第27話

 大阪府堺市にある堺市役所。現在、ここに日本国の暫定政府が置かれていた。

 松倉が占領軍派兵司令官ルー・ハミルトンに呼び出されていた。いつものように、通訳のジョン・浜村が横にいた。

「申し訳ございません。私どもの自衛隊による御神乱排除がうまく機能せず、いつもアメリカ軍のお手数をおかけするようなことになりまして……」松倉は、深々とお辞儀しながら、考えられる不手際について、指摘される前に詫びを入れた。

「いや、今回呼び出したのは、そのことではない」ハミルトンが言った。

「は? ……では、何でしょうか」

「日本国政府は、我々に何の報告も無しに、大戸島および大阪市にある御神乱の組織採取をWHOに許可している。これについて、大統領がいたくお怒りだ」

「ええ! そんな、だってそれくらい良いじゃないですか。日本の国土内に存在しているものですし、あれはそもそも日本国民の遺体だ。アメリカに所有権など無いじゃないですか」松倉は、珍しく声をあらわにして文句を言った。彼には納得がいかなかったのだ。

「あれは人ではない。人が変化したものでもない。大戸島に生息している新種の生物だ。人ではないのだから殺しても構わない。よって、アメリカはあの危険な生命体を排除するのだ」ハミルトンが、耳を疑うようなことを言い始めた。

「そんな……。ご確認したいのですが、それはアメリカ政府の見解ですか?」松倉は聞いた。

「大統領からの指示だ」ハミルトンが言った。

「ハミルトン司令官、あなたはどうお考えですか? あれは人なのか、人じゃないのか?」

「私は、上からの指令に従うだけだ。今後も、我々は御神乱を排除する」「もういい、出て行きなさい」

 松倉は、がっくりと肩を落としながら司令官室を出て行った。

 扉の外には鹿島副総理が待っていて、うなだれた松倉に目を止めるなり、こう声をかけた。

「どうでしました、総理? また何か言われたのですか?」

「畜生! ……畜生、畜生、畜生! 日本人をバカにしやがって!」松倉が毒づいた。


 ハワイ諸島の沿岸に漂着者が到達し始めていた。空母ドナルド・トランプに乗っていた人々のうち、からくも爆発による溺死や、その後のサメによる攻撃を逃れながらも、辛くも救命ボートなどで逃げ切れた人達だった。

 彼らは、ハワイ諸島に流れ着いた後、輸送機でアメリカに送還された。


 ホワイトハウス。大統領執務室に補佐官が入って来た。

「大統領。ホノルルからの帰還者の中から新しい情報が入りました」

「どうした? どんな情報だ?」

「空母ドナルド・トランプは、東京消滅の翌日、東京湾にて女性ジャーナリスト一名を救出・保護。その女性は一命をとりとめたのですが、その後、艦内で御神乱に発症していきました」

「御神乱ウイルスの罹患者だったというのか」

「はい。そうであるとしか結論づけられません。……その御神乱化した女性、名前は中島真理亜というのですが」

「ナカジマ・マリア……? どこかで聞いたことのあるような……」サンダースはつぶやいた。

「その御神乱となった中島真理亜が船内で暴れまわりまして、それが原因で船が座礁、原子炉を破壊した御神乱は、自らを巨大化させて船を沈没させたものだと思われます」

「何てことだ!」「それと、その中島真理亜とかいうジャーナリストだが、どうしてそんなにアメリカというか、アメリカの軍隊に恨みを持っているんだ?」

「それは、まだ分かりませんが……」

「とりあえず、これはフェイクだ。ガセ情報だ。御神乱はヒトじゃない。大戸島のオオトカゲが空母に紛れ込んだんだ。今聞いた情報に対しては、箝口令を引け!」

「はあ、しかし、これは帰還した船医の情報でして、彼は実際にナカジマ・マリアの治療に当たっています」

「では、その彼女がモンスターに変わるところを見たものはいるのか? 証言者はいるのか?」

「いえ、まだ、そのような人間は……」

「そうだろう。だったら、これはフェイクだ。ナカジマ・マリアの名前については、箝口令だ」

 そのとき、執務室にファーストレディのキャサリン・サンダースが入って来た。彼女は、黙ってこの風景を見ていた。

「ナカジマ・マリア……」キャサリンがつぶやいた。


 しかし、既に幾人かの生還者は、テレビ等で事件の概要やら目撃談を話しはじめていた。テレビのキャスターが、こうまとめた。

「彼らの証言をまとめますと、空母内に現れたモンスターは、大戸島のものとは違うものであり、船内に大戸島の出身者は乗船していなかったと言うことです。ただし、乗船していた乗組員のうちの何人かは大戸島に上陸しており、そこで御神乱ウイルスに感染していたことも否定はできません。また、船内には、他に駐日大使の一家と在日米軍横田基地や横須賀基地に勤務していたアメリカ人もいた模様とのことです。さらに、何人かの証言者によれば、御神乱は、発見された当初は二メートルほどの大きさだったということで、東洋人らしき男といっしょに船内を暴れまわっていたとの情報がありますが、この東洋人が、日本人なのか、日系アメリカ人なのかは、今のところ分かっておりません」


 WHOの見解を受け、井上和磨はSNSで自身の御神乱に対する見解を発表した。曰く、

「我々、日本人の人権を考える会としては、御神乱は人間であり、人間以外のいかなる生物でもないと考える。彼らは、ウイルスによって激しい怒りを誘発し、人間性を一時的に失い、自身のコントロールが聞かなくなっている患者であり、彼らもまた被害者である、したがって、彼らが御神乱であるときに行ったことによる行為は、誰もそれを咎めることはできない。同時に、彼らにも人権が存在しており、無下にそれを剥奪したり、蹂躙したりすることは許されないと考える」

 この和磨の見解について、賛否両論が沸き起こった。


「ところで、パク、なぜお前は日本にいたんだ? それに、なぜそんなに日本を憎む? それに、そもそもだな、基本的な疑問として、そんなに日本を憎んでいるのに、なぜそんなに日本語が話せるんだ?」堺市の刑務所内、俊作がパクに矢継ぎ早に質問を浴びせた。

 すると、この日初めてパクが身の上話を始めた。

「実は、俺の母親は日本人だ」

「何だって! お前、ハーフだったのか。だから日本語が堪能なんだな」

「ああ、昔、日本で韓流ブームってのがあったそうだ。今じゃ考えられないが、それまで禁止していたお互いの文化を解禁して、お互いに仲良くしようという時期があったそうだ」

「いや、でも、民間レベルでは今だってそうさ。韓国人は日本のサブカルが好きだし、日本の女子はKーPOPが大好きだ。そもそも、明らかにKーPOPはレベルが高いしな」

「ああ、要は政治家が変わったからさ。自分たちの政治の不手際を何かと他国のせいにするのさ。他国の方に気を向けておいて、自分たちが批判されないようにしようとしてるんだ。結果として、国と国とを憎むような方向に持って行こうとするんだ」

「なんだ、お前、分かってるんだ。それなのに何で?」

「俺の場合、もっと複雑なんだ」

「と、言うと?」

「その韓流ブームの頃、俺の母は韓国にあこがれて父のもとに嫁いできたんだ。当時、母と同じような日本人の女性は結構いたらしい」

「ああ、俺も聞いたことがあるよ」

「でもな、俺の祖母は慰安婦だった。しかも、祖父は徴用工として長崎で重労働をさせられていた。父方の祖父母は、二人とも日本という国が大嫌いだったんだ。日本が半島から撤退してから祖父と祖母は結婚した。そして、祖父はすぐに妊娠した。いや、妊娠していたらしいんだ。つまりだな、俺の父親は、俺の祖父の子ではなく、日本軍の子どもなのかもしれないってことなんだ。祖父は、それでも祖母を許した。誰の子であっても、祖母の産んだ子は、俺の子なんだって言ってたそうだ。でも、父はずっと悩んでいた。もしも自分の身体の中に日本人の血が入っていたら、学校や職場でどんな差別を受けるか分からないからだ。この状況、どれだけの日本人が知ってるか?」

「……」

「そんな折、例の韓流ブームだ。父が日本人を受け入れた気持ちは、俺には何となく分かる。自身の血を薄めたかったのと、日本人に対する贖罪だ」

「……」

「でも、分かるだろう。その結果がどうなるか。俺の母親は、家庭での居場所を奪われていた。母は常に祖父母に暴言を浴びせられ、罵倒された。憎しみの矛先が朝から夜まで母に向けられていた。日本人を嫁として迎えた父に対しても、祖父母はきつく当たった。これには、父も立つ瀬が無かった。そして、ある日、母は姿を消した。祖父母の攻撃に耐えられなくなった母は、とうとう日本に帰ったのだ。俺は、母はおそらく韓国と韓国人をひどく憎んでいるだろうと思っていたんだ」

「そうだったのか」俊作の眼に涙がみじんでいた。

 パクの身の上話は続いた。

「それで、俺はと言えば、おやじと同じで、日本人のハーフであることを何とか払拭して生きていかなければならないと思っていた。いや、多分、本当は韓国人のクオーターなのかもしれないがな。それで、俺は進んで愛国的な運動、つまりは反日活動に積極的に参加していった。そうでないと、俺なんかは生きていけないんだ。俺の日常は、反日活動で埋め尽くされていった。日本人の政治家やアスリートなどの著名人の行動や言動の上げ足を取り、日章旗に似ているものを探し出し、慰安婦像や徴用工象を世界に拡散することに精を出していた」

「君たちは、慰安婦像や徴用工象を世界に拡散することが世界の平和につながると考えているみたいだが、それは平和の拡散には見えない。憎しみを世界中に拡げようとしているようにしか思えない」俊作が言った。

「本当は、そんなことは分かってるさ。ただ、そうやってどこか自分以外のところに原因をつくりたいだけさ。誰かのせいにして、自分が被害者になりたいだけさ」

「恨(はん)の美学だな」

「ああ、そうさ。韓国人にとって、被害者は正義であり美学なんだ。かわいそうなことは、かわいいことなんだ。だから、いつまでも被害者面していたい。そうすれば、いつまでも正義でいられる」

「そのためには、日本という国は、いつまでも犯罪国家でいてもらわなくては困るというころだな」

「まあ、そういうことだ」

「お前たちは、俺たちの国のことを犯罪国家というがな。でもな、俺だって、何も好き好んで日本人として生まれたわけじゃないからな。ここの国民として生まれ落ちたのは、たまたまだろ。それはお前だって同じだろう? たまたま生まれ落ちてきた国だからと言って、その国を愛さなくてはならないなどという義務は存在しないのだし、ましてや、自国のために尽くせだの、死ねだのと言われる筋合いなどない。日本が韓国や朝鮮に対して行ったことは、残念だと言うほかないが、それはもはや八十年も前のことであり、俺自身が日本に生まれ落ちるはるか前のことだ。現在の国民に、そんな昔の責任を追及することはどうかと思うぞ。その理屈を言いはじめると、世界各国できりのない賠償問題が生じることになる」

「だから! 俺たちは、そうでもしなければ生きていけないんだって。日本がこんなになって、ザマーミロだ」

 そのとき、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

「また、明日、話の続きを聞かせてくれ」俊作はパクにそう言った。

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