第49話
やっとのことで、サンダースはエンパイヤ・ステート・ビルに到着した。かなり息が上がっていた。
さらに進むとアムトラックのペンシルベニア駅が見えた。しかし、駅は封鎖されていた。
マディソンスクエアは、以外にも閑散としていた。雪はだいぶ小降りになっていて、そこにはらはらと落ちていた。「大きな広場では真理亜に見つかりやすいということを人々も感じ取っているのだろうか」そうサンダースは思った。幸いにも、ビルの死角に入っているのか、真理亜の姿は見えなかった。
サンダースは、そこに一軒のドラッグストアを見つけると、入って行った。
店員も既に避難したのか、店の中に人の姿はなかった。彼は、コートのフードを被り、胸のポケットに手を差し込んだ。彼はそこで初めてスマホを紛失したことに気がついた。彼は財布を持たず、財布やキャッシュカードの機能は全てスマホに入れていたのだ。
「しまった!」と彼は思った。
しかし、彼は店内を物色し、メガネの置いてある場所を探し出した。そして、店内に陳列されていた、いかにも安っぽい伊達メガネを物色し、それを身に付けた。安物の伊達メガネだった。そして今度は、レインコートを探し出し、今身に付けているものとは程遠い、安っぽくて派手な色のものを身に付けた。しかし、自分の正体をごまかすためには、それで十分だった。サンダースは少しだけ安心した。最後に、マスクを一つ手に取り、袋を破って一枚取り出して、それで自身の顔を覆った。サンダースは万引きをしたのだ。
「自分の身の安全のためなのだ。店に誰もいないのが悪いのだ」サンダースは、心の中で何度もそう言い聞かせていた。
地下鉄は、安全のために全線が停止していた。そこに御神乱が逃げ込んでいたからだった。
軍は、手分けして全ての地下鉄の駅へ入っていって操作した。いくつかの駅で、軍と御神乱の攻防が行われていた。
真理亜は。相変わらず群衆の中からサンダースを探していた。しかし、変装した後のサンダースを見つけることは難しくなっていた。
真理亜の進むマンハッタンの街角では、渋滞と混乱が起きた。そして、彼女の背後には、三機の戦闘ヘリが常に距離を取りながら張り付いていた。
上空の真太たちは、何とか真理亜のいる上空近くまで飛んで来た。
「おい、いたぞ! あそこを歩いてる」ルークが指をさした方角を見ると、摩天楼のビルとビルの間を進んでいる真理亜の姿があった。
「何かを探してうろついてるみたいだな。やはり、真理亜はサンダースを確認してたんじゃないのか」真太が言った。
「ああ、多分な」
「なあ、もっと近づけないのか?」
「こう、報道ヘリやら軍のヘリやら、消防のヘリやらが多いんじゃ、なかなか近づけないよ」
セントラルパークの火事は、やっと鎮火の兆しが見えてきた。しかし、マンハッタンのあちこちで起きている火事については、まだまだ延焼の可能性があった。消防ヘリは、まだまだ忙しく上空を飛び回っていた。
「地下鉄の駅にいた御神乱の処理は、ほぼ終了しました」地上で御神乱の処理にあたっていた部隊から地下鉄会社に連絡が入った。
「ようし、地下鉄再開だ!」会社の幹部が言った。
ニューヨークの地下鉄全駅でアナウンスはあった。
「ニューヨーク地下鉄の運行を再開します」「繰り返します。ニューヨーク地下鉄の運行を再開します」
これを聞いた近くの人々は、もよりの地下鉄に殺到した。
サンダースも群衆に紛れて近くの地下鉄に入っていった。これによって、真理亜は完全にサンダースを見失った。真理亜は、さまよいはじめた。
「地下鉄が解放されたことで、だいぶ群衆の姿が消えました」戦闘ヘリに乗っている兵士が本部に連絡した。
「よし、ブラディ・メアリの攻撃を許可する」本部からの命令があった。
「了解!」「しかし、人にも建物にもさほど危害を与えていないし、ただ南に進んでいるだけの生物を攻撃することに、何か意味があるんですかね? 大統領の引き起こした墜落による火災の方が大きいようだ」
「つべこべ言わずに、攻撃しろ。上からの命令なんだ」
「了解です」
「ビルに気をつけろよ」
マンハッタン上空の真太たち。ルークが言った。
「道路にいる人たちが随分とはけたな。こりゃ、軍はしかけるかもしれないな」
「真理亜を攻撃するってことか?」心配そうに真太が言った。
「ああ、そうだ」
真理亜がユニオンスクエアにやって来た時、既に雪は降り止んでいた。人通りの少なくなった摩天楼の間をさまよう真理亜。
ユニオンスクエアあたりにある某ホテルの一室。そこには老夫婦が宿泊していたが、見知らぬ街での出来事にどう対処して良いのか分からず、まだ部屋の中に取りこのされていた。逃げ遅れたのだ。カーテンをしめ、おびえてベッドの上で震えながら硬く抱き合う二人。
電気を消した室内、カーテンを閉めた窓、陽が落ち始めた外の明り越しに巨大な真理亜の影が通過していく。
真理亜は、ユニオンスクエア界隈を歩いていた。
「ブラディ・メアリ確認しました。ソーホーに向かって南下中です」上空を舞う三機の攻撃ヘリのうちの一機が言った。
「了解。ビルに激突しないように気をつけろ」
攻撃ヘリたちは、摩天楼のビルとビルの間の空間へと降下していった。三機で挟み撃ちにしようとしていたのだ。しかし、真理亜は、目の前にヘリが現れると、すばやくビルに身を隠した。すると、今度は別のヘリが別の通りから真理亜の目の前に現れた。これもビルの影に身を隠してヘリを撹乱する真理亜。このような真理亜と攻撃ヘリたちとのやりとりがしばらく続いた。摩天楼は、明らかに真理亜に有利な場所だった。
攻撃ヘリの搭乗員たちは、少しいらつき始めていた。攻防の場は、まもなくソーホーに移ろうとしていた。
ビルの間に隠れていた真理亜がひょいと目前に現れた。真理亜の前方にいたヘリの攻撃種があわててミサイルの発射ボタンを押した。しかし、すぐに真理亜は横のビルに身をかわして隠れた。すると、真理亜の後方につけていたヘリがミサイルを発射したヘリの前方に現れた。
「しまった!」攻撃手は、そう思った。
しかし、彼がそう思った時には、既に遅かった。ミサイルは無下にも真正面にいた味方のヘリに命中した。
「グワーン!」爆発して炎上しながら攻撃ヘリは落下していった。
「何をやっているんだ! 落ち着け!」隊長からの声がヘリに流れた。
「すみません!」しかし、このヘリの操縦士は、あきらかに気が動転していた。
「もう一度、落ち着いてやるぞ。後方へまわれ」
二機で体勢を立て直し、真理亜を挟み撃ちにしようとする攻撃ヘリ。またしても、真理亜との攻防が始まった。しかし、ミサイルを撃った方のヘリは動きに精細さが無い。見方を撃墜して、明らかに動揺しているのだ。
真理亜の背後に回り込んだこのヘリは、翻弄され、真理亜に引き付けられたのちに、すばやく身体を方向転換した真理亜の動きについていけず、隣の高層ビルに激突した。
「ドゴーン!」米軍の攻撃ヘリは、またしても爆発炎上してビルをなめるように落下した。
「二機がやられました」本部に報告する攻撃ヘリ。
「何をしてるんだ! そのまま、摩天楼を抜け出すまで後ろに張り付いて追尾しろ。ずっと摩天楼の中にいるわけじゃないだろう。もう一機、そちらによこすから、摩天楼を出たところで挟み込んで狙え」
「了解しました」
一機残った軍用ヘリは上昇し、上空から真理亜を追尾した。
上空を飛ぶヘリの中。ルークが言った。
「お前のフィアンセ、随分とやりじゃないか!」
「もちろんさ」真太は、誇らしげにそう言ったが、内心はまだまだ不安でいっぱいだった。
そのとき、彼ら報道陣のヘリの間を縫って、もう一機、軍用ヘリがやって来た。
「何だ、また一機増えたぜ」真太が言った。
真理亜は、ソーホーへ出た。摩天楼にあるルーフトップ&バーには、既に誰もいないのだが、暮れなずみ始めたニューヨークの夜景がきれいに映えていた。電気を消さずにそのまま避難した人が多かったのだ。それゆえ、人(ひと)気(け)は無いが、いつもながらのニューヨークの美しさがそこに現出し始めていた。その横を通る真理亜。上空には、一機の攻撃ヘリと依然として多くの報道ヘリを引き連れていた。
真理亜がチャイナタウンに出たとき、西の空には、既に夕暮れが迫ろうとしていた。
ブロードウェイのきらびやかなネオンが、人気の無い道に空虚に点滅していた。
「よし! 開いた」
ブルックリンの公園では、村田がついにサンダースのものと思しきスマホの解除に成功した。念のため、彼は自分のスマホからサンダース個人の電話番号に電話をかけてみた。すると、はたしてそれは見事に着信した。
「やっぱりな。これは間違いなくサンダース本人のスマホですね」
「そうなのか! 奴は生きてるのか?」ディックが言った。
「まだ、それは何とも言えません。これだけがセントラルパークに放り出されたのかもしれませんし……。通話履歴を見てみましょう」
村田が通話記録や電話帳を見てみると、明らかに大統領らしいそうそうたるメンバーの名前が連なっていたのだが、その中に気になる名前があった。
「クリスチャン・ビショップ? 誰だろう、これ」村田がつぶやいた。
「何か、どこかで聞いたことのある名前だな。何か最近話題になってるような……」ディックが言った。
上空の真太たち。ルークが言った。
「まもなく摩天楼を抜けるぞ。軍が攻撃を仕掛けるとすれば、ここからだ」
「何とかならないかな」不安気な真太。
「そうだ! このヘリを軍用ヘリの前にまわり込ませて妨害できないかな」真太がルークに提案した。
「何だって! へたすると、俺たちが打ち落とされちまう」
「なあ、何とかそこを頼むよ」懇願する真太。
「おもしれえ! やってみましょうよ」何と、驚いたことに、パイロットが乗り気でそう言った。
「ええ!」とルーク。
「ありがとう。お願いします」真太がパイロットに礼を言った。
このとき思いついた策は、笑子が東京に上陸したときに真理亜が思いついたものと同じものだったが、真理亜がこの行動をやっていたときには、既に真太は空母に乗艦していて知る由も無かった。真太は、まさか真理亜が笑子の為にとったのと同じ行動で、今度は真理亜を救おうとしているなどとは思いもしなかった。
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