第37話 辺境伯令嬢の独り言 絶対に厄災女には負けません
私はグラスコー辺境伯の娘、イライザ。
今年王立学園を卒業した。
私が王立学園に入学した時は大変だった。
何がって、厄災女のジャンヌが、全学園を支配していたのだ。
信じられないことに、学園には全校生徒の憧れの王太子殿下も生徒会長でいらっしゃったのに、厄災女のジャンヌが全学園を支配していたのだ。私にはそのことが信じられなかった。
だって厄災女はたかだか伯爵家の令嬢でしか無いのだ。
伯爵家は、いくら建国からの名門であろうと我が辺境伯家よりも爵位は低い。
そして、学園には王太子殿下を筆頭に公爵家や侯爵家の子弟も多くいたのだ。
なのに、その全てがジャンヌの言うことには逆らわないのだ。
即ち、ジャンヌが学園の陰の主と言っても差し支えなかった。
信じられないことに、厄災女は恐怖で全学園を支配していたのだ。
王太子殿下が生徒会長をされていたんだけど、完全に顎で使われていた。
私は最初にそれを見た時は目が点になった。
そして、勇気のある私はその礼儀知らずの女に注意しようとしたのだ。
その瞬間だ。
私の一つ上の従兄弟が突然私の手を掴んで、校舎の影に連れて行ったのだ。
「何をするのよ!」
私が驚いてその従兄弟に文句を言うと
「お前、死ぬつもりか」
従兄弟は大げさに言ってきてくれた。
「躾のなっていない礼儀知らずの伯爵家の娘に一言注意するだけじゃない。何故それが私の命に関係するのよ?」
私が文句を言うと、年上の従兄弟は頭を抱えたのだ。
「お前、王太子殿下を顎で使えるのか?」
従兄弟が呆れて聞いてきた。
「そんなの出来るわけ無いでしょ。不敬罪で捕まってしまうわよ」
私は当然の回答をした。
「それをあの厄災女は平然とやるんだぞ。殿下の側近たちも含めてだ。お前にそれが出来るのか」
「何か弱みを握られているのよ」
私は殿下たちのために言ってあげたのに。
「弱みって全員のか? 王家もいれば、カーティス様は公爵家の嫡男だぞ。そのそうそうたるメンバー全員が、誰一人としてあの厄災女には逆らわないんだ」
「逆らったらどうなるのよ」
私は聞いていた。
「さあ、俺は知らん」
「知らんって!」
私がムッとして言うと
「次の日にお前の死体が学園の池に浮いていても、俺は責任は取れないぞ」
「まさか、いくらあの女が厄災女か知らないけれど、そこまでしないわよ」
従兄弟の忠告に私は笑った。
「何を笑っているんだよ。言いことをお前に教えておいていやる。昔、あの女に文句を言った先輩がいたそうだ」
「どうなったのよ?」
私が聞くと、
「判らない」
「わからないってどういうことよ?」
「翌日からその先輩は学園に出てこなくなったんだよ」
「どういう事? 殺されたの?」
私が思わず聞くと
「いや、様子を見に行った先輩に、その先輩は言ったそうだ。
『あれには逆らってはいけない。あいつだけは怒らせてはいけなかったんだ』」
先輩は震えながらそう言ったんだ。
「『何があったんだ?』
そう聞く先輩の方も見もせずに、気の狂ったように先輩は笑い続けたそうだ。
聞きに行った先輩も気味が悪くなってそれ以上聞けずに帰ったんだ。
そして、それからしばらくしてその先輩は親に連れられて領地に戻った。それ以来、誰もあの厄災女には逆らわないそうだ」
従兄弟は親切にそう教えてくれたけれど、私は何がそんなに厄災女が恐ろしいか判らなかった。
ただ、なんとなく触れてはいけない闇だと思ったのだ。
幸いなことに私と厄災女は学年が違うこともあってそれ以上接することもなかった。
ただ、私は見目麗しい、王太子殿下がその厄災女に足蹴にされるのがどうしても見ていられなかった。
周りは私が殿下を助けようとする度に、止めてくれたんだけど……
そして、その厄災女が卒業してくれて、学園は平和になった。
元の秩序が戻ったのだ。
噂に聞く所によるとその厄災女は何故かオルレアン侯爵家の嫡男の嫁に貰われたんだそうだ。
あんな厄災女を嫁にするなんてなんてとっても奇特な人がいるものだと私達は噂したものだった。
そして、卒業した私を父は喜んで迎えてくれた。
そろそろ私も婚約者を決められるんだろうなと私は覚悟して帰ったのだ。
大体この国の女は20くらいで結婚するのだ。そして、その大半が親が決めた政略結婚だった。
「イザベラ、お前、王族に嫁ぐ気はないか」
帰った私に、翌日父が聞いてきた。
「王族って王太子殿下ですか?」
私は喜んで聞いた。
この国の貴族の女の子なら一度は夢見る見目麗しい王太子殿下だ。それに我が辺境伯家なら十分に家格も合う。
だけど、そんな見目麗しい殿下に、何故、今まで婚約者がいなかったか私には良く判らなかった。とっくに婚約しておられると思ったのだ。
「何でも毒婦が邪魔していたそうだ」
父は憤って言ってくれた。
「毒婦ってジャンヌって言う、伯爵家の娘のこと?」
私が聞くと
「お前も知っていたか。そう言えば学園で一年重なっていたな」
父が思い出したように言ってきた。
「何でも、片手で龍をひねりつぶせるほどの怪力だそうだ」
「えっ、そうなの?」
それは知らなかった。そんな怪力には見えなかったけれど、そうなんだろうか?
「どう転んだらそうなるか知らんが、オルレアン侯爵家に入り込んで、まだ赤子に過ぎない自分の息子に強引に爵位を継がせたそうだ」
「そんな、よく周りの方々が黙ってたわね」
私が父の言葉に聞くと
「なんでも、反対者はその怪力で抹殺したそうだ」
「えっ、そうなの?」
私は驚いた。
「そして、今度は王太子妃の地位を狙っているらしい」
「まあ、そんな事を他のお偉方が黙っているの?」
「何でも王都の公爵家や侯爵家も娘はいるが、ジャンヌという女を怖れて怖気づいているそうなのだ。それで我家に依頼があったのだ」
父の説明で私も合点がいった。何故今まで王太子殿下に婚約者がいなかったのかも判った。
「でも、お父さま、私もそこまでの怪力の相手には勝てないわ」
思わず私が言うと、
「なあに、最悪の時は私にも考えがある。お前は早急に王宮に向かって、王太子殿下の心を捉えるのだ。今回は大半の高位貴族の方々が我が家に肩入れして下さる。お前さえ、王太子殿下のお心を掴めばお前も王太子妃になるのは確実なのだ」
父は興奮していった。
今回は我が家が王家の外戚になる千載一遇のチャンスなのだ。普通は王都の公爵家や侯爵家の娘が王家には嫁ぐのだ。それが今回は無いのだ。
父の興奮するのも判るというものだった。
私は父に頷いたのだ。
そう、私はこの時まで厄災女がどれだけ恐ろしいか知らなかったのだ。
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