第45話
真太はアメリカの某テレビ局へ行った。
「シンタ、待ってたぞ。こちらは君が出演してもらう報道番組のプロデューサーをしているナンシー・サリバンだ」局で待っていたルークが言った。
「はじめまして、シンタ。ナンシーよ」
「そして、こっちがMCをやっている……」
「BB・アストリーだ。よろしくな、シンタ」
その後、番組は進み、いよいよ真太の出番がやって来た。
「今日は、驚くべき人物をスタジオにお呼びしております」BB・アストリーが言った。「イイジマ・シンタさんです」「じゃあシンタ、自己紹介して」
「ええ、番組をご覧になっている皆さん、こんにちは。イイジマ・シンタと言います。アメリカ生まれの日本人とのクオーターです。俺は、つい最近まで日本の内閣府で報道官をやっていました。それで、東京が消失する前日に友人のアメリカ兵に助けられて、空母ドナルド・トランプで日本を脱出しました」真太の説明がはじまった。
「ちょっと、待った。ということは、あの沈没した空母に乗っていたアジア系の人間というのは、もしかして……」BBが真太に聞いた。
「はい、俺です」
真太がそう言うと、会場にどよめきが起こった。
「分かった。じゃあ、君はどうして御神乱になったナカジマ・マリアをかばっていたんだい? 機関銃までぶっ放しながら」
「それは、彼女を守るためだ。俺は、発症した彼女を連れて、一刻も早く空母から逃げ出したかっただけだった」
「君が、なぜそこまでナカジマ・マリアをかばうのはなぜなんだい? 君とナカジマ・マリアの関係は、一体何なのかな?」
「彼女は俺の……、いわゆる、その……」
「その?」
「フィアンセです!」
会場から「オー!」という大きなどよめきが起きた。
「そうか! それで彼女を連れだしたかった」BBが言った。
「ええ、でも、彼女は空母を座礁させ、原子炉を破壊して自ら巨大化したんです。そのとき、俺たちを逃がして……」涙ぐむ真太。
「まだ分からないことが幾つかあるんだが……、いいかな?」
「あ、はい」
「まず一つには、ナカジマ・マリアは、大戸島の出身者でもないのに、どうしてあの時点で罹患していたのかなんだが」
「彼女の両親は、大戸島の出身者だったんです。もう亡くなっていますが」
「なるほど。では、もう一つ。発症したナカジマ・マリアは、どうして日本に戻らずにアメリカにやって来たんだい? 君はその理由を知っているのかな?」
「ええ、もちろん。彼女は二十年前、彼女が十二歳のときに事故に合い、全身にひどいやけどを負ったんです。その事故というのは、横浜で起きた、米軍横須賀基地の戦闘機の墜落事故だったんです。母と娘、二人で暮らしていたアパートに戦闘機の残骸が飛び込んできて、彼女の母親である利恵さんは火傷で亡くなりました。三十八歳でした。真理亜も全身に火傷を負ったんですが、皮膚の移植手術によって一命をとりとめました」
「なるほど、それでナカジマ・マリアはアメリカ軍に恨みを持っているのだと」
「ええ。彼女から直接説明を聞きました。その後、彼女はジャーナリストになり、握りつぶされた事故の原因を独自に取材していたんです」
「ほう! そうだったんですか。それで、彼女は何かつかんだのかな?」
「ええ。彼女の調査結果によれば、当時、墜落した戦闘機を操縦していたのは、横須賀にあるアメリカ海軍第七艦隊基地に勤務するジョン・サンダース大佐だということです。そして、その男がアラバマ州上院議員である父親のコネクションやらを使って、事故の調査結果を封印したそうです」
「ちょっと待ってくれ! 二十年前に横須賀にいたジョン・サンダース大佐というのは、もしかして……、その……」
「ああ、現在のアメリカ大統領、ジョン・サンダースだよ。だから、彼女はサンダースを狙っている。他には目もくれずに……。だって、自分の母親を死に追いやり、その原因を握りつぶし、一切の謝罪も行っていない男だからな」
スタジオがざわついている。
「ところでシンタ、君がアメリカのニューヨークに来た目的は何なんだい?」
「真理亜のターゲットはサンダースだ。だから、彼女は必ずサンダースの集会を狙ってくる。しかも、海沿いの場所をだ。俺は、被害が大きくならないよう、それを伝えに来た。ロスアンジェルス、フロリダにも行った。次は、ここニューヨークのヤンキースタジアムで行われる集会だと思う。被害が大きくならないうちに避難しておくべきだ。俺たちがここに来た目的は、それを伝えるためだ」「それと、俺は、やっぱり真理亜を守りたいんだ。真理亜を殺さないでほしい。何とかして、俺は真理亜を元に戻す方法を考えてる」
「サンダースの集会を取りやめれば大丈夫なのか?」
「いいや、そういうことじゃない。仮にニューヨークがだめでも、次のところが狙われるだろう。もしかしたら、それは州議会議事堂かもしれんし、ホワイトハウスかもしれん。でも、とにかく、真理亜は必ずやって来る。真理亜は来るんだ!」
「何てことだ……!」BBは言葉に詰まった。
「でも、安心してほしい。真理亜のターゲットは、あくまでもアメリカ軍とサンダースであって、アメリカ人とかアメリカという国じゃあないんだ。実際に、真理亜は人を喰ったりしてないだろう?」
「あの、どうしてナカジマ・マリアは人を喰わないんです? どうして、そう言いきれるのです?」MCが真太に聞いた。
「それは、俺が発症しているときの真理亜に言い聞かせたからです」
「言い聞かせた? それだけで? そんなことで発症しても人を食べなくなると?」
「ええ。……でも、他に理由は見つからないですし」
「それは、つまり、その……。愛の力ってことでいいのかな?」笑いながらBBが言った。
真太は照れていた。
「畜生! 何だこいつは! 何もんだ! 俺のやり方に反対するテレビ局のやったことなのか?」専用車で移動中のサンダースは、車載テレビを見て怒り心頭となっていた。
しかし、サンダースの背中が光り始めることはなかった。
「随分お怒りになっておられますが、未だ大統領の背中がお光りにならないのは、なぜです?」運転手がそう言った。
「うるさい! お前は運転だけしていればいいんだ。目的地はまだなのか?」サンダースは運転手に怒鳴り散らした。
「イイジマ・シンタ……。こいつの名前は覚えておこう」サンダースがつぶやいた。
リウは、大阪の収容所の中にある隔離部屋にいた。薬を与えられないリウの発作は日に日に激しくなっていき、毎夜眠れないほど喘息の発作が続いていた。
しかし、在留管理局に勤めている日本人職員たちの、外国人に対する非人道的な処遇に対して、収容された外国人たちの怒りは、それをも増して心の中に湧き上がって来ていた。その苦しみは、ついに発作による苦しみを凌駕した。彼女の背中は激しく光り始めていた。それは青白かった。しかも、ウイグル出身である彼女は、ウイグルで度々行われていた核実験により、幼少の頃から放射線を浴び続けていて、既に被爆していた。彼女のメタモルフォーゼが始まっていた。
大阪の刑務所内。俊作は、看守にパクのいなくなったことを英語で問い詰めていた。
「パクの姿が最近見えないんですが……」
「……」
「どうしたんです? 何か言えないことでもあるんですか? それって、うしろめたいことですか?」
「君に、それを質問する権利は無いし、俺に、そのことに答える義務も無い」
「……ま、想定内の答えだな。仕方ない、自分で探すとするか」俊作は、心の中でつぶやいた。
サンダースの支持者集会の行われる日となった。その日のニューヨークは、朝から雪がちらつき始めていた。寒い気候帯に位置するニューヨーク市ではあるが、それでも十一月としての雪は幾分早く、珍しくかった。
真太、父親のディック、村田の三人は、サマンサの所有するアパートの敷地内にある駐車場にキャンピングカーを駐車させてもらいながら生活を送っていた。
「寒いと思ったら雪かよ」外に出て来た真太は言った。
昼過ぎ、彼ら三人にサマンサを含めた四人は、キャンピングカーでヤンキースタジアムに行き、人々をなるべく参加させず、家へ安全に返すための説得を行おうとしていた。サンドラ、ミランダ、アニタ、それにマシューとは現場で落ち合うことになっていた。ジャーナリストのルークは、仕事として既にスタジアムに入っていた。
お昼過ぎ、現場に到着した四人は、そこにいたサンドラたちと落ち合った。
「すごい人数だな!」真太が言った。
「反対派の人たちよ。今回は、応募して選ばれた人達しか中に入れないの。セキュリティチェックも厳しいわ」アニタが言った。
「数だけはいるんだけど、私たちの言うことを聞いてくれないのよ」ミランダが言った。
「なるほどな。ゲイル派の連中も外にいるのか?」
「ああ、朝から小競り合いが続いてる」
「何とかして中に入ろうとして、警備員とさっきからもめてるんだ」マシューが言った。
どんよりとしたライトグレーの空から降りてくる雪は、ニューヨークを見渡すアッパー・ニューヨーク湾にも、はらはらと降り注いでいた。そうして、午後には自由の女神もうっすらと薄化粧を始めており、人気のいなくなったコニーアイランドは、寂しく凍り付いてた印象を与えていた。
その海の中を、うねりながら青白く光るものがハドソン川の河口を目指していた。
サンダース大統領の演説集会が行われるニューヨークブロンクス地区にあるヤンキースタジアムには、ぞろぞろとサンダース・シンパの群衆が続々と詰めかけて気勢を発していた。「アメリカの救世主サンダース」とか「英雄」とかの旗、そしてアメリカ国旗や幟が灰色の雪空に翻っていた。
スタジアムの周辺には、例によって反サンダースのデモ隊との衝突がいくつも起きていて、既に警察隊が出動していた。反サンダースのデモは、先日のフロリダでの暴言事件や真太の発した言葉によって、益々ふくれ上がっていた。
また、真太のテレビでの発言を受けて、周囲には軍車両が集結して厳戒態勢を取っていた。
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