第38話

「アメリカでは、銃による犯罪があとを絶ちませんが、どうしてアメリカでは日本のように銃の所持を禁止することができないんでしょう?」日本の昼下がりのテレビの報道番組。MCがあるコメンテイターに説明を求めている。

「それは、アメリカという国が、市民が銃をとることによって成立した国だからです。市民が暴力によってイギリスを倒して国を作った。市民が銃を手にして国を成立させたんです。ですから、もしも今後も自分たちの国が市民にとって不都合な方向に行こうとするならば、いつでも銃によって市民が革命を起こすことを憲法で保障しているんです。そうでないと、それはアメリカという国の成立そのものを否定することになるからです。このことは、合衆国憲法にも書かれています」

「なるほど、アメリカでは、自分の身を守るためであれば、平気で御神乱を殺しているというのも、このような国民的な違いがあるのでしょうかね」MCが言った。

「そうなのかもしれません。しかし、まだ発症しかけている人たちまでも、皆で押しかけていって嬲り殺しにするというのは、いくら何でも、いかがなものかと思いますね」

「そうですね。ありがとうございました」「次のコーナーは、最近、日本愛国党から分離独立した御神乱奉賛会の霊験斎会長の登場です」


 アメリカ南部の小さな町。そこにある大きな農場主の邸宅。その郵便配達夫らしき男は空いている玄関のチャイムを鳴らし、しばらくしても返答の無いことを確認すると、そのまま鍵のかかっていなかった玄関を開けて、邸宅へと入って行った。郵便配達夫らしきと表現したのは、それが明らかに盗んだであろう制服であり、薄汚れてしわくしゃであったからだ。

 中へ入ると、玄関の右側に大きな階段があった。異変に気がついた家主の婦人は、二階から猟銃を手に降りてきた。そして、階段を途中まで降りてきたところで、銃を構えると、躊躇することなく、その郵便配達夫に二発の銃弾を浴びせた。


「皆さんこんにちは。御神乱奉賛会の霊験斎です」

「突然ですが、今の話を聞いて思ったことを話したいと思います。皆さん、ジョーカーという映画をご覧になりましたか? あの映画では、最初、主人公のアーサーは、不良少年たちに路地裏で殴る蹴るの暴力を受けます。彼はなす術もなく、やられっぱなしでした。次に、電車内で三人の男に暴力を受けるシーンがありますが、このとき、彼は、護身用として持っていた銃で三人を打ち殺します。これは、日本では過剰防衛に当たりますが、もしも、銃を持っていなければ、彼はいつも暴力を受けて泣き寝入りしてしまいます。銃が無い社会だったらどうだったのか、という意見もありましょう。日本のように銃をほぼ禁止した社会です。そうすると、殴られたら殴り返すということになるでしょう。この場合、腕っぷしの強い方が常に勝者だと言うことになりますよね。銃がげんこつに変わっただけ、死ぬ確率が低くなるからまだましだと言う人もいるかもしれません。でも、アーサーのように腕っぷしの弱い人間は、やはりここでもいつも殴られっぱなしの泣き寝入りです。それに、相手が複数だと、少々腕力があってもだめです」「では、このような社会の中での弱者はどうすれば良いのでしょう。彼には、抑止力が無いからいつもやられてしまうのです。弱い者には、常に不合理な暴力や差別に対する抑止力というものが必要なのです。こいつを怒らせると、怒りに応じて大変な報いを受けるというような、強者に対してそれぞれの弱者が持ちうるような抑止力をです」「勘の良い方は、既にお分かりになったかもしれません。そう。それが御神乱ウイルスだったのです。御神乱様は、弱者を強者からお救いなさるために降臨され、そうして、我々に御神乱ウイルスをお与えになったのです。御神乱様こそ、全世界の救世主だったのです」

「ちょ、ちょっと待ってください」慌てて霊験斎を制するMC。「そんなに勝手に、一方的な自説を話されては困ります!」


 WHOのニコラス事務局長がテレビで新たな声明を発表した。

「現在、御神乱ウイルスによるパンデミックが起きています。そして、憂慮すべき事実が世界中で起きています。政府・軍隊による発症者の殺害、さらには、恐怖にかられた住民による罹患者の集団殺害さえ起きています」「しかし、皆さん、どうか落ち着いてください。これは殺人です。まず、自分自身が怒りを抑えるように心掛けてください。どうか怒りをこらえてください。そして、同時に他人を怒らせないようにしてください。他人に恨みを持たせるような行動は慎んでください。このウイルスは、強い恨みや怒りによって発症します。それさえなければ発症することはありません。どうか、どうか、もう一度落ち着いた行動を心掛けてください。心が怒りに支配されそうになったときには、そう、こう深く深呼吸をして、それから、こう口角を上げて笑って下さい。怒りそうになったときほど笑って下さい。ちなみに、日本では、この行動によって大幅な改善が見られています」「イエスも言っておられます。右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出せと……」


 これを見ていたサンダースが言った。

「WHOは、いつから人権団体になったんだ? 日本で件数が減ったと言っても、我が占領政府への御神乱の攻撃は続いている。そもそも、井上和磨とかいうあの防衛大臣は、俺たちに反抗している」

 また、世界中の人々の反応も、ニコラスには否定的だった。

「WHOはああ言ってもなあ……、現実的には自分の命を守らなきゃならないじゃないか」

「理想論だよ。WHOは何にもしてくれてないじゃないか。事実、排除してくれる軍隊の方が役に立ってる」

 しかし、その一方では、排除された遺族の憎しみは置き去りにされ、さらに御神乱の出現を生んでいった。世界中が、まさしく狂気の渦の中に取り込まれようとしていた。


 ニコラスの見解をモーテルのテレビで見ていた真太と村田。真太がつぶやいた。

「とうとう世界中が大戸島みたいになっちゃったな」

「そうなのか?」

「ああ、彼らも御神乱になりかけた人を密かに嬲り殺していたんだ」

「お前、これじゃあ、あの女を助けるどころか、世界中が御神乱だらけになっちまうぞ」

 そのとき、隣の部屋で悲鳴が聞こえて来た。

「なんだろう? 喧嘩でもやってるのか? それとも殺人か?」村田が言った。

「いや、違う! 御神乱だ! 御神乱にやられているんだ」

 真太がそう言うか、言わないかというときだった。部屋の壁が破れて血まみれの御神乱が登場した。

「うわっ! 御神乱だ」真太が叫んだ。

「逃げるぞ、真太」

「お、おう」

 二人は、命からがらモーテルの部屋から飛び出し、ジープに乗り込んだ。

「全く、これじゃあ、どこにいても気が抜けないな」真太が言った。

 村田は、ジープを一路東へ走らせた。


「井上防衛大臣の会見の後、日本における御神乱ウイルスの発症者は大幅に減少しています。これが井上大臣のお願いによる効果なのかどうかは分かりませんが、少なくとも、政府の政策に従順に従いがちな日本人の民族的特徴の結果なのかもしれません」「ただ、日本占領政府の置かれている大阪および米軍基地の存在している都市の周辺では、相変わらず、米軍によって殺戮された御神乱の遺族が発症したと思われる御神乱による攻撃が後を絶ちません。これについては、井上大臣も今のところ打つ手が無いといった感じで、アメリカ軍が排除を継続している状態です」テレビが解説していた。


 その夜、彩子は近藤瑛太の家の玄関の前に立っていた。

「ここね……」彩子は手に持っていた地図と玄関の表札を見比べて、そう言った。

 彩子は、防衛大臣となり家庭教師に行けなくなったため、その後継を彩子に譲ったのだった。彩子としても、夫を失い収入の薄くなった家計を補うのには、またとない仕事だった。里穂、康煕、そして、この瑛太の家庭教師は、全て彩子が和磨から引き継いだ。

「ごめんください。あの……、井上和磨から紹介されて……」

「あー! 少々お待ちください」インターホンから母親の声がした。

「どうぞ、お入りください」玄関から母親が出て来て言った。

「あのー、瑛太君、最近不登校気味になってると聞いてるのですけど……」

「はい、あの、でも……」

 二階に上がり、廊下の奥の部屋に通された彩子。

「瑛太、入るわよ」母親がドアの前でそう言って、ドアを開けた。

「こんにちわー、瑛太君。名村彩……。あ……」

 彩子が目をやった先には、背中を青白く点滅させながらベッドに寝ている瑛太の姿がった。

「お母さん、これって……」

「ええ……、そうです。……でも、絶対に他には言わないでいただけますか」母親は、目に涙をためながら、そう言った。

「……」返す言葉の見つからない彩子だった。


 中国では、北京、上海、南京、ハルピン、大連、広州、西安、武漢、深圳などの各都市や農村部でも御神乱化した人々が暴れはじめていた。高級マンションの中からでも、農村部にある家屋からでも悲鳴が聞こえ、御神乱は各所に出没し始めた。

そして、御神乱は中国各地の道路に飛び出すようになり、中国国内を走る地下鉄の構内にも現れはじめていた。

中国にある各地の工場では、日常的にストライキやデモが行われていたのだが、そこにも押し寄せる御神乱の姿が見られた。また、御神乱は、中国の各地の農村部に存在している共産党の支所も襲っていた。


 シー・ワンのSNSが更新された。

「中国の国内でも、あちこちでウイルスを発症して御神乱になった人たちが暴れ出してるわ。みんな気をつけて。そして、決して怒らないようにしましょ。他人を恨んだり、ねたんだり、怒りを暴走させることの無いように注意しましょ。中国国内で御神乱になっちゃったら、当局に処分されちゃうわよ。これが何を意味するのか……、分かるわよね?」

「さて、でも、どうして中国のあちこちでは、こんなに御神乱が出現してるのに、テレビやネットで話題にならないのかって? そりゃそうよ。当局が規制をかけて報道させないようにしてるんだものね。おたくの街角にも御神乱は現れるかもしれないから、注意してね」

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