商人夫婦と二匹の猫
昼過ぎに通りかかったのは、どこぞの商人らしき初老の夫婦であった。
一見すると裕福そうに見える着物姿の二人ではあったが、どこか様子がおかしい。
思いつめたような顔をして、ただ一途に川の流れを眺める姿に老婆は呼び止めた。
「ちょいとおいでよ、あんたたち」
背後からかかる声に、振り向いた二人はその時になってようやく老婆の気配に気づいた模様。
他のなにかが目に入らぬほどに真剣に川の流れを見ていたのだ。
「猫、貸します?」
夫の方がその幟の文字を読むと、妻が箱の中の猫たちに目を落とす。
優しく目を細め、儚げに微笑んでから、首を振り妻は消え入りそうな声でつぶやいた。
「可愛らしい子たちね、だけど家にはもう飼ってやれる余裕がないのよ」
「違うだろ? 余裕じゃなくて、明日にはない命だから飼ってなどやれない、そういうこったろ?」
老婆の言葉に二人は凍り付き、おろおろと目を泳がせる。
「人の良さそうなあんたらのこった。おおかた、頼みこまれて、知人の借金の連帯責任にでもなっちまったんだろうよ。そんで、相手は逃げちまって、あんたらの元にとんでもねえ額の借金が残った。それで、にっちもさっちも行かなくなっちまって、川にでも飛び込もうって算段だろ?」
妻がわあっと泣き出した。
夫も目を真っ赤にして、天をあおぐ。
「大体あんたらは、人を信用しやすい顔をしてるんだよ。だからこんな婆の話も真剣に聴くんだ。ったく、ほっとけないねえ。さあ、手をお出し」
「え?」
夫の手には虎柄の猫、妻の手には白い猫、箱からその二匹を選んで首根っこをつかまえて二人に手渡した。
「死ぬのは三日待ちな? 三日間その子らを家において世話をするんだ」
「何故です? 私どもに余裕がないのは、おわかりでしょうに」
夫は顔を真っ赤にしながら憤る。
今までやり場のなかった怒りを老婆にぶちまけるように。
「白い子は『おいで、おいで』と上客を招く子だ、すぐにいい客が現れるだろうさ。反対に虎柄は招かれざる客を見抜いて、その手を思い切り引っ掻くだろう。三日経って、あんたらの店が軌道にのらなかったら、二匹とも返しにおいで。あんたらみたいな文無しからはお代もいらないよ」
腕に抱かれた白猫と虎柄猫が、にゃあにゃあと愛くるしい声をあげた。
まるで生きろと励まされているような気がして、二人ともが泣き出した。
夫はひとしきり泣いた後、ぐずぐずと鼻を鳴らして。
「三日くらいなら生きていける金はある。この子らの餌も買って帰らないと。いいね?」
夫の言葉を聞き、妻は何度も頷いて、今度は泣き笑いをみせた。
何度も老婆に頭をさげた夫婦は、大事に猫二匹を抱いて、元来た道を戻っていく。
その後ろ姿を、老婆は祈るように見守った。
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