消えた老婆とその後のこと①

 三日後、川沿いには猫を借りた者たちが集っていた。

 だけど、そこには老婆の姿はない。

 またやってきた者たちの手にも、猫はいなかった。


「ばあさん、どこ行っちまったんだよ! せっかくクロの活躍を教えてやろうって思ったのによお」


 魚売りの子供の手には、焼き魚を包んだ竹皮、老婆への御礼だった。


「どこへ行ったんだろうな、拙者もあの婆様に話が合ったというのに」


 若侍が持つのは、団子だった。

 腰の悪かった母親が、猫に腰を揉んでもらい、笑顔になった。

 その猫を追うようにして、布団から出ると身軽に立ち上がったというのだ。

 侍は、三日前とは違い、今日はノリの効いた袴姿で嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「あなた方も、猫を借りたんですか?」


 振り向くと老夫婦が立っていた。

 すっかり顔色も良くなった二人は、おいしそうなオハギの箱を手にしている。

 

「ということは、そちらも?」


 侍の言葉に、夫が笑顔で饒舌になる。

 

「借金で首が回らなくなり困っている所に、猫貸しの婆さんが二匹貸してくれたんですわ。白は店先に立って、おいでおいでとたくさんの客を呼び込んでくれまして、おかげで家は持ち直し始めました。でも中には、人を騙そうと寄って来る連中がおって、そういう人間の匂いをかぎ分ける虎子がシャアッと爪を立てて追い払ってくれましてね。まだ借金は残っちゃいますが、二匹のおかげで三日前よりは大層楽になったんですわ」

「今日は、その御礼にと参りましたのに」


 あんなに泣いてばかりいた妻も、今日は化粧をほどこし、品の良さを取り戻している。


「私もハチを貸してくれたお礼にと参ったのですが」


 その言葉に四人が振り向くと三味線を背負った娘がお辞儀をした。

 手には飴玉の包み、老婆への御礼だろう。

 ハチを連れ帰った娘は、日に日に笑顔が増えた。

 手のかかる猫だったがその世話を焼くうちに、ハチに癒され、家族とし寂しさが埋まった。

 譲ってもらった礼にと尋ねたそこには、あの赤い幟はなく、自分と同じように老婆を探す皆と出逢ったのだった。

 一体どこに消えたのやら、はたまた最初から猫を押し付けて消えるつもりだったのやら。

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