第26話

「大いなる御神乱様に奉りますー」

 大阪府の一角にある、廃墟と化したとあるビルの地下。そう言って荘厳な儀式が執り行われていた。そうして、その画像はネット上にアップされていた。

「皆さんこんにちは。御神乱奉賛会の会長の山下法明(のりあき)と申します。この度、我々は、御神乱様をアメリカから日本を守ってくださる日本国の守護神として崇め奉る団体として、この会を発足させました」ネット上、突然そのように表明する男の画像が現れた。

「我々は、志を同じくしていた、反米の愛国党から分離独立した団体であります。しかしながら、愛国党とは、アメリカからの日本国の独立を勝ち取る運動を進めていくというところでは一致しているものの、御神乱様に対する立場が異なり、最終的に双方の歩み寄りが見出せませんでした」

「御神乱様については、人間なのか、非人間なのか、賛否両論あるところではありますが、我々は、あくまでも、御神乱様は、アメリカから日本をお守りくださる守護神であると考えております。したがいまして、当然のことながら、我々は御神乱様を救世主として崇め奉り、依存として、共存していく運動を展開していく所存でございます」


「全くあきれたわ!」そう言ったのは、美姫だ。

 彼らは、事務所を堺市の安アパートに移し、細々と活動をしていた。「御神乱が人かモンスターかどうかというよりも、神格化して守ってもらおうなんてね。依存するにもほどがあるわよ」

「日本には、もともと政治に対する依存性があるからな」和磨が言った。「日本のウルトラマンとアメリカのスーパーマンの違いって分かるか?」

「ええー! 何?」

「スーパーマンというのは、アメリカのヒーローであり、アメリカのヒーローは、すなわち地球を守るヒーローだ」和磨が言った。

「ああ、見事なまでにパックスアメリカーナね。そう言えば、あの青い服に赤いマントってものアメリカっぽいわよね」美姫が言った。

「ああ、確かにな。でも、あれは、おそらく聖母マリアの表現だ」

「聖母マリア?」美姫が聞き返した。

「西洋では、青い服に赤いガウンは聖母マリアを表すんだ。西洋絵画に描かれている女性で、青い服に赤いマントを着ている人物は、全て聖母マリアだ。彼らは、そういう基礎知識があって絵画を読み解いているんだ」鼻高々に説明する和磨。ところが、それに対して彩子が口をはさんだ。

「和磨さん、それは逆です」

「え?」

「聖母マリアは、赤い服に青いガウンで表現されます」彩子が説明した。

「あ! え……、そうだっけ?」しどろもどろになる和磨。

「そうですよ」彩子が優しく言った。

「そうなんだ! ……で、ウルトラマンは?」美姫が和磨に説明の続きを促した。

「ウルトラマンは、地球人が宇宙人に守ってもらうという形を取っている。まさしく依存であり、日米安保的な構造を取っている」

「なるほどね。そんなところにも国民性の違いが現れるんだ」

「では、我々はどうする? 御神乱様に守ってもらうか? 御神乱は、事実、都庁を破壊したぜ」皮肉を込めて和磨が皆にそう言った。

「冗談じゃないわよ。私たちは、アメリカにも頼らず、もちろん御神乱にも頼らず、自らの力で真の民主化を目指すべきだと思う。自分たちで民主化を勝ち取らなければ、真の民主主義じゃないと思う。これまで、日本の民主主義は、これができてないから、皆他人事だったのよ。勝ち取ったものではなく、アメリカから与えられたものだった。だから、私たちは民主主義を大切にしなかった」

「確かに、美姫の言う通りだな」和磨が言った。


 テレビのニュース。WHOのニコラス事務局長の声明が発表された。

「WHOが大戸島と大阪から採取しました御神乱の細胞内のDNAをつぶさに調査しました結果、その99.9%が人間のままであることが判明しました。この結果を受け、WHOとしては、御神乱はヒトであるとの認識に至りました」

「尚、では何故あれほどまでに肉体の形状が変形するのかということについてですが、これはDNAの存在している細胞核の問題ではなく、細胞自体の変形によるものであることが考えられます。そうであれば、このウイルスに罹患し、発病した場合でも、何らかの治癒する手立てがあるのではないかと思われます」


「何だこれは! ニコラスめ、ふざけやがって」

 ホワイトハウス内にある大統領執務室でサンダース大統領は怒りまくっていた。

「これだと、アメリカは人殺しを行っているということになるじゃないか! あれはヒトじゃない。化け物なんだ。そもそも、人間があの怪物に変化したなどという証拠はないんだぞ」

「いえ、大統領、大戸島で最初に東京に現れた御神乱になっていく三島笑子の画像は、既にテレビで公開されています」執務室で大統領とともにテレビを見ていた副大統領が言った。

「フェイクだ! あんなもん、どうせ日本の三流テレビが作り上げたフェイク画像に違いないんだ」大統領が声高に言った。

「では、日本や青島に現れている御神乱は、大戸島に生息している人間ではない生物であると……」国務長官が大統領に念を押して聞いた。

「ああ! そうだ」


 この発表を受けて、トマホークXのSNSも更新された。

「御神乱ウイルスなどというものは幻想です。存在しません。これらは世界を混乱に陥れてサンダース政権の転覆を謀っているゲイル側の陰謀なんです。大戸島の御神乱は、ヒトがメタモルフォーゼしたものではなく、大戸島にいた新種のオオトカゲです。皆さん、信じちゃいけません」


 堺市での町田康煕の家庭教師の時間。

「中国がどうして、いつぐらいから日本人に快く思われなくなったのか、話してやろう」和磨が突然康煕に言った。

「え?」

「一九七〇年代、八〇年代は日本と中国の関係はとても良かった」

「それは、日本が中国よりも先進国だったからだろ。それが中国に抜かれたもんだから、ひがんで中国を悪く言うようになったんだ」

「いや、それだけではないよ。本当のところは、天安門事件からおかしくなり始めたんだ。そして、それは鄧小平がやったことだけど、そこから中国は民主主義国家になることをやめて、愛国主義的な政策になった。あそこから中国の印象は悪くなった。何せ中国の人民解放軍が大学生を戦車でひき殺したんだからね。この映像は、リアルタイムで全世界に流れた。俺が言いたいのは、国のリーダーによって政策が変わると、国のやり方はガラッと変わってしまうし、他国のその国に対する印象も代わってしまうと言うことだよ」

「天安門事件なんて知らないよ。どうせ、西側の国がつくったフェイクニュースだ」

「嘘だと思うのなら、調べてみてごらんよ。天安門事件のことは、検索しても中国で見ることはできないけど、日本をはじめ、世界各国では見ることができるからね」

「あのさー、どうして国を愛することがいけないのさ? どうして愛国教育がいけないのさ? 僕は中国が好きだ。先生だって日本が好きなんだろ?」

「さー、それはどうかな?」

「えー? どういうことだよ?」

「俺は、たまたま日本に生まれ落ちてきただけだ。自分で好き好んでこの国に生まれることは不可能だからな。それは、君だって同じことだろう?」

「……」

「でも、その国の政府が国民の自由を奪い、国民を蹂躙し始めたら、君はどうする? それでも、その国の政府を認めるのか? それとも政府に文句を言って闘うのか? それとも、どこか他の国に逃げるか?」

「……」

「天安門事件は、そういうことだ。政府に対して暴力ではなく、デモンストレーションで抗議を行っていた国民を、政府が暴力によって殺した。そして、言いたいことを封じたのだ。今もなお、この件は、中国政府によって封じられ続けている。言論封殺だ」

「でも……、……でも、それから中国は金持ちの国になったんだろ。アメリカと同じくらいの。だったら、政治のやり方は正しかったていうことだろ? 中国は欧米と同じくらい豊かになったんだから、もう、何をしても許される大国なんだ!」

「君は、大国になれば、何でも言って良いと思ってるが、そういう訳じゃないよ」

「はー?!」

「金を持っている国だから権利があるとか、間違ってないとか、そういうことじゃないんだ。欧米諸国というのは、豊かさよりも自由と人権、そして民主主義の方が大切だと思っている。自由を奪い、人権を蹂躙する国や指導者というのは、何よりも許せないのだ。豊かさや人口は、国に大きさは、そこには関係無いんだ。だからこそ、西側諸国は、自由と民主主義を脅かす者には、黙っちゃいない。国家予算を裂いてでも、自由を抑圧された人々を支援しようとする。NATO諸国やアメリカが、身銭を削ってでも、自由を勝ち取ろうとしているウクライナを支援するのは、そういった理由からなんだ」

「……言ってる意味が、分からないよ」ポツンと康煕がつぶやいた。


 刑務所内の昼休み、パクが俊作に言った。

「日本は秀吉の時代と大日本帝国時代の二度、朝鮮に侵略してきている。韓国は日本に対して何も悪いことはしていないのに、一方的にだ。しかも、秀吉のものは朝鮮侵略ではなく朝鮮出兵と言っている。これじゃあ、プーチンがウクライナ戦争を特別軍事作戦と言い換えているのと何も変わりはしない」パクがいきり立ってしゃべった。「韓国併合についてもそうだ。明らかに日本は一方的に侵略をしてきたんだが、何か穏便に併合したかのような表現になっている。ウクライナの東部マリウポリの人々が次々とロシアに連れ去られたように、秀吉の時には多くの職人が日本に連れ去られている。西日本の多くの城下町に唐人町とか高麗問とかが存在しているのは、彼らが強制的にそこに移住させられた名残りだ」

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