第29話

 大阪の刑務所内、パクと俊作の昼休み。

「……でもな、俊作、日本人のその言わないことを美徳としたり、言わなくても察しろなんていう国民性は、さすがに何とかした方が良いと思うぞ」パクが俊作に言った。「本音を口にしない日本人、 コロナのときに日本人がマスクを外せなかった本当の理由は、伝染るどうかではなく、マスクをしていないと、まわりからどう思われるか、それを気にしていたからだ。人の眼を気にする。どう思われているのか気になる。その理由は、日本人が口に出して言わないからだ。気にすることよりも、言わない国民性に問題があるんじゃないか? 外国人は、他人の眼は気にしないし、言いたいことがあれば、口に出して言う」

「そうだな。他にも、ウクライナ戦争の時、日本はウクライナにガスマスクやヘルメットを送ったけど、その後のウクライナから発表された支援国の中に日本の国名が無かった。理由は、それは武器を提供してくれた国名だけが掲載されていたからだったんだけど、日本の自民党の国会議員の中には、『何だ、感謝のカツアゲかよ』と言った人がいた。また、同じ時期、埼玉のとある団体がウクライナ大使館に折り鶴を届けようとしたとき、折り鶴なんか送っても、向こうにとっては有難迷惑だとか、そんなものを送るくらいなら、食べ物とか送った方が良いと言われて、賛否が分かれた」俊作が言った。

「ああ、それは俺も聞いて知ってる。相変わらず、日本人は国際感覚が無いなと思ったよ」パクが言った。

「結局のところ、日本人てのは、未だに感情とか気持ちの方を優先して考えるもんなんだと痛感したよ。学校での頑張り度評価とか、根性論とか、やる気とか、熱血とか、具体的なものじゃない、気持ちでどうにかなると考えてしまうんだな。でも、そんなもので分かりあえるのは、日本人どうしの中だけであって、国際社会では通用しない。欧米は、具体的に今何が必要とされてるかでやりとりをしている。いくら金が必要かとか、どんな兵器が今必要なのかとか……」「例えば、最初、ドイツはウクライナにヘルメットを送ったんだが、その行為に対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は『次は枕でも送ってくれるのか』と皮肉を込めて言った。」俊作が言った。

「ああ、全くもって、日本は感情とか気持ちの方を優先しがちだ。努力してるんだから、こちらの気持ちを察しろとか思っている。しかし、努力とか気持ちというものは、国際社会では議論にのぼらない。そこが、日本人は未だに分かっていない」パクが言った。そして、さらに続けてパクは言った。「そう言えば、ウクライナ戦争の時には、ウクライナ側のWEBサイトに、ヒットラー、ムッソリーニと並んで昭和天皇の写真が掲載されていることに対し、日本政府がクレームをつけてたな」

「ああ、そうだったな」

「あれだって、じゃあ、どうして昭和天皇はファシズムと関係無かったのか、どうして独裁者じゃないと言えるのかを、きちんと説明しなきゃダメだろ! それは、天皇に対する不敬だからということじゃないはずだ。それでは、戦時中の理屈と同じだ。未だに欧米では、昭和天皇をヒットラーやムッソリーニと同列の独裁者と考える人がいるのは事実だ。しかし、なぜ昭和天皇は違うのか、ちゃんと対外的に説明しなければ、ずっと日本人は国際社会蚊ら誤解され続けるだけだぞ」

「そこは、俺もそう思うよ。そもそも、大日本帝国憲法では、主権は天皇にあると明記されてはいるものの、天皇が政治について意見を言うことも、裁定を下すことも禁じられていた。一つには、それが原因で降伏が遅れたとも言えるんだ。昭和天皇は、沖縄戦で日本が大敗し、東条英機のような軍人の総理が辞職した後、だれも総理になりたがる政治家がいなかった中で、何とか戦争を終わらせるために、自ら内閣を画策し始める。そうして、終戦の為のメンバーが揃えられたのが、鈴木貫太郎内閣だ」俊作が続けた。「そもそも、二二六事件や五一五事件が起きて、日本が軍国主義化していったと言うが、正しくは、あのクーデター未遂事件で首相が殺されたことにより、誰も怖がって首相になりたがらなくなったことが、軍国主義化した理由だ。政治家が軍に対して忖度をし始めたことに問題があったんだ」


「おい! あれを見ろ。海の向こうの方で何か青く光ってるぞ」国道を車で走っていた男が仲間に言った。

 ロスアンジェルスにほど近い海。海の沿岸部が青白く光り始めた。

 その直後、真理亜の頭が海上に現れた。

「キャー! キャー」沿岸にいた人々が山の方に逃げ始めた。

 次いで、報道ヘリが上空に現れた。

「ロスアンジェルスにほど近いサンセットビーチに上陸した御神乱は、一路市街地を目指して歩いております」

「付近の住民の皆さんは、至急、市街地からなるべく遠くの方へ逃げてください」

 パトカーが拡声器でそう言いながら、住民を避難させていた。住民はパニックになっており、そこかしこの道路は車で埋まり、ひどい渋滞に陥っていった。


 和磨たちの事務所、先日の愛国党の表明が話題になっていた。

「『アメリカは日本に核による恐怖を教えてくれた。そして、ウクライナは日本に核を持たない恐怖を教えてくれたと言えるだろう』って、すごいこと言うわよね」美姫が言った。

「ある意味、言い当ててて、うまいですよね」彩子が言った。

「そうだな。戦国時代の日本を思い起こせばよい。日本が当時世界征服を目指していたスペインやポルトガルに征服されなかったのは、確かに、当時は日本が世界最大の軍事大国だったからだしな」和磨が言った。

「ああ、そうか」美姫が言った。

「しかし、そしてまた同時に、秀吉の朝鮮侵略戦争が失敗したように、侵略戦争というものは、全て侵攻していった側が相手住民の抵抗に会い、必ず失敗するものだ。ベトナムにおけるアメリカ、イラクのクエート侵攻、日本の中国侵略、そしてロシアによるウクライナ侵攻だ」


「ここで、核の抑止力というものについて、良い機会だから考えてみよう」

「うん」

「第二次世界大戦後、大国だったアメリカとソ連は、競って核兵器の開発を行った。その為、今では地球を三〇回以上も滅ぼすことのできるだけの核兵器が地球上に存在している」

「三〇回以上って、バカげているわ」

「そう。その為、どちらかが核兵器のボタンを押したら、相手も核のボタンを押すことが想定されるので、どちらも、……というか、地球上の人類自体が滅亡することになってしまう」

「まあ、そうなるわよね」

「だから、核を所有している国どうしは、どちらも核のボタンが押せなくなってしまう。これが東西冷戦状態だ。これは、戦前の石原莞爾という軍人が既に予言していたんだ」

「へーっ」

「さて、そうなると、核を持たない小国はどうすれば良いのか? という問題が起きるのだが、核を所持しているどちらかの大国との軍事同盟を組んで、大国に守ってもらおうという発想になった。これを核の傘と言う。核の傘の中に入っていれば、安心だと言う考え方だ」

「あー、なるほどね。核の傘、核による抑止力ってことね」

「そう、これを核の抑止力と呼んでいたんだ。日本は安保条約によって、アメリカの核の傘に入っていた」

「呼んでいたというのは? どうして過去形なの?」

「この考えには、もともと問題点があったんだ。冷戦時代、地球上の各兵器の数が以上に膨れ上がったため、核拡散禁止条約のような取り決めが結ばれた」

「それは良いことじゃないの?」

「ところが、これは大国による核軍縮の意図でしかない。既に核を持っているアメリカはここまで、ソ連はここまで、中国はここまでで、これ以上はもう製造するのは止めましょう。そして、まだ核兵器を持ってない国は、これから新たに製造するのは止めましょうという取り決めだ」

「そこに何か問題でも?」

「大国が何か大きな侵略行為、犯罪行為を小国に対して行った場合、小国は立ち向かうことができなくなる。その小国の方が正義だったとしてもだ」

「あー」

「だから、イランとか北朝鮮は、このやり方には反対だった。これは、あくまでも大国主導による世界平和が前提とされているからね。でも、アメリカとかが小国を侵略する抑止力にはなっていない。それで、インドとか、北朝鮮とか、イランなどの国は、小国であっても核兵器の開発を始めた。大国になめられないよう、大国の言いなりにならないようにしたんだ」

「それで?」

「結局、核兵器を持っている大国であっても、これら、核兵器を持っている小国に対しては、大きく出れなくなった」

「なるほどね」

「そして、ウクライナ戦争が、従来の抑止力の考えを変えた」

「あの戦争が?」

「そうだ。旧ソ連の一部だったウクライナは、もともと核兵器を所持していたんだ」

「え! そうなの」

「でも、ウクライナは西側諸国の一員になりたいがために、国内の核兵器を廃絶したんだ」

「へー!」

「そしたら、ロシアが侵略してきた。しかも、ロシアは核兵器の使用をほのめかしながら、脅しをかけてきた。あの戦争は、大国が核の力によって小国を威嚇する場合もありうるということを証明してみせたんだ。まさしく、愛国党の言う『ウクライナは核を持たざる恐怖を教えてくれた』ってやつだ」

「じゃあ、これから私たちはどうすれば良いの? 愛国党が言っているように、核武装した方が良いの?」

「従来の核兵器反対運動というのは、地球上から全ての核兵器を廃絶することに目標を置いていた。確かに、大国であれ、小国であれ、どこかの国が核を持っている以上、どこかの国が脅かされることになる。だから、廃棄するのであれば、全部しでないと意味を成さない」

「確かにそうね」

「でも、考えてごらん。そんなことが現実問題として可能だろうか? アメリカやロシアが、中国やインドやフランスが、イランや北朝鮮が、お願いですから世界平和のために核を廃棄して下さいと訴えたところで、『はい、そうですか、分かりましたよ』となると思うかい?」

「まあ、無理でしょうね。とても考えられないわ」

「そうすると、全部ゼロがダメだとなると、次の手段は、全部ありだ。大国も小国も全ての国が核兵器を持つという世界だ」

「ええーっ!」

「これだと、全ての国が全ての国に対して抑止力を持ったことになるよね」

「まあ、そうだけど……」

「大国は小国に対して良いようにはできなくなるし、同時に小国も大国に対して良いようにはできなくなる。すなわち、大戸島の島民たちと同じだ。全ての人が御神乱ウイルスに罹患したことにより、お互いに怒らせないようにしていた。全島民が怒りの抑止力を持ったことで、うかつに人に対して怒らせることができないようになった」

「ちょっと、待ってよ。その世界って、何か問題は無いの?」

「もちろんあるさ。例えば、小国で軍事国家が成立し、人権蹂躙の限りを尽くすような残虐極まる政府が樹立したとしても、うかつに周辺諸国は手出しができなくなる。大国だから正義というわけでもないし、小国だからといって正義と言うわけでもないからね。この状態は、お互いの顔色をうかがい、忖度している状態でしかない。本当の平和ではないんんだ。隣の家で父親にDVを受けている子どもがいても、誰も口出ししない状態と同じなんだ。でも、隣の家庭であっても、ひどい目にあっている子どもがいたら、何とかしてやりたいと思うのが、まっとうな人間のはずだと俺は思うがな」

「その通りよ! ……で、核の抑止力の答えは?」

「俺にも、まだ正解は分からない」

「そんなー!」

「あと、もう一つ言うとね。もしかすると、今や俺たちは、誰でも御神乱になる可能性を持っている。御神乱は人である。であるならば、人である限り怒って御神乱になる権利も持っている。それが御神乱としての人権であるとも言える。御神乱に人権を認めると言うことは、それをも意味していることを頭に入れておいた方が良い」

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