第10話

 12時間後、エリナは医務室で目を覚ました。


「うう」


「やっと起きましたか」


 ノーグは本から目線を上げて、薄目を開けるエリナを見た。


 直後、エリナは慌てたように上半身を起す。


「私は何時間寝ていた!?」


 ノーグはのんびりと腕時計を確認した。


「12時間ほどですね」


「本当か!じゃあ仕事が」


「仕事は、暇な陸軍士官連中に押し付けておきました。それにしてもとんでもない量でしたね。10人の師団参謀が総出で終わらせるような量を一人でこなしていたとは。体調を崩すのも納得です」


 ノーグはエリナの語尾を遮って、艦隊は滞りなく動いていることを伝えた。


「貴様はそこで何を?参謀たちを手伝わなくていいのか?」


「俺は貴方の監視役ですので、一応起きるのを待とうかと」


 ノーグは、赤い革張りの洒落た表紙を指先で弾く。


 表紙には、金箔で『戦争論』と記されていた。50年ほど前に書かれた書籍だが、今となっては軍事に関わる全ての人が所有しているほどの名著だ。


「士官に勉強は必須ですからね。別にサボっていたわけではありません」


「なるほどな。貴様がそこまで真面目だとは思わなかったよ」


 エリナの表情にはまだ疲労が残っていたが、体調はだいぶ良くなったようだ。


「そういえば、エリナ少将殿はどこ出身なんですか?」


 ノーグは、唐突にそう聞いた。


「どうした?そのぐらい情報部から聞いているんじゃないか?」


「いえ。貴方の個人情報については、海軍士官学校以降の物しか調べられていませんので」


 旧態依然とするアカラシス帝国は、まだ戸籍制度すら一部地域への導入にとどまっている。首都ならともかく、地方都市についてはほとんど未知だ。


 地方出身であるエリナの出身地についても、特に調査されていない。


「ああ。北キサラだ。首都まで行くのにも特急汽車で3日かかるような、バスすらろくに走っていない田舎町だよ」


「おお。俺も北キサラの出身なんですよ。珍しいですね、人口3000人程度の小さな村なのに」


 ノーグは、そう言った。エリナは少し驚いた表情になる。


「軍に入ってから同郷の人間にあったのは初めてだよ」


「そうでしょうね。あの辺りに点在していた村は、ほとんどがゲルマニア帝国との国境紛争で焼け野原と化しましたから」


 ノーグは、昔を懐かしむような口調でそう言った。


「ああ。そうだったな」


 エリナは少し俯く。


「もしかしたら、俺たちも会ったことがあるかも知れませんね」


 ノーグは、空気感を変えるようにそう言った。


「いや。私はいつも家の中か庭にいたから、多分会ったことはないな。近所の友達とも遊んだ気がするけど、もう顔も思い出せない」


 エリナは、少し寂しそうな声でそう言う。


「とりあえず、職務に戻ったらどうですか。副司令殿は相当心配しておられましたよ?」


「そうだな」


 エリナはベッドから降りて軽く乱れた制服を整え、制帽を被る。


「さて。行くとするか」

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