第35話

 京都市内のある家庭、御神乱となった嫁は、背中をピンクに点滅させながら、リビングで姑を喰っていた。。


 横浜市内にある商社の物流センター内。

「今日も奴は欠勤か?」部長が言った。

「ええ、倉庫チーフは、体調がすぐれないということで、自分の部屋でずっと寝ているそうです」

「全く、精神的に弱い奴だな……。たるんどるんだよ」

「はあ……、そうですね」

「ガラーン!」

 そのとき、事務室のドアが破られて、背中が青白く光る御神乱が現れた。


 兄嫁にいじめられていた千葉の三十歳代の女性は、ここのところ、部屋から出て来なくなっていた。

「どうしたのかしらね? 何か病気なんじゃないかしら。会社も休んでるみたいだし」母親が心配そうに言うと、兄嫁は言った。

「大丈夫よ。どうせ、夕飯とかいっしょに食べてるわけじゃないし、ここに住まわせてやってるだけでしょ。とっとと結婚して、この家、出て行きゃ良いのに」

「ドガーン!」

「えっ! 何?」

 そのとき、二階にある妹の部屋の方で大きな音がした。

 兄嫁が、様子を見ようと席を立って階段に行きかけたときだった。

「キャーッ!」

 そこには、青御神乱と化した妹が舌なめずりしながら立っていた。


 毎日のように体罰を行っていた顧問のいる熊本県の柔道部。その柔道部のある道場は、畳が真っ赤になっていて、その中央では、複数の御神乱が青や赤に背中を光らせながら、寄ってたかって顧問を喰っていた。


 大阪出入国在留管理局内にある運動場。今日もクルムとリウが話していた。

「これじゃあ、外で何が起きているのか全く分からないわよね」リウがクルムに話しかけた。

「何か色々なことが起きている感じがするんですが……。心配です」クルムが答えた。

「そうですね。日本は、これから私たちをどうするつもりなのかしら」

「日本は、上からの指令が無いと何も動こうとしない国です。担当部署も縦割りで横の連携はありあせん。ただ単に、事務的に仕事をしているだけの人たちです」

「上からの通達が来ない限り、私たちはこのままの状態ってことですね」

「ええ」

「ところで、クルムさん。あなたは日本でいくつかの講演を行っていましたが、日本の若い人達については、どう感じましたか?」リウがクルムに質問した。

「そうね。誠実で真面目で……。でも、中国や韓国や台湾の若い人達のような野心とかは感じないわね。自分たちの未来を自分たちで変革していこうという意気込みは感じなかったわ」

「やっぱりそうですよね。私も同じことを思っていました」

「日本の大学は知識を詰め込もうとするだけで、日本人自身が、蘊蓄をたくさん暗記して詰め込んでいる人が頭の良い人だと思っている節があります。事実、外国では学生たちが図書館で勉強しているのに、日本では、あまり学生の姿が見当たらない。これでは、いずれ色々な面で諸外国に抜かれていくと思うわ。結局、英語だってあまりしゃべれる人もいないし、小さな島国の中で完結していれば良いと思っている人たちなのでしょうね」

 クルムがそう言っている間に、リウが咳き込み始めた。咳は一向に収まる気配が無い。

「どうしたの? 大丈夫ですか?」

「すみません。……私、……気管支喘息なんです」

「喘息! 大変。お薬は?」

「ここに収監されて以来、切れてしまってて……。それで、ここんところ発作が出るようになったんです」

「担当官には言ったの?」

「言いました。薬を処方して下さいって。でも、とりあってくれなかった。それどころか、嘘をつくな。うるさいから静かにしてろって言われました」

「そんな! ひどい!」

「日本の出入国在留管理局での処遇は悪名高いです。国際問題にまでなっています。既に二十人以上が死んでいます」

「そんな! 私がかけあってあげるわ」

「ありがとう。クルムさん」


 WHOが見解を発表した。

「現在、世界中で背中が赤や青に光る人たちが出現し、そのほとんどの人たちがオオトカゲ状の生物に変化していることについてですが、これは、明らかに大戸島起源の御神乱ウイルスによるものと考えられます」

「このウイルスは、長い年月の間、大戸島の瓢箪湖に封印されていたものですが、青島でおきた事件により、海を伝って全世界に拡散したものと思われます。この御神乱ウイルスの感染方法ですが、水により感染し、空気感染や飛沫感染によっては感染しません。このウイルスは、これまでは、外洋から閉ざされた瓢箪湖の中にのみ存在しており、それを飲料水としていた大戸島の島民のみがウイルスの保持者となっていたと思われますが、青島の事件で、御神体とされた隕石が黄海に沈んてしまったことにより、全世界に拡散したと考えられます」

「御神乱ウイルスは、既に、世界中のほとんどの人々が罹患しているものと思われ、パンデミック状態が起きているものと推察されます」

「先日も、私たちWHOの調査結果として発表していますが、御神乱ウイルスによってメタモルフォーゼした場合であっても、DNA自体が変容するものではありません。見た目が著しく変わっても、あくまでもヒトなのです。人権が侵害されることのないよう、各国政府にはお願いするところであります」

「次に、治療方法ですが、今のところ、治療薬は世界のどこにも存在しておりません。罹患していても、激しい怒りを覚えなければ発症することはありません。どうか世界中の皆さんは、なるべく怒りを抑えた生活を送ってくださるよう、お願いします」

「最後に……。一部の人たちから、御神乱は人間ではなく、新種の生物であるかのごときデマが拡散されておりますが、この情報こそが根拠の無いフェイクであります。くれぐれも根拠の無いニュースに踊らされないようにお願いします。私たちは、大戸島の調査において、過去十数年前からこの島に入って大戸島のウイルスの研究をしていた芹澤明彦博士の研究メモを入手しております。これこそが、ヒトがこのウイルスによって御神乱に変異する証拠でもあります。現在、WHOは、このメモの分析を行っている最中ですが、内容が内容だけに、全てを明かすことはできません」

「ん? 芹澤?」この放送を聞いていた真太は、そう思った。「芹澤と言えば、大戸島神楽のときに来ていた眼帯の博士じゃないか」

「飯島は、何か心当たりがあるのか?」運転している村田が聞いた。

「ああ、ちょっとな」


 この放送を見ていたサンダースは、地団太を踏んだ。

「何だ、これは! フェイクだ。フェイクだ。しかも、俺の言っていることの方がデマだと言わんばかりじゃないか」

 しかし、傍らにいた補佐官は、大統領に進言した。

「大統領、いくら何でも、もう無理です。御神乱はヒトが変異したものなんです。むやみやたらと殺すことなどできません」

「……ああ、分かった。ヒトかもしれん。しかし、御神乱になったら、もはやそれはモンスターであり、建物を破壊し、人を食らうバケモンに他ならないじゃないか。どうして排除しちゃいけないんだ?」

「無理を言わないでください、大統領。人道的立場からです。そして人権的な配慮からです」

「あーん? お前は、いつから人道主義者になり下がったんだ?」

「……」

 そのとき、サンダースの娘のドロシーが部屋にやって来たて、心配そうに父親に尋ねた。

「パパ、どうかしたの? またパパの悪口を言ってる人がいるの?」

「そうなんだよ、ドロシー。パパはお前とママと、そしてアメリカを守るために、毎日闘っているんだよ。だから、さあ、心配しないでいいから。向こうに行ってなさい」サンダースが娘に言った。


 大阪では、アメリカ軍による群衆への発砲事件で死んだ遺族や、アメリカ兵にレイプされた女性が御神乱化し始めていた。彼らの多くは、発症したことをまわりに悟られないように、自宅の部屋に隔離されていたが、御神乱になるとともに、自宅を破壊し、家族を食い殺して市街地に飛び出して来た。

「キャー!」「キャー!」という声が路上に響いていた。

 逃げ惑う人々。そして食われる人々。御神乱は、堺都庁舎内にあるアメリカの占領軍司令部を目指した。

 堺都庁舎前にアメリカ兵の一個大隊たちがやって来た。バズーカを構える米兵たち。そこに胸元を血で真っ赤に染めた御神乱がかなりのスピードで走ってやって来た。

 米兵はすかさず頭に狙いを定めてバズーカを発射した。御神乱の頭は吹っ飛び、血潮が噴き出た。二メートルほどもある御神乱の巨体は、どうと庁舎前に倒れた。

 しかし、占領軍司令部にやって来る御神乱は、この一体だけではなかった。その日、時間を空けて、次から次へと御神乱はやって来た。アメリカ軍は、そのつどこれを排除した。市役所周辺は、血の海のようになっていた。


 大阪の占領軍が次々と湧いて出てくる御神乱の排除を行っていたときのことだった。ハミルトン司令官のもとに本国のサンダース大統領から電話が入った。

「御神乱は、まだ他にもいるのか?」サンダースはハミルトンに聞いた。

「今のところ、ここを目指している御神乱はいないようですが、今後もまだ襲って来るものと思われます。ちなみに、市街地では、あちこちで御神乱による被害が上がってきています」ハミルトンが大阪の現状を説明した。

「そう。とりあえず、戒厳令を敷け。家から外に出ないようにさせろ。市街地を荒らしまわっている御神乱は、我が軍で排除しろ。それから、家で発症した者をかくまっている者があれば、通報しろ」サンダースがハミルトンに指示した。

「了解しました」


 サンダースの傍らにいた大統領補佐官がサンダースに言った。

「こんなにボロボロになってしまった日本をこのまま占領しているメリットが、はたして我が国にあるのでしょうか? いささか疑問です」

「ああ。我が国は、御神乱に対してリスクを払って日本を守ろうとしている。そろそろ潮時かもな……。しかし、我々が撤退したら中国が日本を支配しにやって来るんだぞ! 東シナ海の防衛ラインは守らねばならん」

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