第44話

 車に戻った真太は、ディックと村田とともに、サンドラの案内で、彼女たちの集会場所を訪れた。彼らが連れて来られたのは、小さな公園に隣接している中層階のこじゃれたアパートの一室だった。

「私はアジア系への人種差別活動をやっているけど、このアパートに集まっているのは、ジェンダー、LGBT、移民、BLMなど、それぞれで活動しているリーダーが集まっているわ。そして、その日の反省点とか、次にどうすべきかなどを話し合っているの。今は大統領選挙の前だし、私たちは反サンダースで一致しているわ」アパートの一室に向かいながらサンドラは、そう説明した。

 アパートの一室では、活動家たちが彼らに張り付いて取材していたジャーナリストのルーク・マクガイアの妻のことで話していた。

「中国に帰ったんじゃなくて日本に行ったんでしょ。しかも東京じゃなくて大阪。じゃあ、大丈夫よ」

「でも、ウイグルの人なんでしょ。きっと、色々とスパイを張り付けられているわ」

「そうよ。現在のチェン・ハオ・ラン体制下では、中国系の活動家や反政府的な言動をする者、それからSNSで政府に批判的なことをあげた人間は、中国国内で容赦なしに消されているのよ。日本にいても安心はできないわ」

「そんなチェン・ハオ・ランの民主主義弾圧政治から逃げて来た人が、例えばルークの奥さんのクルムさんや香港からやって来たサンドラじゃない」

 女性たちが、口々に意見を言っていた。そこにLGBT活動家のアニタ・カーライルが口をはさんだ。

「でも、そんな中国の中にも、規制の網をかいくぐって真実を発信し続けているLGBTの活動家がいるわ」

「ああ、希望(シィー・ウヮン)Qってティックトッカーだな」マシュー・ホワイトが言った。

「そうよ、私は彼女を尊敬しているわ」

「でも、なんでシー・ワンは捕まんないのかしらね。中国国内であんなにはっきりモノを言ってるんだから、当局からもかなり目をつけられてるはずだけど」

「サンドラなら何か知ってるかしら」

 そのとき、部屋のドアが開いてサンドラたちが入って来た。

「私が何だって?」

「あっ、サンドラ」

 真太達がサンドラに促されて彼女らのアパートの一室に入ると、そこには五人の女性と二人の男性がいた。

「改めて自己紹介するわ。私はサンドラ・チャン。アジア人への差別と闘っている活動家よ。こっちはスカーレット・ヨハンソン。知ってるかもしれないけど、先日のガソリンスタンドで白人警官に射殺されたタクシードライバーの奥さんよ」サンドラが紹介した。

「こんにちは、スカーレットよ。よろしくね」

「私はミランダ。スカーレットと同じくBLMの運動をやってる」ミランダが自己紹介した。

「ミランダは、先日、私を道で殴った犯人よ」サンドラが笑いながら言った。「でも、その後、スカーレットと出会い、BLM活動をする中でお互いにわだかまりが溶けて、こうやって今では仲良しよ。私たち、BLM運動のリーダーが、ここにいるマシュー・ホワイト」

「マシュー・ホワイトだ。よろしく」大柄の黒人男性が挨拶した。「ミランダの報道を新聞で知ったとき、すぐに彼女のところに駆けつけた。そして、二人でサンドラのところに詫びに行ったんだ」

「そうなの。……それからと、こっちは」サンドラが言った。

「サマンサ・スミスです。ジェンダー差別反対運動を展開しています」若い白人の女性が言った。彼女はかなりの美人だった。「私は、かつてサンダース大統領の秘書だったの」

「ええ! そうなんですか」ディックが言った。

「彼には、ずいぶんひどいことをされたわ。今も彼に対して訴訟を起こしてるの」サマンサが言った。

「彼女、このアパートのオーナーよ。お金持ちなの」サンドラが言った。

「アニタ・カーライルです」次に、明らかに、見た目は男性と思しき女性名の人物が自己紹介した。「LGBT活動家のリーダーです」

「ああ、そうなんですね」真太が言った。

「それから、こちらの男性が……」サンドラが言いかけると、男は自分から自己紹介を始めた。

「ルーク・マクガイアと言います。ジャーナリストです。……ところで、君は、日本人らしいけど、僕の妻が日本に行ったっきり帰って来ないんだ。何か情報があったら教えてくれないかな」

「奥さんですか?」

「ああ、妻の名前は、クルム・モハメドといって、ウイグルの人権問題と戦っている活動家なんだけど、東京が消える少し前に、大阪に講演に呼ばれて行ったっきり連絡が途絶えてしまった。もともと、彼女はウイグル出身者で、中国のスパイとかにつけまわされていたから、とても心配なんだ」

「そうだったんですか……」真太が言った。

「おそらくですけど……」村田が話し始めた。「あのとき、日本から出国できたアメリカ国籍の人間は、僕みたいな軍人や日本にいる大使館員のような公的な人間だけだったんです。アメリカ人留学生やアメリカからの旅行者は、今でも日本に取り残されているんじゃないかと思いますよ」

「そうなんですか!」

「ああ、これは大統領からの指示でしたから。まあ、あのときは、日本から脱出するのに大変でしたから……」村田が言った。

「その割には、アメリカ軍は日本に駐留を続けていますよね」

「ええ、そうみたいです」村田は、罰が悪そうに言った。

「あなた、アメリカの軍人なの?」アニタが村田に聞いた。

「ええ、そうです」

「ああ、我々の自己紹介がまだでしたね。俺は日系アメリカ人にして日本の内閣府報道官だった飯島真太と言います。こっちは、アメリカ時代の旧友の村田」村田が自己紹介した。

「村田哲平です。アメリカ軍で通訳をやってます」

「俺はディック・ウルパートです。真太の父親です。スプリングフィールドに住んでるアメリカ海軍の退役軍人で、昔、日本の横須賀にいたときは航空機の整備士でした」

「親父は、そのとき、サンダースの乗っていた戦闘機の整備とかをやってたんだ」真太が言った。

「ええー!」皆が驚きの声をあげた。

「……で、あなたたち、何であんな暴徒化したデモ隊どうしの衝突現場に飛び込んできたの?」サマンサが聞いた。

「俺たち、次にニューヨークに御神乱が現れるんで、それを知らせるためにここにやって来たんだ。被害はなるべく小さい方が良いからな」真太が説明した。

「御神乱って大きい方の? ブラディ・メアリってやつ?」サンドラが聞いた。

「ナカジマ・マリアだ!」真太が少し怒って言った。

「ああ。そんな名前だったわね」サンドラ言った。

「でも、どうしてあなたは、次はニューヨークに彼女が現れるって分かるの?」アニタが聞いた。

「それはだな……」真太が言葉に詰まった。

「シン、ちゃんと最初から話した方がよさそうだぞ」ディックが真太に言った。

「ああ。実はだな、俺と村田は空母のドナルド・トランプに乗って日本を脱出したんだ。そして、その空母の中に真理亜もいた。彼女は東京湾で救助されていたんだ」真太の説明がはじまった。

「ああ、じゃあ、あの報道は本当だったんだな」ルークが言った。

「じゃあ、御神乱といっしょにいた東洋人というのは、もしかして……」サンドラが真太に聞いた。

「俺だ」

 皆は驚きの声をあげた。

「俺と村田はオスプレイで脱出して西海岸に不時着した。真理亜の憎しみのターゲットはサンダースだ。だから、サンダースが現れる場所に真理亜は現れるんだ」真太が説明した。

「じゃあ、もうすぐヤンキースタジアムで行われるサンダースの集会に御神乱は現れるって言うの?」サマンサは聞いた。

「ああ」

「真太、君の話をもう少し詳しく聞きたいんだが……。その……、どうして真理亜はそんなにサンダースを憎んでいるのかとか、君はどうして真理亜をそんなにかばっているのかとかね。もしも、君にアメリカに伝えたいことがあれば、テレビ局の知り合いもいるから、僕が話をつけてあげるよ」ルークが真太に言った。

「ああ、ありがとう。ルーク」


 フィラデルフィアにある軍港が、突如海から現れた真理亜に襲われた。突然のことに、軍はなすすべもなかった。真理亜は、そこに停泊中の軍艦数隻を破壊し海へと消えた。後には、燃え盛る軍艦が残った。


「ブラディ・メアリめ、軍の方を先に叩いておくつもりだな」このニュースを移動中のヘリコプターの中で見ていたサンダースが言った。


 そのときだった。サンダースのスマホに電話がかかってきた。村田からだった。

「大統領、お久しぶりです。村田です」

「おお! お前、無事だったのか! 今、どこだ?」

「ニューヨークにいます」「ところで、大統領、お願いがあるのですが……」村田がサンダースに言った。

「何だ」

「日本に取り残されているアメリカ国籍の人達を早く帰国させた方が良いと思うのですが……」

「ああ、そんなことか……。今は日本もアメリカもそれどころじゃない。そのうち何とかするさ」

「そうですか……」電話の向こうで、村田が失望したように言った。


 真太のスマホにルークから電話が入った。

「シンタ、喜べ。あるテレビショーでお前の話を聞きたいっていうんだ。出てくれるよな?」

「もちろんだ」


 中国、天安門広場前、紫禁城の前に数体の巨大な御神乱が到達した。


 シー・ワンのティックトックが伝えていた。

「ウイグルの連中がとうとう天安門のそばまで来てるわよ!」

「人民解放軍は応戦してるけど、高層ビルの林立している市街地での航空機部隊での攻撃は不利ね。そろそろ、私のライブ配信もここまでかしらね」

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