第3話 伯母視線。甥の嫁を商人に売り渡しました

「バーバラ様。いよいよですな」

商人のエイミスがでっぷりした腹を揺らして笑ってくれた。よくこれだけ太れたものだと私は感心した。


「そうね。やっと我が一族の長老の大叔母様が認めてくれたのよ。役立たずのジャンヌには借金のかたにあなたの後妻になってもらった方が良いわって。このまま未亡人として独身でいるよりもあの子にとっても幸せだろうって」

「さようでございますか。ジャンヌ様を頂けるとなると溜まりませんな」

このくそ爺、よだれまで垂らしてくれるんだけど、本当に醜悪だ。

ジャンヌがこのおいぼれの後妻になるかと想像すると本当に溜飲が下がる思いだ。


「しかし、本当に宜しいので」

下碑た笑いをしてエイミスが聞いてきた。


「いいわよ。借金さえ帳消しにしてくれるなら、ジャンヌなんてあなたに上げるわ」

私は笑って言ってやったのだ。

「なあに、借金をちらつかせて脅せばすぐにあなたの言うことを聞くわよ。逆らったら力ずくでものにすれば、あの子は大人しいからなんとでもなるわ」

私は笑ってやったのだ。あの女、あろう事か自分の色香を漂わせて私の夫を誘惑したのだ。私にはそれが許せなかった。


「あのジャンヌをお前にやるかと思うとちと惜しいような気もするが」

夫のブラントンが横から物欲しそうに言うが、

「あなた、大事の前の小事よ。あのジャンヌという女さえいなくなればあなたが、オルレアン侯爵家を名乗れるのですから」

私は釘を刺してやった。


「判っているよ、バーバラ。そんな事は」

ブランドンはそう言うが、本心は怪しいものだ。

本当にジャンヌと言い、パーサと言い、伯爵家出身の我が家の嫁は碌な奴がいない。

まあ、でも、これでその邪魔なジャンヌもこの欲に目がくらんだごうつく爺の後妻になるのだ。いい気味だ。私はそう思うと笑いが止まらなくなった。




私はバーバラ・コールマン。元々はこのオルレアン侯爵家の長女だった。

そんな私の弟のヘクターは小さい時から病気がちだった。

だから私とはあんまり接点がなかった。普通に元気だった私は侯爵家の令嬢として面白おかしく過ごしていたのだ。

私は学園時代は美貌でならして幾多の恋を楽しんだのだ。


そんな中でも私が一番熱を上げたのは今の国王陛下だった。

でも、陛下はあと少しで届かず、あっさりと公爵家の娘と婚約されたのだ。


私に残ったのは公爵家の次男のブランドン・コールマンだった。

陛下は駄目だったが、私がブランドンを選んだのは公爵家の長男が愛人の子供で、ブランドンが継ぐものだと思っていたのだ。しかし、結果は公爵家はその愛人の子供が継いで、ブランドルは侯爵の持っていた子爵家しか継げなかったのだ。


これは私にとって屈辱だった。侯爵家の令嬢だったが、子爵家の妻になったのだ。まあ、それは夫も同じだったが……


その上、私の病気がちの弟と結婚したのが、私と何かとやりあった伯爵家の娘のパーサだったのだ。

これは私にとって更に屈辱だった。


学生の時は私は侯爵家令嬢でパーサは伯爵家の令嬢だった。私の方が立場は完全に上だったのだ。

それが結婚した途端に私は子爵夫人になって、パーサは侯爵夫人になったのだから。


パーサは事あるごとに私に当てこすりをしてくれたのだ。


これが私は許せなかった。


破落戸を雇って襲わせたのも、そのままパーサが死んでしまったのも私にとっては良い気味だった。



ただ、病弱な弟には悪いことをしたかもしれない。


私はそれからは何かしら弟の面倒を見てやったのだ。私にも少しは良心の欠片が残っていたのかもしれない。


弟の息子が学園の寮に入ってからは夫と住み込んで領地の面倒等を見てやったのだ。

社交にはいろいろと金が要るというのもあった。

いつの間にか侯爵家の領地の面倒は私と夫が見るようになっていた。それと同時に侯爵家の金を自由に使えるようになったのだ。


私は思ったのだ。このまま行けば息子のシャルルはまだ若いし、世間を何も知らない。

私と夫が侯爵家を継げるのではないかと。


でも、それは幻に過ぎなかった。


弟が高熱を出してうなされている時に私は言われたのだ。


「何かあったら侯爵家を継ぐ息子をよろしく頼む」と。

そうか、弟にとっては私も都合の良い親戚に過ぎなかったのだ。


今までこの私が懸命に看病や領地の世話をやってやったのにその恩を何だと思っているのだ。この弟は!


完全に切れた私は夫と共謀して弟を殺したのだ。


徐々に毒を盛って。


毒殺はバレなかったのかって? 


そんなの侯爵家のかかりつけの医者も国の役人も簡単に騙されてくれた。医者は私の愛人の一人だったし、役人は金を掴ませれば黙り込んでくれた。


そして、弟が死ねばその息子は私達に恩に着て侯爵家を譲ってくるかと一抹の期待をしたのだが、全くその気配はなかった。


息子は当然継げるものとして帰ってきたのだ。

それも、その嫁と一緒に。そして嫁のお腹は大きかったのだ。


私達が汗水たらしてこの領地で金の算段をしている時に王都で遊び暮らしていたドラ息子とその嫁だ。


そして、あろう事か、その息子は私とその夫を自分の妻とその子がいない時に呼び出してくれたのだ。


「ブランドン、バーバラ、何だこの金の使い道は」

この息子はなんと、この侯爵家の長女で伯母である私とその夫を呼び捨てにしてくれたのだ。

それもその手には帳簿を握っていた。

だが、侯爵家を守っていた私達がその金を自由に使って何が悪いというのか?


私の甥は後ろにいた侯爵家の騎士団長のコルビルに私と夫を拘束するように言ってくれたのだ。


でも、こいつは馬鹿だ。本当にお人よしだ。私の愛人の騎士団長に命じるなんて。

コルビルは驚いた顔で私を見たが、私が頷くと甥を拘束したのだ。


「お前達、何するんだ」

抵抗する甥に蜂毒の入った注射器を突き刺してやったのだ。


甥はあっさりと死んでくれた。


これでもう侯爵家はこちらのものだ。


1歳にも満たない乳飲み子が侯爵家を継いだ例など聞いたことはないのだ。




しかし、だ! 今度はその嫁が自分の色香で我が夫を誘惑してきたというのだ。


私は使用人のマイヤーから夫がジャンヌに言い寄っているのを見たと報告を受けた時に、完全に切れた。


私は許せなかった。それに我が息子までがジャンヌには良く話しかけているそうなのだ。それはその妻のアビーから愚痴を聞いたから確かだ。


私にはそれが許せなかった。


パーサといい、このジャンヌといい、伯爵家出身の女は碌な事をしない。


目にもの見せてくれるわ!


私は借金の帳消しの代わりにジャンヌを後妻に差し出すと我が家の商人のエイミスに持ちかけたのだ。


エイミスは一発で食いついてきた。


ジャンヌめ。その体で我が夫を誘惑したことを老人の後妻になって反省すれば良いわ。


あの醜悪な商人に抱かれながら……


そして、私はやっと侯爵夫人になれるのだ。


私は高笑いが止まらなくなった。

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