第37話
「あの新しい防衛大臣も見掛け倒しだったな」
「そうそう。最初は威勢の良いこと言ってたんだがな……」
「ああ、御神乱を殺してくれてんのはアメリカ軍だし。結局は、自衛隊は何もしてくれてないしな」
これらの国民の声は、和磨の耳にも入っていた。
松倉が和磨の部屋にやって来た。
「井上防衛大臣、アメリカが日本各地で御神乱を勝手に殺してるみたいなんですが、これはサンダース大統領の指示だそうです」
「ああ、知っている」
「これだけ等身大の御神乱がいっぱい出てきて国民を食い殺してるんじゃあ、どうしようもありませんよ。これでも御神乱を守りますか? やはり米軍に殺して駆除してもらった方が良いんじゃありませんかね。国民も恐怖におびえていますし」
「ああ、分かってる。それでも、あれはやはり殺人だ。日本人が日本人を殺すことはできない」
「じゃあ、アメリカ人に殺してもらうとか……」
「そうじゃない。それも殺人だ。アメリカ人が日本人を殺しても良いはずがないじゃないか!」
「じゃあ、一体どうするんですか」
「分からん」
「分からん?」
「ああ、今のところは、どうするべきなのか良い考えが浮かばない。しかし、あくまでも御神乱は殺したくない。事実、処分された遺族は次から次に御神乱となっている。負の連鎖だ。憎しみの連鎖を断ち切ることが大事なんだ」
「だから、どうやって?」
「とにかく、私から国民にもう一度お願いをする。報道を呼んでくれないか?」
翌日、井上和磨がテレビに出た。
「国民の皆さん。防衛大臣の井上和磨です」
「皆さんもご存じのように、日本においても、御神乱ウイルスを発症した人々による事件が各地で頻発しています。発症した人々、および亡くなられた皆さまのご冥福をお祈り申し上げます」
「さて、しかしながら御神乱を殺戮することは、あくまでも殺人です。アメリカ軍による御神乱殺戮とは別に、日本各地では、国民によって自警団なるものが結成され、御神乱になりかけている人たちを殺しているという報告が多数あります。国民の皆さん、もう一度冷静になってください。あなた方のやっていることは人殺しなのです。そして、殺された人達の遺族もまた御神乱になっており、米軍に排除されています。これは、まさしく憎しみの連鎖に他ならないじゃないですか」
「今のところ、この病気を治す方法は見つかっておりません。御神乱になった人を元に戻す方法は分かっていないのです。ただ、はっきり言えることは、今こそ我々は、この憎しみの連鎖を絶ち切らなければならないということです。国民の皆さん一人一人が、発症をしないように憎しみを乗り越えてください。怒りをこらえてください。これは事故だと思ってください。悲しみに暮れることはあっても、誰かに憎しみを抱くことはやめてください。そんなことできるかとお叱りを受けることは重々承知しています。それでも、この地獄から抜け出すには、今のところ、これしかないのです。もう一度お願いします。憎しみや怒りをこらえてください。笑って他人を許してあげてください。どうか、どうかお願いします。この病気を解決する手段は、いつか必ず見つかります」
「なお、今後、アメリカ軍が御神乱を殺害しようとするところを発見した場合、自衛隊は、これを守るため出動いたします」
和磨の会見の後、日本国内の御神乱による事件は大幅に減った。ただし、堺市および大阪市周辺からアメリカ占領政府への攻撃は一向に減らなかった。
アメリカのニュース番組、キャスターが新しい情報を告げていた。
「先日から話題になっております、ドナルド・トランプに救助されていた日本人ジャーナリストのっ身元が分かりました。こちらで調べましたところ、彼女の名前はナカジマ・マリア。東西新聞社に所属していたジャーナリストと見られます」
「尚、こちらの独自取材で分かったことですが、彼女は二十年前に日本の横浜市で起きた米軍戦闘機墜落事故の被害者でした。このときの事故で、彼女の母親は命を落としており、彼女もまた、全身に火傷を負ったものの、度重なる皮膚移植手術により、奇跡的に一命をとりとめたということです」
「ナカジマ・マリアがアメリカに現れた御神乱であるとすれば、彼女の恨みのターゲットは、アメリカ合衆国およびアメリカ軍であるということになります。彼女がアメリカ軍の施設を破壊しているのは、その為かと思われます」
「尚、このときの事故の原因及び操縦していたパイロットの身元については、明らかにされていません」
真太と村田は、車内でこのニュースを聞いていた。
「なぜ箝口令が敷けない! フェイクニュースをそのままにするな!」ホワイトハウスの執務室でサンダースは怒っていた。
「しかたがありません、大統領。ハワイからの帰還者たちがぞくぞくとメディアのインタビューに答えていますので」副大統領が言った。
「うるさい! これは大統領令だ。彼らの口を封じろ。勝手なことを言わせるな」サンダースは、当たり散らした。
「大統領、ここは民主主義の国であり自由主義の国、アメリカです。中国のような専制主義の国家とは違うのです。国民の言論の自由は保障されなければなりません。大統領がそのようなことを言われては困ります」
「畜生! あのモンスターがナカジマ・マリアだとすれば、彼女のターゲットは、この俺に他ならないということだな」サンダースは、小さな声で苦虫を噛み潰したように言った。
別のニュースが報じた。
「当社が独自につかんだニュースです。中島真理亜は御神乱に変化していく三島笑子の画像を報道していたジャーナリストであることが分かりました。彼女は、他にも瓢箪湖の畔にある山根博士たちの研究所からの独占インタビューも成功させています」
「あいつだったのか……」サンダースがテレビを見ながらつぶやいた。
日本でもナカジマ・マリアのニュースが報じられた。
「次は、アメリカからのニュースです」
「先月より、度々アメリカに出現しています巨大な御神乱ですが、これは日本の東西新聞社在籍のジャーナリストだった中島真理亜さんが発症したものであることが分かりました。彼女は、銀座に現れた三島笑子さんが発症した御神乱をかばって警官隊の前に立ちふさがった女性であり、また、大戸島に出向いて山根、緒方の両博士を独占インタビューしたジャーナリストです」
「彼女の母親は大戸島の出身者であり、二十年前に横浜市で起きた米軍戦闘機墜落事故の被害者で……」
彩子は、自宅でこのニュースを見ていた。そうして、小さくつぶやいた。
「三島笑子をかばった女性……」
「許せないのか?」
傍らにいた和磨が、優しく彩子に言った。
「……」彩子は黙ったままだった。
「でも、許してやれよ。彼女もまた怒りを抱えてあんな姿になったんだ。そして、どんな理由があるか知らんが、恨みのターゲットを探してアメリカにまで渡って行った。三島笑子に夫を殺された君が、三島笑子をかばった彼女を許さないとなると、恨みの連鎖はいつまでたっても終わらないことになるぞ」そう、和磨は言った。
「……うん。分かったわ。ううん。分かってるわ。頭では分かってるんだけどね……。でも」彩子は心の中で葛藤しているようだった。
「……」和磨は、それ以上何も言わなかった。
アメリカ国内では、あちこちの都市や町で御神乱が発生していた。御神乱は、アパートや住宅のドアを激しく打ち破って突然出現し、周囲の住民や通行人は、次々と餌食になっていった。道端で、ハイウェイで、スーパーマーケットで、学校で、オフィスで、病院で、あちらこちらに御神乱は出現していた。道に出て暴れている御神乱は、軍が排除に乗り出していた。アメリカ国内のあちらこちらの道には血だまりができており、そのそばには遺体の山がうず高く積まれていたりした。
また、光り始めている人間の情報が寄せられた家には、住民が押しかけていた。
「この家だ」ドアを叩く住民たち。
「はい。どなたです?」中から中年の女性が出て来た。
「この家に御神乱になろうとしている人間がいるそうですね」
「は、いえ……。うちにはそのような人間は……」
「いいから、入らせてもらうぞ」住民のリーダーら良い人間が言うと、銃や農具を持った住民たちはズカズカと家の中に踏み込んでいった。
「ちょ、ちょっと……」
そして、ドアを壊して部屋を確認すると、寝室で苦しみながら背中を光らせている人物を見つけた。
「この子は病気で寝てるんです! 苦しんで寝ているんです」あわててそう言う母親。
「いや! やめて! うちの子を殺さないで! お願い!」
しかし、住民たちは、ベッドの上で苦しんでいる子をなぶり殺しにしてしまった。寝室は血まみれになり、その真ん中には、御神乱になりかけていた少年が横たわっていた。
「あああー! ああーーーー!」泣き崩れる母親。「あなたたちは……! 何てことを!」
そして、怒りに震えて泣き崩れる母親の背中は、早くも青白く光り始めていた。
「ホノルルに次いで、サンフランシスコ、ロスアンジェルスに現れた巨大モンスター御神乱。アメリカは今、彼女が次にどこに現れるのかについて注視しています。ちなみに、彼女のことを、かつてのイギリス王室の血まみれメアリにかけてブラディ・メアリと呼ぶ人たちもいるようです。ただ、今のところ、この御神乱は、破壊行為はするものの、彼女に食べられたアメリカ人はいない模様です」
「ブラディ・メアリとは別に、ここのところ、アメリカ国内では各地で御神乱ウイルスを発症した人々が現れており、これらの人々に食い殺される事件が後を絶ちません。WHOとしては、発症していてもヒトであるので、人道的な処置をお願いするということですが、現実問題として、多くの人々が殺されており、軍隊への要請および軍隊による御神乱の殺害をしているケースが多くみられているとのことです。また、自身の身を守るために、発症しかけている人を人々が押しかけて嬲り殺すというケースも法臆されています。しかし、御神乱となった親族やパートナーを殺された人々が、その復讐の為に発症して御神乱となるというケースもあるということで、憎しみが憎しみを生むという連鎖が発生しています。どうか、国民の皆さんには、良識ある行動をお願いします」
アメリカのある報道番組は、そう告げたが、別のニュース番組は、次のように報道した。
「最近の御神乱ウイルスを発症した人達による殺人事件が各地で後を絶ちません。WHOは、発症した御神乱に対しても人道的な処置をしろとのことですが、現実問題として、多くの人々が殺されており、アメリカ軍によって御神乱の処理が行われています。御神乱の排除は、サンダース政権の政策でもあります。また、御神乱ウイルスを発症しかけて背中が光る人と見かけられた方は、すみやかに軍に報告をお願いします」
「当たり前だ! 御神乱は人を殺すんだぞ。アメリカ人といえども、殺さなければ、こちらが殺されてしまうんだ。できたら、発症前に処分するのが妥当だろうが!」
移動中のヘリコプター内、ニュースを見ながらサンダースが言った。
「アメリカっていうのは、そういう国だ。自分を守るために銃を持つことが認められている。やられる前にやるんだ。自宅に侵入してくる人間は、昔から銃で打ち殺しても良い国なんだぞ」
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