第47話

 グラウンドにいる真理亜は、失速しそうになりながら飛行していく軍用ヘリの向かう方向を見定めていたが、やがて、大統領の乗ったそのヘリを追って西へと歩きだした。

 真理亜は、ハーレム橋を超えてマンハッタン島に上陸し、大統領のヘリを目で追いながら、五番街の方に進んだ。


 真理亜の登場と大統領のヘリの離陸、そして、それを追ってマンハッタンへと向かう真理亜の姿を、真太たちはサウスブロンクスのハーレム川沿いで確認していた。

「行こう! 真理亜を追うんだ」真太が言った。


 やがて、軍の装甲車がグラウンドに到着した。上空からは三機の軍用ヘリが降下してきた。既に真理亜はグラウンドから姿を消していた。

 ヘリから半身を乗り出し、御神乱の頭めがけてバズーカを撃つ兵士。装甲車からも砲弾が御神乱を狙って発射された。彼らは、グラウンドで人々を襲っている御神乱を排除していった。しかしながら、何体かの御神乱は町の方に逃亡していった。

「ブラディ・メアリが大統領を追っているみたいですが」

「一機は、それを追ってくれ。後の装甲車部隊と外に待機している戦車部隊はマンハッタンに入る。逃げ出した小さい方の御神乱を処理しに向かう」隊長が指示した。

「了解です」


「軍は何をしているんだ?」サンダースが聞いた。

「先ほどスクランブル発進したみたいですが、スタジアムにいる御神乱の処理に手こずっているみたいでして……。何せ数が多くて」

「何でだ! 俺だって巨大な御神乱に襲われているんだぞ」

「ナカジマ・マリアは人を襲いません。ま、その……、大統領は別ですが……。しかし、他の御神乱は人を襲って喰います。そちらの方が優先順位は上です。国民は守らなければならない」

「俺だって、代表的なアメリカ国民だ」

 そのとき、飛行していた機体が大きく揺れた。しがみついていた御神乱がローターに巻き込まれたのだ。ローターの回転が弱まり、次第に落下していく軍用ヘリ。

「おい! 何とかしろ! 墜落するぞ」

 しかし、ヘリは、ゆっくりと大きく回転をしながら落下していった。

「わーっ」口々に叫ぶ搭乗者たち。

 そして、ついにヘリは大きな公園の真ん中に墜落した。そこは、いわゆるセントラルパークと呼ばれている場所だった。

「グワーン!」大音響をたてて爆発炎上した軍用ヘリ。

 しかし、その炎上しているヘリの残骸の中からサンダースは這い出してきた。まさしく、二十年前の横浜市内の公園のときと同じだった。彼は立ち上がると、燃え始めた芝生をよろよろと歩き始めた。

 火はしだいに芝生を焼き、周囲の木立にまで燃え広がっていった。彼のフードのついたコートはいくぶんススで汚れていて、顔や手も汚れていた。そのような薄汚れてよれよれになったコートを着て、よろよろと公園を歩く六十歳の男性は、あたかもセントラルパークに住みついたホームレスの老人のようであった。


 前方でサンダースの乗った軍用ヘリが落下していく姿は、真理亜も目撃していた。真理亜は、そちらに向かって行った。


「大統領の乗ったヘリが失速。墜落しました!」真理亜の後を追っていた軍用ヘリが本部に連絡した。「ブラディ・メアリはそのまま南下中。何かを探しているみたいです。このまま追尾します」


 セントラルパークは大きな火事になりつつあった。しかし、その炎の後方、北の方に真理亜の姿が見えた。真理亜は、ヘリの墜落を知っているのか、こちらの方へとやって来ている。思ったよりも早いスピードのようだった。

 サンダースは老体に鞭打って走りだした。軍人上がりの彼は、同年代の人間と比べれば、体力には自信があったのだが、それでも、セントラルパークを南に向かって走ることは、最近の彼にとってはきつかった。

 サンダースは芝生のちょっとしたデコボコにつまずいて転んだ。そして、このとき、サンダースは芝生の上にスマホを落としてしまった。しかし、彼はそれに気付かないでいた。その様子を遠くの方で眺めていた浮浪者の老人が、サンダースが去って行った後にそこへ近寄って来て、彼のスマホを拾っていった。

 真理亜は、セントラルパークに沿って走る五番街の大通りを進んでいた。その五番街では、巨大な真理亜の出現によって大混乱が引き起こされていた。

 真理亜が歩くたびに五番街は地震のような響きに見舞われた。その為に、大通りを走行する車は、ハンドルを取られたり、衝突を免れなかったりした。あちらこちらで車が炎上して火の手があがっていた。車に追突された信号は折れ曲がり、上から歩行者に襲いかかった。

 金融関係の会社で働く人々は、それぞれのビルから飛び出して来て、彼らもまた車に追突したりしていた。それよりも、彼らをもっと不安に駆り立てたのは、サンダースの乗っていた軍用ヘリの墜落によって引き起こされたセントラルパークの火事が五番街に向かって延焼してきていることだった。彼らは、段ボール箱に書類を摘めて東側を通る三番街の方へ逃げた。

 そこへ、何台もの消防自動車が駆けつけてきた。

 サンダースは、たまに後方から迫って来る真理亜を見ながら、セントラルパークを必死に逃げていた。前方に摩天楼が見える。エンパイヤ・ステート・ビルも見えている。「とにかく、あのビル街まで逃げ込もう」彼は、そう考えていた。

 灰色の上空に数機のヘリコプターが飛んで来た。しかし、それは軍のものではなく、報道機関のものだった。彼らは、さっそく今般のことを報道していたのだ。


 早歩きで歩いていたサンダース。ふと後ろを振り返ると、自分に向かって真理亜が向かってきていた。あわてて走り出すサンダース。真理亜はサンダースを確認したのだ。


 セントラルパークの火事はしだいに大きくなり、公園の左右に住む住民たちは避難を開始し始めていた。ブロードウェイ、そして三番街から七番街までは、消防関連の車両で埋め尽くされていったが、五番街だけは、真理亜がいることで消防隊も入れないでいた。

 パークの西側、ブロードウェイ沿いに住んでいる住民や働いている人々は、こぞってマンハッタン島とアメリカ本土をつなぐ二本あるトンネルに向かった。また、パークの東側に住む人々は、三本ある橋に向かっていた。

 真理亜の進む道路では、交通事故や水道管やガス管が破裂し、ガスには火が引火して、それがさらなる火災を引き起こした。また、信号やビルに掲げられていた巨大な看板が落下して歩行者を襲った。


 真太たちは、車でゲーンズボロ橋まで南下していた。どうにかして真理亜のいるマンハッタンに渡ろうとしていたが、マンハッタンから脱出して押し寄せてくる車と群衆たちによって橋は塞がれており、向こう側へ渡るのは不可能と思えた。ぞくぞくと橋を渡って来る群衆。その中には、例のセントラルパークでサンダースのスマホを拾った浮浪者もまぎれていた。

 真太たち三人は、対岸に横たわっているマンハッタンを眺めていた。目の前には、巨大な煙が雪を降らせている灰色の空にもうもうと立ち昇っていた。その煙の周辺には、たくさんの報道と軍用と消防隊のヘリコプターが、あたかもハエがたかっているようにブンブンと飛び回っていた。


 消防隊は手をこまねいていた。群衆の流れが消防隊の侵入を阻んでいて、そこ間にもあちこちで火の手があがりはじめていたからだ。

セントラルパークの上空には消防ヘリが到着して、上からの散水作業が始められていた。


 サンダースは、やっとのことでセントラルパークを出た。息が上がっていて、それは熟年に達していた彼を苦しめた。それでも、彼は進み続けなければならなかった。その光景は、はた目から見れば、公園からよろよろと出て来た浮浪者の老人のようにしか見えなかったろう。

 彼は、カーネギーホールまでやってきた。上空には、ヘリコプターが舞っていたが、その数はさらに大きくなっていた。見れば、そこには軍のヘリがやって来ていた。

「やっと来たのか」サンダースは、そうつぶやいた。

 そして、建物と建物の間に隠れるように身を隠しながら、急いで彼のスマホを取り出そうとした。しかし、そのとき彼は、どこかでスマホを落としてしまっていたことに気がついた。

「しまった! スマホを落とした」

 彼は、現在の自分の状況とそれを取り巻いている周囲の現状を知る術を失っていた。

「しかし、ブラディ・メアリが南に進んでいるということは、彼女は俺が生きているということを知っているということじゃないか」サンダースはつぶやいた。「とにかく、なるべく人ごみに紛れて身を隠せる場所まで移動しよう」サンダースは、再び早歩きで南へ歩き始めた。


 真理亜を追う攻撃ヘリは、その機体の数が増えていた。

 真理亜は、セントラルパークの南端に達し、摩天楼に入っていった。これによって、攻撃ヘリは彼女を見失うとともに、ミサイルによる攻撃がしにくい状態になった。へたをすれば、ロサンゼルスの二の舞になるからだ。それだけではない。ここは世界一の摩天楼であり、真理亜よりもはりかに高い高層ビルが迷路のように林立していて真理亜を守っていた。そのくせ、ヘリコプターがその間を縫って飛行することは難しく、へたをすればミサイルがビルを破壊するか、ヘリがビルに追突するかだった。

「どうします? ブラディ・メアリを攻撃しますか?」攻撃ヘリ部隊の隊員が本部に指示を仰いだ。

「バカ言え! そこをどこだと思ってる。ニューヨークの摩天楼だぞ。攻撃したらどれだけの被害が出ると思ってるんだ!」

「はあ、そうですね」

「住民が充分に非難し終わってからやるんだ。今、住民を避難するように市長にかけあっている。もう少し、そのままブラディ・メアリに張り付いてろ」

「了解です」


 そのとき、テレビでは、緊急ニュースが流れていた。

「大変なことが起きました。今日の午後行われていたサンダース大統領の支援者集会にブラディ・メアリが現れ、会場は大混乱になりました。ご覧いただいているのは、参加者から提供された画像です。スタジアムの中では、サンダース氏の反対派と賛成派の大混乱になりましたが、そのとき、群衆の一部が御神乱化しました。それに対して、軍用ヘリに乗った大統領はマシンガンを群衆に向けて自ら発砲するという出来事が起きました」「そして、何体かの御神乱がからみついたままヘリは離陸したのですが、その後、大統領を乗せたヘリはセントラルパークに墜落炎上。大統領の安否については、現在のところ分かっておりません」「セントラルパークは、この事故によって、今もなお延焼しております。現在、消防隊が消火活動を開始しておりますが、ブラディ・メアリによる現場の混乱によって、消火は遅々として進んでいない状況です」「ブラディ・メアリは、現在、五番街を南に進んでいますので、近くにおられる方々は気をつけてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る