でもない情報が最重要の印を押されて送られてきたのだろうと、特に身構えることもしていなかった。


 だが、伝令の口からその情報が伝えられた瞬間、厳粛であるべき会議室に広がったのは、激しい動揺だった。


「はい‥‥ウラーグス港が、サンシル皇国陸軍による突撃を受け陥落、東部連合艦隊の残存主力艦は、全てが自沈するか拿捕されたそうです」


 水兵は喉から絞り出すような声で、そう伝える。


「で、何か本国からの指示はあるか?」


 一人の参謀が、水兵に続きを促した。


「はい。航路の変更をする必要はなしとのことです。撤退をする必要も」


「ウラーグス港を落とすほどの実力を誇るサンシル皇国陸軍と、世界最高峰の練度を誇るサンシル皇国の連合艦隊を、こんなボロボロの艦隊と陸軍一個師団でどう追い返せと?」


「不可能だろうな」


「全滅しろということか」


「第22師団に上陸作戦でもやらせるつもりか?」


「いえ。そうではありません。本国からの命令は、目的地をウラーグス港からオトクル港に変更し任務を継続せよとのことです。失礼します」


 伝令は命令文を最後まで言い終えると、敬礼して会議室を離れる。


 高級将校たちの絶望した表情が、いくらか明るくなった。


 オトクル港は、アカラシス帝国東部艦隊が運用する大規模軍港の一つだ。


 冬季には凍結してしまうので母港とする海軍艦艇はあまり多くないが、夏にはかなりの軍艦で賑わう。


 最も、東部連合艦隊はウラーグス港で壊滅したので、今は閑散としているだろうが。


「なるほど。オトクル港で整備を受け、サンシル皇国連合艦隊を叩けということか。無茶ではあるが、ウラーグス港に突っ込むよりはマシだな」


 参謀の一人が、そう呟く。


「それではエリナ少将殿、ひとまず航路の変更は無しでよろしいですね?」


 副司令が、腕を組んで沈黙するエリナにそう聞いた。


「ああ。構わない。フランシス領インドリアを抜けたところで、どのルートを通るか考え直そう」


 エリナはそう決定し、会議を終了した。

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