第4話
「ノーグ准将殿。わざわざ第一西部艦隊司令に喧嘩を売る必要はありましたか?」
濃いガソリンの香りがする車の中で、運転手が口を開いた。
「一部始終を聞いていたのか?」
ノーグは、驚いたように聞く。
「ええ。貴方の後ろにいた海軍中尉です。あれに無線機を持たせていました」
「気づかなかった。見事なものだな」
ノーグは感心したようにそう言った。情報部の人脈は豊富だ。
そして、情報部員の裏切りは全員の相互監視により抑制されている。会話を監視されるくらい日常茶飯事だ。
「ええ。我々のメンバーは常に優秀です。それは置いておいて、まず質問に答えて下さい。あえて、貴方の身元を露呈させる意味はありましたか?」
運転手は、自分より階級がずっと上のノーグ准将に対しても全く怖気付くことなく、そう問いただした。
「‥‥反逆に対する牽制と言うのも別に嘘ではないよ。それが全てではないけど」
「やはりそうでしょうね。他の理由はなんですか?」
もちろん、運転手もただの運転手ではない。
「まあまあ。少しの私的な理由だよレドシー少佐。詮索は無粋というものだ」
丸メガネが知的な雰囲気を感じさせる細身の運転手は、その言葉に眉を顰めた。
レドシー少佐。ノーグ准将と情報部の上層部をつなぐ架け橋であり、同時にノーグ准将のお目付役でもある。
「私的な理由が我々の任務に影響を及ぼすのであれば、今から第22師団の師団長を変えるべきかも知れません」
レドシー少佐は、淡々と提案した。
「それについては問題ない。どんな時でも俺はちゃんと任務をこなすよ。これまでも、そうだっただろう?」
ノーグは肩をすくめて、そう弁論する。
「確かに貴方が優秀であることは確かです。ただ、准将の貴方より、一つ上の少将にまで上り詰めたエリナ少将の方が賢い。私的な用事とやらに足をすくわれたら終わりですよ」
レドシーは、なおも冷徹に畳み掛ける。
「たった一つの差だ。すぐに詰めるさ」
「階級一つの差がどれほど広いか理解できないほどに愚かであるならば、この任務は貴方に相応しくない」
「‥‥わかったよレドシー。確かにエリナ少将殿の方が俺よりも優秀だ。それは認める。私的な理由で手を抜いていい相手じゃないことも分かっている」
「では、今後不用意な行動は避けるように。諜報員は隠匿こそ命です。名を馳せたいのであれば、戦後に嘘偽りで自らの経歴を飾り立てて下さい」
ノーグは少し沈黙して、ため息をついた。
レドシーとの付き合いは長いが、彼の性格は会った時から全く変わらない。
言動からも表情からも内心を掴ませず、かなりの堅物のようだが、その割に皮肉は鋭い。イグランド連合王国の連中だって、ここまで鋭い皮肉は言わないだろう。
「善処するよ。とりあえず、第22師団の連中の荷積は終わったのか?」
ノーグは話を逸らした。
「ええ。師団砲兵の野戦砲は全て。軽戦車中隊も積み込み完了しました。あとは歩兵銃と火薬類ですね。水兵たちはいい顔をしませんでしたが」
レドシーは片手でハンドルを握りながらメモを取り出して、物資積み込みの進捗をノーグに伝える。
「火薬類か。まあ火種だしな。水兵の連中も、自分の足元にある爆弾が増えるのは、あまり気分良くないんだろうな」
「それは当然です」
結局レドシーは、ノーグの私的な事情について深掘りすることをしなかった。
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