消えた老婆とその後のこと②

「あっ」


 子供が何かに気づいてしゃがみ込んだ。

 侍もそれに釣られて、覗き込むのは道に佇む地蔵菩薩だった。

 小さな屋根のついた地蔵菩薩の前には猫たちが入っていた箱がポツンと置かれていて。


「なんと、まあ」


 老夫婦の夫が地蔵のよだれ掛けに目を落とす。

 滲んではいるが【猫、貸します】の文字。


「地蔵様は全ての命を育むと言いますからねえ」


 老夫婦の妻がしゃがみ込み、地蔵の前におはぎをおいた。

 夫は川で手ぬぐいを濡らして、少しこけの生えた顔を丁寧に拭う。


「今ここにいられるのは、あなたのおかげです。白と虎子を生涯大事にしてまいります。いたずらっ子な二匹ではあれど、その賑やかさに私ら夫婦も生きる気力が湧きました」


 ありがとうございます、と何度も二人は手を合わせた。


「おいら、クロのこと大事にすっからね。アイツはすごいよ、家中のねずみをやっつけてくれたんでい」


 クロの武勇伝を地蔵に聞かせて、子供は焼き魚をお供えした。


「母がミケを手放そうとしません。拙者もあの子がいると家に帰るのが楽しいのです」


 侍は、ミケを抱き笑顔が戻った母の顔を思い出して、団子を置く。


「ハチは少し大きくなりましたよ。まだまだ弱い子ですが、私が立派に育ててみせますので、ご心配なく」


 娘は飴玉の包みを置いて手を合わせた。

 五人はそれぞれ挨拶を交わしながら、家路につく。

 だが、時折あの地蔵の前には誰かしらの笑顔が咲いていた。



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