棒手売(ぼてふり)と黒猫

「この猫は売ってるのかい?」


 興味深げに立ち止まったのは、魚を売る棒手売ぼてふり姿の字の読めない子供。

 箱の中を覗き込んで、黒猫の頭を撫でた。


「貸すんだよ、ただし気に入ったらそのまんまくれてやるよ」

「捨て猫だろ? なんで、貸すなんて言うんでい? もらってくれって言やあいいのに」


 老婆は、子供を見上げて、はあとため息をつくと。


「猫の手も借りたいって、聞いたことはないかい?」

「あるけど」

「見たところ、お前さんのとこには、上にも下にもたくさん兄弟がおって、父御ててご母御ははごも忙しい。貧乏暇なし。家のことには、かまってられんから、夜は天井裏でねずみが大騒ぎだ、違うかい?」

「すげえや、ばあさん。その通りでい。末の妹なんか、この間なんか寝てる最中にねずみに耳をかじられて、その悲鳴で目が覚めたんだ」

「だったら、おまえさんがなでてるその黒いのを貸してやるさ。その子はねえ、暗闇に紛れて、ねずみを狩るんだ、百発百中だよ。三日もしたら、ねずみが一匹もいなくなるだろうよ。もし三日経って、ねずみがまだ残っていたら、その子を返しにおいで。うまくいったらお代をおくれ」

「お代って……高いんだろい?」

「それはあんたの気持ち次第さ、小さい魚一匹だって構いやしないよ」


 己の籠の中の魚をちらりと確認した子供は、少し考えた挙句、黒猫を抱き上げた。


「うるさくて、夜も寝られないよりは、魚一匹で静かになると思えば安いもんかもしれん」


 老婆は黒猫をひと撫でして、少年の目をじっと見つめた。


「最初に言った通り、その子が気に入って、飼いたいってんなら、お代もいらんさ、ただし大事にしてやっておくれ。それだけは約束だ」


 老婆の真剣な眼差しに少年は深く頷いて、黒猫をしっかりと抱き去っていった。

 その様子を老婆が、思いを込めて手を握りしめて見守っていると、太陽を遮るように影が落ちてくる。

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