ちびのハチワレ
「さて、あんたはどうしようかねえ、貸し手の
箱に残った一匹は、ハチワレ猫であった。
他の四匹よりも体が小さく、肥立ちが悪かったせいか目も悪い。
鳴き声もか細く、いつも寒そうに震えているのだが、その桃色の肉球は他の猫たちよりも美しくふわふわと優しい感触をしていた。
「できの悪い子ほど可愛いってねえ? あんた一匹ぐらい雨風しのぐ屋根ならあるし、いっそうちの子になるかえ?」
老婆の心配をよそに、呑気に大きな欠伸をした猫は、ピンと耳を尖らせた。
聞こえてきたのは三味線の音だった。
三味線を片手に川辺で小唄の稽古をしている若い娘が目に入る。
「あ、これ! 勝手に行ってはいけないよ」
ハチワレ猫は導かれるように、その娘の元へ。
老婆も慌ててそれを追いかけた。
「あら、どこから来たのかい?」
足元に擦り寄るハチワレの存在に気づいた娘は、老婆にも気づく。
「あんた、いい声してるねえ。小唄の先生か何かかい?」
「はい、これひとつでどうにか
三味線をベベンと鳴らし笑顔であれど、どこか悲し気な様子。
「この猫は、おばあさんの?」
「ああ、あそこで猫貸しをしてるんだよ。その子は最後の一匹だ。見ておくれ、こんなに貧相で痩せっぽちじゃ貰い手なんかつくわけがない。仕方がないから、わしが育てようかと思っててね」
「でも、可愛い顔をしているわ。うちのタマに似ている」
よしよしとハチワレを撫でながら、娘は悲しそうに笑う。
「小さい頃から飼っていた猫なの。でも、先日病気で亡くなってしまって。おとっつあんも、おっかさんも幼い頃に亡くしてしまい、あの子だけが、私の家族。芸者をしながらタマと生きてきて。ようやっと小唄の先生になり、これからはタマといられる時間も増えたというのに……」
家族を失った悲しみに打ちひしがれる娘に老婆はハチワレを貸すことにした。
「ちょいとこの子を抱いてみておくれ」
「え?」
「なあに、抱いて、この子の肉球でも触ってみておくれよ」
娘は言われるままに、ハチワレを抱き、桃色の肉球をふにふにと触る。
「ああ、タマみたい。タマも、こんな色の肉球をしていたのよ、子猫の頃は」
嬉しそうに目を細めて、ハチワレに顔を擦りつける様子に。
「三日貸してやるよ、その子をタマと同じように可愛がれるのなら、返しにこなくていい。そうじゃないなら遠慮なく返しに来な? 三日後、あの幟のとこで待ってるからさ」
「いいの? この子は、おばあさんの猫にしようって思ってたんじゃ?」
「ああ、そうだね。だけど、この子がさ、あんたの小唄が好きみたいなんだよ。さっきも、その三味線にひかれて箱を飛び出しちまったのさ」
「そんなとこまで、タマに似てる」
目尻をこすり、ふふっと笑って、大切そうにハチワレを抱いた娘は老婆に手を振り去っていく。
「やあっと、すっきりしたねえ」
少しだけ寂しそうに笑う老婆は、幟を片付けた。
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