第46話

 ヤンキースタジアムの周辺では、真太たちが拡声器を使い、大声で注意をうながしていた。

「今日、ここにナカジマ・マリアが現れることが予想されます。危険ですので、デモ参加の人たちは、解散して帰宅して下さーい!」

「今日、ここで集会を行うのは危険でーす! いち早くここから退去して下さーい!」

 しかし、ほとんどの群衆は、そこから立ち去ろうとはせず、それどころか、サンダースの抗議の為に、何とかしてスタジアムの中に入ろうとさえしていた。

 そのとき、スタジアムの上空にヘリコプターの音がした。それは、雪の中、次第にスタジアムの中央部に向かって降下してきた。見れば、それは軍用ヘリだった。サンダースは、軍用ヘリでやって来たのだった。

 特設ステージに着陸したヘリコプターの中からサンダースが姿を現すと、スタジアムから大歓声が沸き起こった。右手を上げて笑顔で応えるサンダース。

「落ち着いて。落ち着いてくれ。みんな。静かに……。静かに……」

そう言いながら、サンダースは両手で空を抑えるようなしぐさをした。

「先日のフロリダでは、私も少し言い過ぎたと思っている。反省している。色々と誤解をさせてしまっているようだが、本心じゃあない。それに報道の奴らが切り取って放送している」

「……さてと、ナカジマ・マリアがアメリカに現れたのは、私のせいだって?」「二十年前のうらみだって?」「バカ言っちゃいけない! 私は無実だ! あれは整備不良の事故だったんだ。私は何も悪くない。悪いのは当時の整備士の方さ」

 歓声がスタジアムに沸き上がった。

「……まあ、そんなことは、私に取っちゃどうでも良いことなんだ。私はアメリカの繁栄だけを願っている。アメリカをかつてのような偉大な国家にしたいんだ。世界一繁栄している工業国だ。もちろん、軍事力でも世界一だ。どうだ? みんな私に手を貸してくれないか?」

割れんばかりの歓声が沸き上がった。

「分かった。分かった。ありがとう。みんな私の味方だし。もちろん、私はみんなの味方だ。でも、そんな私たちの国を堕落させとようとしている奴がいるんだ。みんな許せるか?」

 会場から「ノー」の連呼が沸き起こった。

「そいつの名前は、クリストファー・ゲイルっていうんだ」

 そうサンダースが言った途端に、会場がブーイングに包まれた。自分の一言一言に会場が大きく反応する。そのことに酔いしれ始めたサンダース。彼は調子づいてきた。


「あっ! あーっ!」

 昼下がりのニューヨーク、イーストリバー川にかかるブルックリン橋の上を歩いている男が雪の降る川面を見て叫んだ。

「どうした!」

 隣にいた男が声をかけると、男は言った。

「見ろよ! 川の中を青白い光がうねってるぜ。川下の方へじゃなく、ゆっくりと川上にあるブロンクスの方に進んでいる」

「ナカジマ・マリアだ! やっぱり、イイジマ・シンタの言った通りだったんだ」

「ヤンキースタジアムに行くんだ。大変だ、みんなに知らせないと……」

 二人は、スタジアムの方へ走って行った。


 イーストリバーの上流、ゲーンズボロ橋の畔にあるクイーンズ地区の某ホテルのルーフトップ&バー、そこで昼下がりのカフェーを楽しんでいる若い恋人たち。女性の方が川面を見て言った。

「何あれ? 川の中で何か光ってるのが動いてるわ」

「ええっ?」男性が川面を除いてみると、確かに青白い光が川の中を動いていた。

「御神乱だ! でかいぞ。ブラディ・メアリかもしれない」男性が言った。


 青白い光は、ブロンクスの方へ進み、ブロンクスに到達した。そこではじめて、真理亜は巨大な姿を川面に現した。

 青白い光は、その後、上流のハーレム川に入り、マコームズ・ダム橋にまで差し掛かっていた。サンダースの支援者集会が開かれているヤンキースタジアムは、もう目の前に迫っっていた。


 ヤンキースタジアムの周囲では、雪の中、群衆どうしの衝突が起きていた。催涙弾が飛び交い、白煙があちこちでたかれていた。双方のデモ隊からは、多くの逮捕者も出ていた。連行されていく逮捕者の中には、背中が光だしている者も出ていた。

 反サンダースのデモ隊は、警官隊でガードされた入場口を突破して、中に入ろうとしていた。銃を構えて並んでいる警官を群衆の塊が押していた。激しい押し合いはしばらく続いていたが、入場門が突破されるのは、もはや時間の問題であるかのように思われた。


 ホームを背にして演説しているサンダース。気分は上々だった。彼は益々調子に乗っていた。サンダースの肩にも雪は降っていたが、彼の熱気に押されたのか、彼に落ちた雪は、たちどころに消えた。

 ところが、彼の演説の声に遠くからの悲鳴が被ってきた。「キャー! キャー!」スタジアムの外で声がしていた。

 次の瞬間、サンダースの背後にある電光掲示板の上方に真理亜の頭が現れた。

「落ち着け! 落ち着け、みんな! 軍隊がまわりで待機しているんだ。安心してくれ」そう、サンダースが群衆に向かって行った。

 しかし、その声は、またしての悲鳴にかき消されて、全ての群衆の耳には届いていなかったようだった。

 真理亜は外野席側にまわって移動し、外野席を破壊し始めた。天に向かって何層にも重ねられたスタンドが大きく揺れてうねり出した。スタンドに陣取っていた群衆たちがパニックになって下へ移動し始めた。

 何とかグラウンドまで降りることのできた人たちは、次々とサンダースのいるホームの方に向かって走ってくる。

 そのとき、ホーム側からの大きな破壊音がした。外にいた反対派の群衆が扉を突破してなだれ込んできたのだ。

 スタンドに目をやると、スタンドの一角が破壊され始めた。ミシミシと音をたててスタンドが崩れ落ちる。そこから地面に振り落とされる人々。

「いかん! 退避だ! ヘリの準備をしろ」サンダースが同行してきた側近に向かって叫んだ。

 しかし、サンダースとその後方に待機していた軍用ヘリは、入り口から来た反対派と、最初からスタジアムにいて、サンダースの方に押し寄せてくるシンパの群衆によって取り囲まれようとしていた。


「早く出せ!」ヘリに上半身を入れながら、サンダースは言った。

「はい」

 しかし、サンダースの乗ったヘリは、群衆に取り囲まれていた。

 スタジアムの方からは、真理亜が外野を破壊してグラウンドに入ろうとしていた。

 ヘリのローターが回り始めた。そして、またしてもヘリに群衆がしがみつき始めた。

「いかん! ヘリから離れろ! 飛べないじゃないか」サンダースが群衆に向かって叫ぶ。

 もはや、その群衆は、シンパなのか反対はなのかも判別し難かった。

 すると、ヘリに押し寄せる群衆の背中が光はじめ、何人かが瞬く間に御神乱にメタモルフォーゼした。

「おい! あの御神乱を撃て」サンダースが命令した。

「はい、了解しました」

 部下のアメリカ兵たちが御神乱を狙って準備してきたバズーカを放った。バズーカは御神乱の頭や胸に命中し、そこから血が噴き出した。吹き出した血は、群衆の頭上に降り注いだ。それによって、益々興奮した群衆の御神乱化は進行していた。もはや群衆の二十人に一人くらいはメタモルフォーゼしていた。

 撃っても撃っても御神乱となって押し寄せる群衆。拉致があかなかった。しかも、二、三体の御神乱は、ヘリコプターの脚部やローターなどにしがみついていて、うまく離陸することができない。

 すると、苛立ちが頂点に達したサンダースは、隣にいた米兵からマシンガンを奪った。

「俺によこせ! こうやるんだ」

サンダースは、群衆に向かってマシンガンを撃ちまくった。

「大統領! いくら何でも、それはいけません! 国民です!」同行した部下が言った。

「こうでもしなけりゃ、拉致があかん。奴らはもはや国民なんかじゃない。化け物だ!」言うことを聞かず、雪の舞う中、ヘリから身を乗り出してマシンガンを撃ちまくるサンダース。


 このとき、ドロシーはホワイトハウスでこの実況放送を見ていた。

「バーン。バーン。すごいすごい! パパ。悪い人達をやっつけてる。頑張って! パパー」ドロシーが画面に向かってはしゃぎながらそう言っていた。

「見ちゃダメ」そのとき部屋に入ってきた母親のキャサリンは、慌ててドロシーの目を塞いだ。


「大統領が民衆に向かって銃を撃ちまくってるぞ!」群衆の誰かが叫んだ。「人が死んでるぞ! 大統領が民衆を殺してる」

 怒りに火がついた群衆は、益々サンダースの方に押し寄せてくる。

 そのとき、サンダースを乗せた軍用ヘリは、数体の御神乱をその機体にからみつかせたまま、雪の降る空に舞い上がった。機体はしがみついた御神乱のせいで上下左右に揺れており、飛行は安定していないようだった。

 真理亜は、もうすぐそこまで来ていた。

「軍はどうしている!」サンダースが言った。

「今、スクランブル要請しています」

「遅いぞ!」

 真理亜はピッチャーズマウンドあたりに立っていた。その眼の前をヘリが飛び立ち、ゆらゆらと西の方角へ飛んで行った。

 真理亜はすぐに踵を返し、サンダースのヘリを追って西の方角に向かった。

 後に残された群衆たちは、群衆がメタモルフォーゼした御神乱に喰われ始めた。グラウンドが血に染まり、地獄絵図のようになっていった。その後、何とかその場から逃げ出した者たちは、崩壊した外野からそこを飛び出してサンダースを追った。


 軍用ヘリの部隊は、ブロンクスにある植物園や動物園に待機していた。すると、そこにスタジアムを警備している舞台から連絡が入った。

「大統領からのスクランブル要請です。ブラディ・メアリはスタジアムの中にいます。大統領の機体は、既に球場を離陸した模様です」

「そうか、じゃあ、大統領は無事なんだな」

「はい、ただ、スタジアムの中で御神乱になった群衆がかなりいる模様で、それらが群衆を喰い始めているみたいです。中は地獄絵図のようになっているみたいでして、一部の御神乱は既に球場外に出て行ってるとのことです。装甲車部隊は、既にグラウンドに突入を試みている模様です」

「いかん! そっちの方が問題だ。グラウンドに向かうぞ」

「了解!」

 ヘリコプター部隊がブロンクスから飛び立っていった。

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