第41話

 門真市にある警察署内。男たちの取り調べが行われていた。

「……では、何か? お前たちは御神乱奉賛会の人間で、女性たちをさらっていたのは、御神乱の生贄として捧げるためだというのか!」刑事が言った。

「お前ら、頭いかれてんのか!」別の刑事があきれたように言った。

「とりあえず、彼らの言うことが本当なのかどうか、奉賛会本部に行ってみましょう」一人の若い警官が部長に提案した。

「うむ、しかし、御神乱がそこにいるとなると危険だ。自衛隊にも要請しよう」刑事部長らしき男が言った。


「パナマ運河に巨大御神乱が現れました。現場は騒然となっています」全世界にニュースが流れた。

 真理亜は、太平洋からパナマ運河を越して大西洋側に出ようとしていたのだ。

「現在、パナマ運河を航行中の船舶が何隻か炎上していますが、パナマ市街地への被害はない模様です」

 やがて、パナマ国軍の攻撃ヘリ部隊が現場に到着し、真理亜を取り囲もうとしていた。しかし、彼らの攻撃が開始される前に、真理亜は大西洋の海へと消えていった。


 真太達は、ウルパート家の自宅でこのニュースを見ていた。

「彼女、どうやら大西洋に出て、西海岸に向かうみたいだな。シンの見立て通りだ」ディックがそう言った。


 大阪府警と自衛隊が御神乱奉賛会の本部にやって来た。

 しかし、彼らが到着したときには、既にあたりは血の海となっていて、コンテナの中に御神乱はいなかった。御神乱を封印していた鉄の鎖は引きちぎられて床に散乱しており、教祖をはじめ、会員の多くの食い散らかされた遺体の残りが血の海となった床のあちこちに散乱していた。

「遅かったか……」自衛隊の隊長が言った。「逃走中の御神乱を探せ」


 片や、独立愛国党内では、党員の御神乱化が進んでいた。米軍の排除と日本の独立を目標とする愛国党の党員は、その多くが過激分子であり、大阪市の大規模デモの段階で多くの逮捕者を出していた。残された党員もまたアメリカ兵に対する恨みを抱くものが多く、御神乱化して占領軍司令部を目指していった。


「御神乱奉賛会の事務局が御神乱にやられました!」和磨の部屋に自衛隊から連絡が入った。

「そうか。でも、その報告をどうしてわざわざ私に?」

「一度、大臣にも見に来ていただきたいんです。そうすれば、意味が分かりますんで」

 和磨は現場に向かった。

「これなんですがね」現場にいた自衛隊の隊長が言った。

「何だい、これは?」

 見ると、そこには大きな鉄製のコンテナが設置されていて、その中には、何本もの鎖が切れた状態で散らばっていた。あたりは一面血の海で、遺体は既に処理されていたようだが、そこにいた会員のほとんどは食われてしまっていたようだった。

「彼ら、ここで御神乱を生け捕りにして飼育していたようなんです。いや、彼らに言わせると、正しくは御神体として祀っていたというか……」隊長が説明した。

「何てこった!」

「それで、このくらいのコンテナであれば、ある程度、御神乱を生け捕って入れておくことができるんじゃないかと思いましてね。これだと、殺さずに済む」

「なるほどな。でも、どうやって生け捕るんだ?」

「催眠弾を撃ち込めないかと思っています。ライフルのレベルでは、御神乱の鉄のような皮膚を貫通することはできませんし、バズーカだと殺傷能力が強すぎる。それで、その中間位の小火器を使うか、または、口から体内に催眠薬を打ち込めないかと考えているんです」

「そうか! そういう手があるのか」

「おそらく、奉賛会も同じようなやり方で捕獲したものと推察されます。ただ、鎖による拘束方法が甘かったので、抜け出せたんじゃないかと思うんです」

「うん、それで?」

「……で、大量のコンテナとその置き場所、そして催眠銃の手配の許可をいただきたいと思いまして、御足労願ったんです」

「うん、分かった。許可する。それで進めてくれ。くれぐれも、アメリカ軍が殺す前にやってくれよ」

「はっ! 了解しました」


 自衛隊は、大量の輸送用コンテナを発注し、それを焼け野原となった大阪市に置いた。また、大量の麻酔薬に浸した牛肉の塊を発射できるランチャーを開発した。

「御神乱が出現しました。新世界、通天閣そばです」

 自衛隊が急行した。そして、肉片を弾丸上に整形したランチャーを御神乱の吠える口に向けた。

「目標、前方の御神乱。はずすなよ」

「了解!」

 弾丸上の肉片は御神乱の大きくあけられた口の中に消えていった。そうして、しばらく御神乱はもがいた後、どうと路上に倒れた。すると、すかさず自衛隊がそれを回収し、コンテナの中に入れて持ち帰って行った。

 この作戦は、功を奏し、コンテナの中で眠らされた御神乱は、次々と焼け野原となった大阪市に並べられていった。


 この自衛隊のやり方をハミルトンはサンダースに報告していた。

「以上のような状況でして、我々が御神乱の処理に到着する前に、既に自衛隊が到着していることが多く、先に我々が処理に入ろうとすると、またしても自衛隊と交戦状態になってしまうんです。どうしたものかと思いまして……」

「それなら、彼らのやりたいようにやらせておけば良い」

「は? それで良いんで?」

「御神乱を排除してくれてるのなら、それで良いじゃないか。それよりも、お前らは占領軍本部や日本にある米軍基地が御神乱に攻撃されないように守りを固めておけ。こっちも今、大変なんだ。正直、日本になんか構ってる暇なんてない」

「でも、中国がせめて来やしませんか?」

「今は、中国だって国内で湧いて出てる御神乱の駆除で大変で、外国のことに構ってる暇なんてない」

「あ、はい。分かりました」

「あと、それからな。刑務所に閉じ込めてある政治犯たちに気をつけておけ。あそこには自衛隊は入れない。奴ら、いつ怒りを爆発させて発症するか分からんからな」


 アメリカ海軍の原子力潜水艦は、海中を移動中の真理亜を探していた。

 するとソナーが巨大な影をとらえた。

「今度は鯨の類(たぐい)じゃないだろうな」艦長が確認した。

「もう少し接近してみないと、はっきりとしたことは分かりません」

「鯨やイルカを殺したとなっちゃ国際問題に発展するからな。気をつけろよ。狙うのは、日本人のじゃじゃ馬娘一人だけで良いんだからな」

「分かりました」

 遊泳する巨大生物に接近する原子力潜水艦。

 そのとき、生物の方から潜水艦に近づいてきた。

「艦長、向こうから近づいてきています」

「魚雷を目標にロックオンしておけ」

「了解」

「だめです! 間に合いません。高速で体当たりしてきます」

 電子力潜水艦の艦影が消えた。


 大統領専用車で移動中のサンダースへ国防長官から報告が入った。

「大統領、フロリダ沖で海軍の原子力潜水艦が消息不明になりました」

「どういうことだ?」

「原因は不明ですが、捜査中だった御神乱にやられたのかもしれません」

「例のナカジマ・マリアか?」

「はい、そうだとすると、御神乱は東海岸に上陸するものと考えられます」

「俺の支持者集会を狙っているというのか?」

「私からは、それ以上のことは分かりません」


 ウイグルから黄河を下っていた数体の御神乱たちは、北京郊外にまで到達していた。

 北京市内には、既に戒厳令が出されていたが、御神乱の上陸を機に、次々と北京を脱出する人々で鉄道や道路がごった返していた。

 やがて、黄河から次々と上陸した巨大御神乱たちは、北京市街地を破壊し始めた。彼らの目標地は天安門であった。

 各地の共産党支部への御神乱の襲撃も日増しに激しさを増し、中国国内は内戦化の様相を呈し始めていた。


 シー・ワンのSNSが、驚いたことに北京のライブ画像を配信し始めた。

「見て! これが現在の北京の現実よ。私も危ないけど、ギリギリまで頑張って配信し続けるからね。政府のお抱えジャーナリストは、過少報道しかできないから、信用しちゃダメよ」

「北京に住んでる人達とその周辺の人たちは、なるべく早く、安全なところに避難なさい」


 アメリカ国内の多くの州には、外出禁止令が発令中であったが、自由を好む人々は、必ずしもそれに従いはしなかった。

 相変わらず、市民のデモは起きていた。それは、外出禁止令に反対するデモであったり、労働争議であったり、人種差別、女性差別に抗議するものであったり、または、サンダース政権に反対するデモ、もしくはサンダースの人格を否定して行われるデモさえもあったりした。

 そんな中でも、相変わらず、御神乱による事件はあちこちで起きていたし、御神乱の発症者への殺戮も行われていた。

 アメリカ国内の不満と分断、怒りと憎しみの連鎖は、前にも増して大きくなっていた。


「最近のアメリカ国内における御神乱ウイルスの発症についてですが、最近アメリカ国内で感染してるウイルスは、最初の頃のものに比べ、より感染力強く、しかも、より早くメタモルフォーゼする変異株へと進化していることが判明しました。このアメリカ株とも言うべき御神乱ウイルスですが、発症に数日もかからないこともあるようで……」アメリカ国内のテレビが報じていた。


 アメリカ南部にある小さな町。そこにある大きな農場主の邸宅。玄関のドアがドンドンと音がしていた。

 二階にいた当家の婦人は異変に気付き、猟銃を手に降りてきた。そして、彼女が階段を途中まで降りてきたところで、玄関の扉は激しく破壊された。見ると、そこには一体の御神乱が立っていた。

 すかさず、婦人は御神乱に銃弾を浴びせたが、御神乱の硬い皮膚にはじき返されて、なす術が無かった。

 御神乱は階段の途中まで降りてきていた夫人を目に捕えると、そこへ飛びかかって来た。


 真太たち三人は、ディックのキャンピングカーでフロリダを目指していた。

「今、アメリカは、まもなく行われる大統領選挙で大変なんだ。今回は、現職のサンダースと対立候補のゲイルの一騎打ちだ」ディックが車を運転しながら言った。

「サンダース対ゲイルなんて、何だか六〇年代にあった日本の怪獣映画みたいだな」真太が言った。

「何だい、それ?」村田が真太に聞いた。

「サンダ対ガイラ。知らないか?」真太が答えた。

「ああ。知らないな」

「サンダ対ガイラの元ネタは、日向神話の海幸彦と山幸彦だ。そして、山幸彦の孫が初代の神武天皇ということになる。まあ、神話だがな」真太がざっくりと説明した。

「何だい。それじゃあ、日本の天皇の先祖は怪獣だってことか?」

「いや、そうじゃない! ……もう、いいよ」

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