第40話

 瞳のメタモルフォーゼは日に日に進行していった。既に身体は、ほぼオオトカゲの状態になり、背中は激しくピンク色に発光していた。しかし、独り暮らしをしていた彼女のこのような状況を知るものは、誰もいなかった。


「おい、最近、何か様子が変だと思わないか?」パクが俊作に言った。

「変って? 何が?」

「何だか収容されている人数が減ってないか?」

「え、じゃあ、解放された人がいるってことか? ついに、俺たちも解放か?」

「いや、そうじゃないと思うんだ。そんな話は聞かされてないからな」

「じゃあ、何だよ」

「お前さ、この前、背中が赤く光っただろ」

「あ、ああ」

「俺さ、見たんだ」

「見たって、何を?」

「お前の他にも背中が光りだした人たちがいてさ。そいつらは、お前なんかよりも、もっと激しく背中が光ってて、いかにも苦しそうにしてたんだけどな。そいつらが、夜中に独房に移されていくのを見たんだ」

「何だって! ……で、そいつら、どうなったんだ?」

「それは分からない。殺されたのか、鉄の扉みたいなところに隔離されてるのか。……でも、はっきりと言えるのは、御神乱ウイルスは、既に日本にも蔓延していて、かなりの人が罹患しているってことなんだと思う。もしかしたら、ほとんどの人たちが罹患していて、怒りが抑えられなくなると発症するんじゃないかと……」

「調べてみるか」俊作が言った。

「えっ?」

「明日の昼休みにでも、独房の方を調べてみるか」


 御神乱奉賛会は、どこからか生け捕りにしてきた御神乱を鎖につないで御神体としていた。御神乱は鉄製のコンテナに入れられ、そのコンテナの中で、鎖でぐるぐる巻きに巻かれていた。

「イヤーーーー!」「誰かー! 助けてくれーーー!」そう叫ぶ女性が連れて来られ、御神乱の前に差し出された。

「静かにしなさい」「あなたは御神乱様の為に、名誉ある生贄となるのですからね」

「イヤよ! イヤーーー!」泣き叫ぶ女性。

 次の瞬間、目の前に差し出された女性の頭に御神乱が食らいついた。

「御神乱様は、まだまだ満足されておられないようだ。もっと、人を狩ってきなさい」教祖の霊験斎が信徒にそう言った。

「はい、分かりました」信徒たちは、町の中へと散って行った。


 黄河の河面から姿を現し、橋を破壊する巨大な御神乱たち。黄河の中流にある大規模なダムでは、数体の巨大な御神乱がそこに到達していた。御神乱たちは、ダムを破壊し、濁流とともに下流へと消えていった。


 中国の高層ビルを破壊する巨大御神乱。数体の御神乱が幾度か体当たりすると、さしもの巨大な建造物もひびが入り、傾き、ついには折れはじめた。それは粉塵とともに市街地に激突し、市街地からは火の手が上がり始めた。

 ウイグル御神乱の破壊行動により、中国の各都市は燃え始めた。


 中国では、遊園地にも巨大御神乱が出現していた。

「御神乱だー! 御神乱が来たー!」「逃げろ! 食われるぞ!」

 一目散に逃げる人々。ジェットコースターや観覧車はその場で停止し、客らはそこから鉄柱を伝って脱出を試みていた。ジェットコースターの鉄のやぐらや観覧車の鉄の柱を伝い、必死になって地上への脱出を計る人々。しかし、そこに迫る巨大御神乱は、無慈悲にも彼らを手につかみ食い漁り始めた。観覧車とコースターに血の雨が降り注いだ。


 中国の空港も御神乱に襲われた。踏みつぶされ、次々と燃え上がる旅客機。滑走路や空港ビル内では人々が一目散に逃げ始めていた。


「中国では、被爆し巨大化したウイグルの御神乱たちにより、各地の都市が破壊され、火の手が上がっています。既に多くの主要都市では甚大な被害が出ているものとみられ、御神乱の排除に中国人民解放軍の戦闘部隊も投入されています。ただ、巨大化しているウイグルの御神乱は数も多く、生き延びた御神乱は、さらに北京を目指して東へ進んでいます」


 シー・ワンのSNSが更新された。

「だから言ったじゃない! ウイグルの人たちをなめちゃダメだって。ここまできちゃったら、もう政府も隠し通せなくなってきてるわね」


 真太と村田のジープは、真太の両親の住んでいるスプリングフィールドに到着した。

「シーン!」玄関の扉を開けて真太の母親の麗子・飯島・ウルパートが両手を大きく広げながら出て来て二人を出迎えた。

「母さん!」真太も嬉しそうにジープから出て来た。

 母親の後から、父親のディック・飯島・ウルパートも玄関から出て来た。ハグする母と息子。

「とても心配してたのよ」麗子が言った。

「村田、紹介するよ。俺の母親の麗子・ウルパートと父親のディック・ウルパートだ」「父さん、母さん、俺の親友の村田」

「はじめまして村田君」

「はじめましてウルパートさん」


 俊作とパクは、昼休みに建物の壁面にあるパイプやら配線を伝って屋上へと昇っていった。そこから、身をかがめて壁面を伝いながら看守たちの詰め所へと下りて行った。

 そこから看守のいる部屋のそばの廊下へは、意外とあっさりと出ることができた。そして、部屋に誰もいないことを確認すると、ドアを開けて部屋へ潜り込み、そこにある新聞を持ち去ったのだった。

 俊作は新聞を二つに切り裂き、半分をパクに渡した。そうして、二人ともそれらをズボンの中に隠し入れると、何食わぬ顔で運動場へと戻って行った。まだ昼休みだった。

 その日の夜は、二人ともトイレの中で手にした新聞を読み漁った。

 翌日の昼休み、二人は再び運動場で会い、昨夜、お互いが新聞から得た知識の情報交換をした。

「外ではえらいことになってるみたいだな」パクが言った。

「ああ。まず分かったのは、大戸島の御神乱ウイルスは全世界に拡散していて、ほとんど全ての人類が罹患しているということ」俊作がまとめた。

「そして、御神乱は何度か大阪を襲っていて、既に大阪市は焼け野原になっているということ」パクが言った。

「それから、世界各地で御神乱ウイルスを発症した人達が人を食べたりしていて、それを防ぐために、人々が発症した人間を御神乱にある前に殺しているという恐ろしい事実だ」俊作が言った。

「これとは別に、ナカジマ・マリアという御神乱がアメリカに出現しているっていう記事も書かれていたぞ」パクが付け足した。

「……」恐ろしい事実に黙り込んだ二人だった。

「つまり、この刑務所の中で光っていた人間は、怒りが暴走して御神乱に発症したから隔離されてるってことか。一体どこに連れて行かれたんだろう?」パクが言った。

「いや、既にもう処理されてるかもな」

「処理って……。殺されてるってことか?」

「ああ、新聞にも書いてあったろう。発症したら御神乱になる前に殺してるって……。この刑務所には、アメリカに恨みを持つ人間がうようよいるからな。本国から指示があれば、そのくらいやるんじゃないのか」


 その日の夜、みんなで夕食を共にしながら、真太はこれまでにあったことを両親に話していた。

「そうだったのか。でも、無事で何よりだった。東京が消えちまったときは、どうなることかと思ったよ」ディックが言った。

「村田のおかげだ。彼がドナルド・トランプに乗せてくれたから、ここまで来れたんだ」

「本当にありがとうな、村田君」ディックが村田に礼を言った。

「ところで、テレビで言ってたけど、あの沈んじゃった空母で御神乱を連れていた東洋人がいたって言うけど、まさか……」麗子が心配そうに真太に尋ねた。

「あー、それ俺だよ」何の気のてらいもなく、真太はそう答えた。

「ええー! お前、あのバケモンといっしょだったのか」ディックが言った。

「お父さん、バケモンとか言ったら、真太に叱られますよ。あれは、真太の……、んん、真太の恋人なんですから」

「何ですって!」麗子が驚きの声をあげた。

「シン、どういうことだ! 話してくれ」ディックが真太に説明を求めた。

「実はな……」

 真太は、これまでの真理亜とのいきさつを全て両親に話した。


 門真市内の夜の住宅地を歩いている女性に声をかける二人の男。奉賛会の会員だ。近くには彼らが乗って来たと思われる車が止まっている。

「何? 何? やめて! 誰か」女性が声をあげる。

 男たちは、無理やり女性を車に乗せようとしていた。

 そこへ、駆けつけた警官たちが男を確保した。

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「ありがとうございます。大丈夫です」

「最近、この辺りで若い女性が連れ去られているという情報がありまして、張っていたんです」

「さあ、来い」

 二人の男は、駆けつけたパトカーに押し込められて、連れて行かれた。


 真太の話を聞き終わったディックは、何故か黙りこくってしまった。

「どうしたの? 父さん」

「いや、実はな……、お前も知ってると思うが、俺はかつてアメリカ海軍に所属していて、横須賀の海軍基地に勤務していたことがあるんだ」ディックが説明しだした。

「それは知ってるよ」

「俺は、その頃、戦闘機の整備をやっていてな、戦闘機乗りの教官だったのがジョン・サンダース。今のアメリカ大統領だ」

「え!」

「奴の乗っていた戦闘機をいつも整備していたのは、この俺だった。もちろん、あの事故の時もそうだ」

「ま、まさか! 父さんのせいであの事故が起きたんじゃ……。もしそうだったら、たとえ父さんでも許さないからな!」父親につかみかかろうとする真太。村田がディックの胸ぐらをつかむ真太を引き離そうとした。

「落ち着け、シン」父が言った。「事故の後、奴は事故の原因は俺の整備不良だと言い張った。しかし、どう調べても、サンダースの言うような根拠はどこからも見つからなかった。そりゃそうだ。俺の整備はいつも完璧だったからな」

「そうだったのか……。ごめん、父さん。父さんの言うことを信じるよ」

「あはは、シン、お前、よほどその娘が好きみたいだな」ディックが笑いながら言った。

「真太は真理亜にベタ惚れなんです」村田がディックに言った。

「あのときの事実は、サンダースによって闇に葬られているんだ。真理亜の言った通りだ。アメリカのほとんどの人間が知りやしないんだ」ディックが言った。

「そうなんだ」

「……で、次に真理亜が出てくるのはどこなんだ? お前ならそのくらい分かるんだろう?」ディックが息子に聞いた。

「彼女は、サンダースを狙っている。今は、もうすぐ始まる大統領選挙の前で、各候補とも支持者の集会で忙しい。だから、真理亜が現れるとすれば、サンダースが行おうとしている次の集会所。しかも、海に近いところ。すぐに海に逃げ込める場所だ。内陸部だと自分の身が危ないからな」真太が父に説明した。

「ということは、フロリダか次のニューヨークあたりだな。……よし! 一緒に大統領に会いに行こう。今度は俺が車を出す」

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