第48話
ホワイトハウスにいるキャサリンは不安で押しつぶされそうになっていた。
「パパ、死んじゃったの? 悪い人達にやられちゃった?」不安そうにドロシーが母親に尋ねる。
「ううん、パパなら大丈夫よ、ドロシー。心配しないで」キャサリンがドロシーに言った。
サンダースが南に進んでいるのとは逆に、南から装甲車両や戦車が何台も北の方角へ進んでいった。
「ブラディ・メアリを排除するための軍隊だな」サンダースは、そう思った。
しかし、実際には、彼らの目的は、北の方角に出現して暴れまわっている、巨大ではない数体の御神乱を処理するのが目的だった。ヤンキースタジアムから出て行った御神乱は、真理亜の後を追う尾ようにして南下をしていたのだ。彼ら等身大の御神乱たちが真理亜の後を追う理由。それは、真理亜が南下している限り、その先には、まだサンダースの存在があるであろうからだった。
サンダースがしばらく南に歩いていると、人々が右や左へ逃げ始めていた。マンハッタンから脱出しようとしていたのだ。
そして、ふと左方向に目をやると、ニューヨーク近代美術館の建物の陰から真理亜の姿が現れた。サンダースを探しているようだった。その周囲では「キャー、キャー」という悲鳴が飛び交っていた。
あたりを見回しながら南へ進んでいる真理亜。サンダースを探しているようだった。サンダースは注意深く、しかし小走りにビルとビルに身をひそめながら進んだ。
しかし、彼が、ある程度大きな通りを渡ったときに横を向くと、はるか向こうに見えた真理亜がサンダースの方を向いていた。サンダースは真理亜と目が会ったような気がし、大急ぎで駆けだした。しかも、真理亜は確実に右に方向転換をしてこちらの方に向かってやって来ていた。
装甲車両は、群衆を別けながらも、何とか七番街を通過して小御神乱たちの暴れまわっているところに到着した。ストリートへと逃げ回る御神乱を追っていく軍隊。ここでも群衆が兵士たちの妨げになった。しかし、早く何とかしないと、市民が食われていく。一部の御神乱は地下鉄へ入って行った。
「どいて!」「皆さん、どいて下さい!」群衆に向かって叫ぶ兵士たち。しかし、固まっている群衆はすぐには動けない。
その群衆に紛れている御神乱には、兵士の狙いが定まらない。仕方なく、それらしき方角へバズーカを打ち込む兵士。「キャー! キャー!」と人々の声がした。
逃げ惑う人々、マンハッタンから脱出するために逃げる人々、次第にニューヨークは混乱になっていく。雪の降りやまない上空には報道と軍のヘリが旋回しており、セントラルパークの火災から発している煙もまた空に広く広がっていた。既に、延焼はセントラルパーク内だけでは収まらなくなっているようだった。
サンダースは真理亜の目に入らないように気をつけながら、ビルとビルの間を縫うように駆けていた。
彼がしばらく走っていると、タイムズスクエアに出た。そこでは、警官たちが出てきて人々を誘導していた。親とはぐれて泣いている女の子。と同時に、子どもとはぐれてパニックになる母親。置き去りにされているベビーカーもあった。さらには、混乱に乗じて店にある物を持ち逃げする男たち。そこはまさに混乱のさなかにあった。
サンダースは、もみくちゃにされながら、群衆に紛れて進んだ。しかし、サンダースの動く方向は、すなわち真理亜のやって来る方向になった。
「ブラディ・メアリだ!」誰かが叫んだ。タイムズスクエアから北東の方角、ビルとビルの間から真理亜の姿が見えたのだ。真理亜の後方には、戦闘ヘリが三機、真理亜を見守るように飛んでいた。
「キャー」「キャー」「マリアが来てる!」「こっちの方へ来るぞ!」人々の悲鳴はさらに増し、混乱はさらに大きくなった。
マンハッタン島は、混乱とパニックに陥り始めていた。地上では、規制と怒号を発しながらパニックとなり逃げ惑う群衆。彼らはあちこちで道路を塞ぎ、橋を塞ぎ、トンネルを塞いでいた。
その間には消防隊と、軍隊と、それと、混乱に何とか秩序を与えようと奮闘している警察隊の姿があった。
雪の降りしきる上空には、報道のヘリコプターと武装ヘリと消防隊の消化ヘリが、大音量となって忙しく舞っていた。
セントラルパークを中心とした火災は、東西に延焼していたが、その他にもあちこちで小さな火の手が上がっており、水道管やガス管の破裂やビルの崩落、看板の落下、信号機などの破壊が見られた。
デジタル通信はもはやパンク状態になり、使用できない状態になっていた。とりあえず、生きてるのは電気と地下鉄くらいだった。アムトラックは止まっていた。
対岸にいる真太は、何とか向こう側へ行けないものかと思い悩んでいた。彼の胸中は、心配で胸が張り裂けそうだった。彼は、今は対岸に燃え広がる炎を眺めるしかなかった。
そこに、彼のスマホが鳴った。彼はマンハッタンにいなかったのが幸いして通信が可能だったのだ。
かかってきた相手はルークだった。
「シン、今、どこにいるんだ?」ルークが言った。
「ああ、ルーク。ブルックリンだ。マンハッタンには入れそうにないんだ」
「そうか。俺は今、ニューヨークの上空で取材中なんだが、何ならこれに乗せてやろうか?」ルークが言った。
「本当か! 頼むよ!」
「分かった。ヘリが降りれる場所を支持するから、君はそこへ向かってくれ」
「オーケー!」
真太と村田がルークから指示された公園で待っていると、公園の隅の方で妙なことをしている男がいた。その男は、しきりに鳴り始めたスマホを一生懸命に開けようとしているのだが、どうしてよいのか分からないといった風だった。
真太と村田の二人は、そこに行って男に声をかけた。
「何かお困りのようですね」
「え? あ、ああ……」うろたえる男。明らかに怪しいそぶりだった。
マンハッタン島から出たためか、スマホの通信が復活し「大統領? 大統領、無事ですか? 応答願います」というような声が聞こえている。
「ちょっと失礼」それを耳にした村田が男からスマホを奪い取った。
男は反射的に「あっ」と言った。そして、村田は、何とかしてそれを解除しようとしていた。
それから、ものの数分もしないうちにルークの乗ったヘリがやって来た。真太はそれに乗り込み、公園に残った村田とディックが、空へ飛び立っていくヘリを見送った。
ニューヨーク市長キース・ヴァン・ヘイレンがテレビに出た。
「ニューヨーク市長のヴァン・ヘイレンです。みなさん、どうか落ち着いて行動して下さい」
「我々は、今、全力を挙げて事態の鎮静化に取り組んでいます。警察隊は、人々の安全を確保するために道路に出ています。また、いたるところで暴動や略奪も発生しており、これの鎮圧にも乗り出しました。消防隊は、セントラルパークの火災をこれ以上延焼しないように頑張っています。どうか、市民の皆さんは、彼らの指示に従い、彼らの作業の妨げにならないよう行動して下さい」「尚、スタジアムに出現した小さい方の御神乱ですが、これは、現在、軍の方で排除していますが、一部が地下鉄構内に逃げ込んでいるとの情報があります。どうか、しばらくは、地下鉄構内には入らないよう、気をつけて行動してください」「また、マンハッタンのあちこちで、道路の陥没、水道管やガス管の破裂、建造物の崩落が見られます。非難する場合は、これらにも気をつけてください」「通信は、今もなおパンク状態であり、使用できない状態です。どうか皆さん、過度な通信は控えていただくようお願いします」「それから、肝心のブラディ・メアリですが、今はタイムズスクエアあたりを通過し、マディソンスクエア方面に向かっているとの情報です。マンハッタン地区にお住いの皆様。特に、ブラディ・メアリが進んでいる南の方にお住いの方や働いておられる方々は、落ち着いて、そしてすみやかに、マンハッタン島から避難されるようお願いします」
セントラルパークの炎はニューヨーク近代美術館に迫ろうとしていた。そして、消防隊は美術館を守ろうと必死だった。
「何が何でも食い止めるんだぞ!」
「了解です、隊長。何せ、時価総額にすれば気が遠くなるようなお宝がここにあるんですもんね」
「バカ野郎! 金額が問題じゃない! 人類の文化がここにあるんだ。燃えちまったら取り返しがつかなくなるんだからな」
テレビは、さらに続けて報道した。
「これは、本日午後、たまたまセントラルパークにいた人が撮影した方から提供された動画です」
そこには、セントラルパークに墜落炎上するヘリコプターの様子とそこから這い出して来る男の姿が映っていた。
「この、炎上しているヘリコプターから出て来た男性が大統領なのかどうかは、今のところ分かりませんが、これを見る限り、サンダース大統領が今もなお生存している可能性はあると言えます」
「ちなみに、目撃した男性の話によりますと、この男性は、南の方角へ歩いていったとのことです。
この放送を、真太とルークは報道ヘリの中から見ていた。
「ニューヨーク市長は、市民をマンハッタン島から避難させようとしているみたいだな」ヘリの中、ルークが言った。
「いやな予感がするな」真太が言った。「市民を排除したら、軍用ヘリが真理亜を攻撃しやすくなる。そのための避難なんじゃないか? そもそも、真理亜は市民にはそんなに被害を与えていない」
「ああ、そうかもしれんな」ルークが言った。
「ところで、真理亜が南へ進んでいると言うことは、やはりあの群衆の中にサンダースがいるってことなんじゃないか」ルークが言った。
「多分、そうだと思う。ターゲットが存在しているから、それを狙っているんだ」
報道を見た彼らと同じ考えの人たちが、次々とSNSに意見をアップしていった。
「サンダースは許せない!」「立ち上がれ! 民衆ども! サンダースを見つけ出して弾劾するんだ」などの言葉が躍っていた。
公園に残った村田は、相変わらず大統領のスマホをしきりにいじっていた。
混乱に乗じて暴動も起き始めていた。サンダースがティファニーまでやって来ると、窓ガラスは割られ、展示されていた宝飾類は盗まれた後だった。
「全くあさましい奴らだ」サンダースはつぶやいた。
サンダースが後ろを振り向くと、真理亜が摩天楼のビルの間から見えたり隠れたりしながら、それでも、方角的にはこちらに近づいているのが分かった。彼女は、決してサンダースを見失ってはいないようだった。
「畜生! しつこいやつだ!」そう吐き捨てると、サンダースは、再び群衆の塊の中に入って身を隠した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます