第53話
サンダースが生きていたことは、翌日のニュースで大々的に取り上げられた。
「昨日、セントラルパークのヘリ墜落事故で生存が不明だったサンダース大統領ですが、昨夜遅く、イエローキャブでホワイトハウスに戻ってきました。大統領は無事だったわけです」
「続いて、大統領をニューヨークからホワイトハウスまで乗せて運んだというドライバーの話です」
「いやあ、驚きましたよ。あれが大統領だったなんてね。ハーレムから乗せたんですけどね。何やら偉そうな旦那だなって思いましたよ。黒縁のメガネにマスクをしててね、なんか品の無い色のレインコートなんて来てたから、まさかそれが大統領なんて思いませんよね」
その翌日、某テレビ局のニュース番組でのことだった。
「ご覧いただいてますのは、昨日、ブラディ・メアリの現れたときのマンハッタンの騒乱の様子です。人のいなくなった店舗には、万引きする者もいて、そこに設置されていた防犯カメラには、その様子が映っています」
映し出されていたのは、サンダースが黒縁のメガネやマスクを万引きしていく様子だった。
この男がこの店で盗んでいたものと、昨日大統領を乗せたというドライバーが証言していた客のいでたちが一致していた。それによって、益々大統領は万引きをしていたのではないかという疑念が広がって行った。
サンダースは、これにすぐに自身のSNSで反応した。
「フェイクだ! あれはフェイク画像だ! 大統領の俺が万引きなどするものか! 誰かが作った画像だ」
「だいたいなんだ。あのドライバーだってヒスパニック系のなまりのある移民じゃないか。そんな奴の言っていることを信用するのか」
しかし、このサンダースの言動が、再び炎上することになった。
サンダースの万引き画像を受けて、トマホークXのSNSが更新された。
「大統領が万引きしただと? あんなもん、安っぽいCG画像だ。あんなもん誰だって作れる。サンダースの顔に張り替えれば良いだけだろう? そこまでして大統領を悪者にしたいのか!」
真太が出演した例の報道番組では、今度は、例のサンダースのスマホが紹介された。
「またしてもサンダース大統領に関する大ニュースです。今回、私たちが手に入れたのは、ある男によってセントラルパークから拾得された大統領のものと思われるスマートフォンです」
「そして、このスマホの中には、サンダース大統領とかねてから関係が取りざたされていたテレビプロデューサーのクリスチャン・ビショップ氏とのやりとりが記録されていました」
スマホに記録されていた、サンダースになりすました村田とクリスチャン・ビショップとの例の会話が流された。
「大統領か? 無事だったのか? 何度も電話したんだぞ」
「何だ、しっかりして下さいよ。盟友のクリスチャン・ビショップですよ。ほら、先日もこの携帯で話したじゃないですか?」「例の件、万事うまくやってますんで、ご安心ください」
「例の件というと、……何だったかな?」
「ええ! 大丈夫ですか? 大統領。ほら、フロリダで大統領が差別的な発言をやっちまったんで、またトマホークXを使って、ゲイルの陰謀だったってことにするという大統領からの依頼でしょう」
「ところで、トマホークXというのは、君のことで良かったんだっけ?」
「いやですねー。もう。前にも同じことを言いましたよね。トマホークXの言っていることが真実かどうかなんて関係ないんだって。みんなが真実と思ったことが真実になるんだってね。それに、トマホークXなんていやしませんよ。いるのは、みんなの心の中にだけ住んでるんだってね」
「お聞きのように、クリスチャン・ビショップ氏が陰謀論にかかわっていたことがはっきりと分かります。また、クリスチャン・ビショップ氏がトマホークXであるかのごとき発言もかわされています」
「なお、一つ言っておかなければならないことがありますが、このスマホはサンダース氏本人のものですが、ここでビショップ氏と会話をしているのはサンダース本人ではありません。スマホを拾った人物が、サンダース氏になりすまして、かかってきたビショップ氏と話しているのだそうです」
この報道を受けて、すかさずトマホークXがSNSを更新した。
「みんなは肝心なことを忘れてるぞ! 奴らは大統領のスマホを拾得物だと言ってるが、それを使用している。これはもはや、拾ったものなんかじゃない。明らかに奪ったものだ。しかもだ。大統領になりすまして、クリスチャン・ビショップなる人物を罠にはめたんだ! こんなことが許せるか!」
明らかに、彼は論点をずらそうとしていた。彼は追い込まれていたのだ。
サンダースのスマホ公表の報道を受けて、反サンダースのデモは、益々盛り上がりを見せた。人々はサンダースに対する怒りはさらに大きくなり、デモは各地で暴徒化。それに対して警官隊が投入された。
真理亜がマンハッタンに現れた事件の後も、サマンサたちは、彼女のアパートの一室に集まっていた。
「今回の件で、サンダースは大分追い込まれた感じがするわね」サンドラが言った。
「ええ、シンたちも随分頑張ってくれたもんね」ミランダが言った。
「シン、あなた、真理亜を人間に戻したいって言ってたわよね。とりあえず、ここにそれらしき書き込みがあるんだけど……」スマホを見ていたサマンサが真太に言った。
「え! どれどれ」真太がサマンサのスマホを覗き込み、自分も同じサイトを検索してみた。
「謝る米兵。御神乱は光に包まれて元の人間に戻ったか……。御神乱に向かってターゲットが心から謝罪すれば人間に戻るってのか? そんなバカな!」
「それにしても、このツイッターに対するコメント、ひどいもんだな! ディスられまくってる。罵詈雑言の嵐って感じだ」村田が言った。
「でも、このサイト、日本の防衛省とリンクしてるわよ。ていうか。防衛省の方からもここにリンクが張ってある」アニタが言った。
「ええー! そうなのか。じゃあ、まんざら信憑性が無いってことでもないわけじゃないか」真太が言った。「……いや、まてよ。何かそんなことがあったような……。んー、思い出せない!」
「ここには、ピンクの光に包まれて人間に戻ったって書いてあるわよ」サマンサが言った。
すると、急に真太は大声をあげた。
「そうだ! 思い出した! ピンクの光だ……」
「どうしたの?」サマンサが言った。
「俺さ、東京で首相官邸が崩壊した夜、そこにいたんだ」
「ええ! そうなの」
「ああ、官邸の中にいて、大河原さんの動向を探ってたんだ。そしたら、そこに笑子さん、つまりは、御神乱になった笑子さんがエレベーターの中から現れたんだ。俺はそこにあった大きな柱の陰に隠れてた」
「笑子さんが巨大化する前ね」
「うん。しかも、そのときは笑子さん、人間の姿に戻ってたんだけど、ピンク色の光に包まれてたんだよ。どうしたんだろうと思って大河原さんの方を見ると、床にひれ伏して土下座してたんだ。そして平謝りに謝ってた」
「そうだったんだ」
「でも、ふと顔をあげて絵美子さんの姿を見た大河原さんは、『いや違う』とか『俺じゃない』とか言い始めた」
「何があったの?」
「人間の笑子さんの姿は、妊娠してたんだ。すると、笑子さんは、再び御神乱に戻って大河原さんに喰いついた」
「……」絶句するサマンサ達。
「それから笑子さんは国会議事堂の方に行き、あとはみんなが知ってる通りの大惨事になった」
「それじゃあ、やっぱり、謝れば元に戻るというのは、まんざら嘘でもなさそうね」サマンサが言った。
「謝ることによって怒りの魂を鎮めることができれば……。真理亜の怒りの矛先は、アメリカ合衆国および、その大統領だ。だから大統領が謝れば真理亜は元に戻るのかもしれない」真太が言った。
「でも、大統領が謝ることなどできるのかしら? 少なくとも、あいつが謝るとは思えない」サマンサが言った。
「日本の防衛省に直接連絡して確認したいんだけど……」真太が言った。
「まあ、無理かもね。お役所だもん」
サマンサはそう言ったが、真太は
「一応、やってみる」と言って、連絡をとってみようとした。
しばらく後に真太はがっかりとした様子で言った。
「やはり、直接は難しいようだな……。日本の省庁だもんな。俺だって日本の省庁に勤務してた人間だからよく分かるよ」
「日本の防衛大臣て、最近就任したばかりの井上和磨って人よね。もともとは人権活動家だって話題になってたわ」サンドラが言った。
「イノウエ・カズマ……。前にどこかで聞いたことのあるような名前だな」ルークが言った。「何ていう団体の活動家なんだい?」
「ちょっと待ってね……。『日本人の人権を考える会・代表 井上和磨』となってたわ」サマンサが検索してヒットさせた。
「そうだ! 思い出したぞ! その団体が、妻に講演を依頼してきた団体だ。そこに呼ばれてクルムは大阪に行ったんだ」そう叫ぶと、ルークはやおら自身のメモ帳を取り出して何かを探しはじめた。
「あった! イノウエ・カズマ。彼の個人の電話番号だ」ルークが言った。
「さっそく彼に電話してみるよ」真太が言った。
「日本は今、真夜中だから出てくれるかしら」アニタが言った。
「いや、勤務中じゃない今の方が出てくれるかもよ」そうサンドラが言った。
「彼が出たら、俺にも代わってくれ。クルムの安否を聞きたいんだ」ルークが言った。
「ああ」
しばらく呼び出し音を鳴らし続けると、はたして和磨が電話に出た。
「はい。井上です。そちらさん、どなた? 夜中の三時ですよ!」
「夜分遅くに失礼します。私は、元内閣府の報道官だった飯島真太と言います。訳あって、今ニューヨークにいるんですが、防衛省からリンクが張られているツイッターの、米兵が謝ったら御神乱が人間に戻ったっていうのを見て連絡させてもらいました。詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「ああ、あの職務を投げ出して、空母に乗ってアメリカに逃亡した男だな。知ってる。ジャーナリストだった女性の尻を追っかけてアメリカまで行ってるんだよな」
「ああ……、いや、あの……。で、あの記事は本当なんでしょうか?」
「もちろん本当だ! 俺たちは、この目で目撃したんだからな。そんなことを確認するために、わざわざアメリカから電話してるのか?」
「いや、そうじゃないんです。実は、私も思い出したんです!」
「思い出した? 何を?」
「実は私、総理官邸が崩壊したとき、総理官邸の中にいて、笑子さんが大河原さんを食べるシーンを目の前で目撃してるんです」
「何だって!」
「それで、そのときのことを詳しく述べさせてもらうとですね……」
真太は、和磨にそのとき笑子が一瞬人間の姿に戻ったときの様子を話した。
「じゃあやっぱり、謝ると人間に戻るっていうのは、間違いないようだな。ありがとう」
「……あ、まだあるんです」
「何だ?」
「私の隣にクルム・モハメドさんの旦那さんがいらっしゃって、クルムさんの安否を聞きたいとおっしゃってます」
「ああ、分かった。じゃあ、代わってくれ」
和磨とルークはお互いに英語で話し始めた。
「はじめまして、ルーク・マクガイアと言います。クルム・モハメドの夫です。私の妻は、元気でいるのでしょうか?」
「彼女は今、大阪市にある大阪出入国在留管理局に収監されています。申し訳ないのですが、私の知りえる情報はここまでで、その後、クルムさんが元気でいるのかどうなのかは、私たちにも分かっていません」
「日本の官僚なのに分からないのですか? 日本は一体どうなっている!」
「彼女は、日本の出入国がアメリカ占領政府によって封鎖されたことにより、帰れなくなりました。その後、ビザが切れたことによって収監されたのです。私たちの方からお呼びしておきながら、このようなことになってしまって、本当に申し訳ないと思っています」
「イノウエさん、あなたの力で何とかなりませんか。せめて私の妻が無事かどうかだけでも知りたいのです」
「分かりましたマクガイアさん。尽力してみましょう」
和磨は電話を切った。隣で寝ていた彩子が和磨に声をかけた。
「誰からなの? こんな夜遅くに」
「ニューヨークから。すごい情報を得たよ。やっぱり間違っちゃいなかったんだ」
ニューヨークの側では、電話を切った真太にディックが言った。
「……で、どうするんだ? シン。真理亜のターゲットであるサンダースに謝らせるのか? 奴が謝るような人間だと思うか?」
「でも、可能性があるんであれば、やれることは何でもやりたいよ。サンダースに直接会うための何か良い方法があるかな?」真太が言った。
「そうだな、次はテネシー州のナッシュビルで行われるNBCテレビ討論会に行くしかないかな。でも、もう会場には入れないかもな」
ディックがそう言うと、ルークが反応した。
「ならば、俺がシンをテレビクルーとして会場に潜り込ませてやるよ」
「そうなのか! ありがたい。よろしく頼むよ」
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