第36話

「何! 何なのこれ!」「イヤー!」「助けてー!」「逃げて、逃げて、逃げて!」

 日本の某駅前商店街にあるスーパーマーケットに青白く背中を発光させている御神乱が出現した。逃げる人々とそれを追う御神乱によって陳列物は散乱した。そして、ついに客に追いついた御神乱は、客を食い散らかし始めた。

「キャー! 人を食べてるー!」「みんな外へ出ろー!」

 血で真紅に染まった床に立っている御神乱。駆けつけた警察官が発砲するが、御神乱にはビクともしなかった。

 やがて、バズーカ砲やらロケットランチャーなどを手にしたアメリカ軍がやって来て、そのスーパーに入って行った。

「ズゴーーーーン!」それは、日本人が日常生活では耳にしないような音だった。

 スーパーの中では、腕をバズーカ砲に打ちぬかれた御神乱が咆哮をあげながらもがき苦しんでいた。

「バカ! はずすんじゃない。一発で仕留めろ。頭を狙え」部隊長らしき男は、バズーカ砲を持った部下を叱っていた。

「ズゴーーーーン!」今度は頭に命中した。

 御神乱の頭は吹き飛び、彼は血みどろの床の上に横たわっていた。

 そこに、小さい男の子を連れた若い女性が駆け付けた。

「あなた!」彼女は横たわる頭と腕の無い御神乱に向かって叫んだ。「イヤーーーーーー!」

「パパ? パパ? …………パパーーーー!」その傍らにいた男の子が叫びながら御神乱に寄って行った。

 母親の背中が青白く光り始めていた。


 日本の各地の道路では、頻繁に御神乱が出現して人を喰らい始めていた。それは、国道クラスの広い道であっても、商店街クラスの狭い道であっても、アーケード街であっても、それは突然現れた。中には路地裏に潜んでいる場合さえあった。

 警察の拳銃では手に負えないことは、皆分かっていたので、なるべく家から外に出ないという防衛手段を多くの住民が選んだ。

 まだ自衛隊は動かなかった。その代わり、アメリカ軍がやって来ては、出現した御神乱にバズーカを浴びせて殺していた。


 日本の郊外にある大型ショッピングモール。エスカレーターから御神乱が姿を現した。

「御神乱だー!」「逃げろ! 逃げろ!」

 客たちが一目散に階下に降りるエスカレーターや階段を探して走り始めた。人を追いかけまわす御神乱。転んだ老人や子どもがまず犠牲になった。御神乱が暴れるにつれて、そばにあったブティックのマネキンたちが倒され、服はそこここに散らかされた。次いで、向かいにあった本屋の本が床にばらまかれ、その上にも血しぶきがまかれた。文具屋の筆記具やファイルはばらまかれ、ドラッグストアに整然と並べられていた薬類も床に散乱した。

 ショッピングモールの駐車場にアメリカ兵たちが到着した。彼らが入り口から入ると、そこにあるフードコートは、既に血の海と化していた。食べかけのファストフードや散らばった麺類とともに、腕や脚といったヒトの肉片がそこに残されていた。

 血塗られたエスカレーターを慎重に昇っていく米兵たち。足元が滑りそうだった。

 先頭を行く米兵がエスカレーターを昇りつめたときだった。身を潜めていた御神乱が飛び出して来て、彼を喰らった。頭から食われ、脚を天に向けてバタつかせている米兵。

「かまわん。頭を狙え」

 米兵の持つバズーカ砲が火を噴き、御神乱の頭を吹き飛ばした。御神乱は首元から血しぶきを上げてどうと倒れた。……と同時に、御神乱のくわえていた米兵の身体も床に落ちたが、彼の頭も失われていた。


 日本の地方都市の大きな駅の地下街。そこに背中を青く光らせた御神乱が迷い込んで暴れ始めていた。地下のショッピングモールには、ところどころに血だまりがあった。遠巻きに御神乱を囲んでいる警察隊。彼らは次々に発砲するが、鉄の鎧のような御神乱の皮膚を貫通することができないでいた。

 御神乱はエスカレートを駆け上がり、駅のコンコースに躍り出た。逃げ惑う人々。改札を破壊してホームへ上がっていく御神乱。上空にアメリカ軍のヘリがやって来た。駅前広場にも米兵が集結しはじめていて、ロケットランチャーやバズーカ砲を携えた彼らは、次第に御神乱をホームの中央に追いこんでいった。

「ドゴーーン!」ロケットランチャーが発射され、御神乱の頭部を吹き飛ばした。

そこでついに御神乱は停止した。線路の上には、光が消えた御神乱の遺体が横たわっていた。

 駅前に張られた非常線に男性が駆け込んできた。

「妻を、妻をどうしたんですか? 殺したんですか?」

「あなたは?」

「あなたたち、妻をどうしたんです? !」

 男は、たった今処理された御神乱の夫だった。そして、今度は、彼の背中が青白く光り始めた。


 戒厳令下の日本。誰もいなくなった日本各地の通りをアメリカ兵が見廻っている。戒厳令は日本全土に出されていたのだ。

 それでも、御神乱は各地に出現した。出現するや否や、米兵たちはそこへ駆けつけ、御神乱を排除した。それは、商店街であったり、住宅街であったりした。

 商店街に出現した血まみれの御神乱。既に牙からは半分砕けた誰かの頭がぶら下がっており、その片目はぶらぶらと垂れていた。米兵たちはロケットランチャーを持って駆けつけた。

「頭をロックオンしろ!」部隊長が指示を出した。「一発で仕留めろよ」

 そのとき、商店街の脇道から中年の女性が叫びながら現れた。

「やめてーーー! 娘なのー! 殺さないでーーー!」御神乱の前に立ちふさがろうとする母親。

「邪魔だ! どきなさい!」

「いやよ。いやーーー! 娘を殺さないでーーー! おねがいだからーー!」泣き叫んでいる母親。

 その後ろで、御神乱は、ぶら下げていた頭を上方へ振って一気に飲み込んだ。その頭をめがけてロケットが発射された。

「ズガーーーーン!」御神乱の頭が吹っ飛び、血しぶきが吹きあがった。

「ああああああああ!」頭を抱えて腰から落ちていく母親。その絶叫は商店街にこだました。

 すると、彼女の背中が青白く光り始めた。

「こいつも危ないな。早めに処分しとけ」部隊長がそう言うと、部下の一人が女性の頭を銃で撃ちぬいた。

 御神乱を出した家は、住民たちから徹底的に差別行為を受けた。玄関には、おびただしい数の罵詈雑言を書かれた張り紙が貼られ、吸い殻の塊、生ごみなどが投げつけられていた。しかし、その家の中、御神乱となって処分された人間のパートナーや親、子供たちの背中が光り始めていた。遺族の憎しみは、住民やアメリカ兵に向かって行った。と同時に、御神乱に殺された遺族の背中もまた光はじめ、彼らの憎しみは、御神乱を出した家庭に向けられていった。

 光る人間の情報があると、自警団なるものが自発的に組織され、彼らはその家に向かい強制的に踏み込んでいった。

「こちらに背中の光家族がいらっしゃるとの情報があるのですが」ある都市の住宅地。その街で結成された自警団なる団体が、とある家の玄関を訪れていた。

「いえ、うちにはそんな人間はおりません。何かの間違いではないでしょうか?」

「ちょっと失礼させてもらいますよ」そう言うと、自警団たちはぞろぞろと家の中に踏み入っていった。

「ちょっ、ちょっと! 何ですかあなたたちは! 待ってください」そう言って、女性は彼らよりの早く寝室の方へ向かった。

「あなた逃げて―! あなた!」女性が叫ぶ。

「この部屋か」自警団のリーダーが寝室のドアを開けて入って行くと、ピンク色に光って苦しんでいる男性が寝ていた。

 自警団はバットだの鉄パイプを振り上げて、ベッドに横たわって男を嬲り殺した。

「ああああああああ! ひどい! ひどい! ひどい!」崩れ落ちる女性。

 彼女の背中がほのかに光り始めた。


 別の地方都市で結成された自警団。彼らは、とあるマンションの三階の一室に入って行く。

「ここに御神乱ウイルスを発症している女がいるという情報が入ってるんだが、ちょっと確認させてください」

「知りませんが……」出て来た年老いた男が言った。

「申し訳ないが、上がらせてもらいますよ」

「何だ、あんたらは! 失礼ですな」

 ずかずかとマンションの一室に上がり込んでいく自警団。

 しかし、どこをどう探しても、発症している人物は見つからなかった。その代わり、ベランダの察しが開いたままになっており、カーテンがひらひらと風になびいていた。

「あんた! ……逃したな」

「何のことですかな? いい加減にしていただけないでしょうか」


 とある海沿いにある町の自警団は、漁業をやっている家を訪問していた。

「すみませーん。ちょっとお話が」

 しかし、家の中からは何の返事も無かった。

「ちょっと入らせてもらいますよ。お宅の長男さんの背中が光っとるという噂が出とるもんでな」

 玄関に手をかけると、扉は簡単に開いた。中に入ると、廊下は血で真っ赤になっていた。

「これは!」

 次の瞬間、階段から御神乱が飛び出して来た。

「うわー! 遅かったか」

 自警団はその場で全員が殺された。


 この頃、瞳の背中もピンク色に光り始めていた。彼女もまた、アメリカ兵にレイプされた上に、俊作をアメリカに取られていた。彼女の怒りはアメリカに向かい、ついに、自宅マンションの部屋で発症していたのだ。

「アメリカ……、アメリカ……、アメリカが憎い……。苦しい……。アメリカが……」ベッドの上にうずくまり見悶える瞳だった。

 瞳が寝ていたマンションの廊下、鉄棒やさすまたなどを手にした自警団が歩いていた。

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