第25話
大阪では、三度目の御神乱が現れていた。昼前、今度は淀川に青白い点滅とピンクの点滅の二体の御神乱の泳ぐ姿が発見された。二つの光は、思いの外、速い速度で川を昇っていき、一体は新大阪駅に近い曾根崎付近に上陸した。
もう一体は、南の方面に上陸し、天満方面へ向かった。
「本日、正午前、淀川を昇っていく赤と青二つの点滅が目撃されました。二体の御神乱は、曾根崎方面と天満方面に上陸しており、現在、中の島、曾根崎、天満は大混乱に陥っています。既に新大阪駅周辺は、地下街も含めて火の海になっています」
自衛隊のヘリ数機が二体の御神乱を遠巻きに見張っている。
「気をつけろ。赤と青だ。へたすると、東京の二の舞だからな」
「了解です」
ヘリからミサイルが繰り出される。二体の御神乱の身体のあちこちから血が噴き出した、咆哮をあげて威嚇する御神乱。いくつかのミサイルは、体をくねらせる御神乱の身体をすり抜けて、ビルを直撃した。崩落するコンクリート。火花が散り、周囲の住宅地が火に包まれていく。
曾根崎方面に上陸した御神乱は、その後天満に向かった御神乱を追って火の海の中を進撃した。
ついに、二体の御神乱は都庁に到達した。しかし、国の中枢機関は既にそこには無く、堺市の方へと移転を終えていた。
自衛隊は、躊躇していた。それは、これ以上自らの兵器で市街地を火の海にしたくないという思いと、日本人である御神乱の頭部を直撃することで殺したくはないという思いがあったからだ。
大阪都庁を破壊し尽くす御神乱。そこへ、米軍のヘリがやって来た。
二体の御神乱に向かってミサイルを撃つ米軍ヘリ。断頭が御神乱の頭部を打ちぬいた。
どうと倒れる御神乱。
続いてもう一本のミサイルも御神乱の頭を撃ちぬいた。
「任務完了。引き上げるぞ」米軍の部隊長が言った。「自衛隊は何を躊躇しているんだ! いい加減にしろ」そう、彼は吐き捨てるように言った。
大阪市は、南東部の谷町六丁目あたりを残し、ほぼ焼け野原となってしまった。東京のように、まるごと全てが消失するということは避けられたが、それでも、大阪市内を走る全ての電車と地下鉄は走行不能になり、新幹線も走行不能になった。首都の持つ交通機関および流通手段は、ことごとく奪われた。
大阪市に住んでいた住民は、難民化し、他県へと流入が始まった。
三度目の御神乱の大阪攻撃によって、谷町六丁目にまで火の手が拡がろうとしていた。
「ここのオフィスも危ないかもしれないな」火の手を見ながら和磨がつぶやいた。
「和磨さん、思い切って東大阪とか堺とかに移転しませんか? 門真とか八尾でも良いし……」美姫が言った。
「そうだな。美姫の言う通りかもしれん。俺たちのオフィスは、中心地にある必要は無いんだしな」
「私は学生ですし、大学のキャンバス内だって避難場所になっていますから大丈夫なんですけど、彩子さんや和磨さんのお家は大丈夫なんですか?」
「俺たちは独身だしな。ここのオフィスに寝泊まりすることだってできる。俺の仕事の家庭教師も、今のところは、こんな状態なんで、現在は開店休業中になっちゃってるしな」
「でも、彩子さんは?」美姫が尋ねた。
「私もアルバイトの家庭教師ができないし……。なんなら実家の広島の方に戻ろうかとも思ってるんです」
「彩子さん、家庭教師やってたんですか? 初耳です」美姫が驚いて言った。
「俺が紹介してあげたんだよ。彼女も一人で食べて行かなきゃならないだろ」和磨が言った。
「ああ、そうだったんですか」美姫が言った。
「美姫の実家の方は、大丈夫なの?」和磨が美姫に聞いた。
「ええ、私の実家は千葉ですけど、今のところ大丈夫みたいですんで」
「そう」
この頃、博多、熊本、鹿児島、広島、岡山、名古屋、横浜、新潟、仙台、函館、札幌などにも大戸島タイプの御神乱は上陸しており、市街地は少なからず焼け野原になっていた。
大阪上空には、広く黒煙がたなびいていた。俊作とパクは、刑務所内でそれを見上げていた。
「一体、外では何が起きているんだ?」
「ああ」
同じ頃、クルムとリウも空を見上げていた。
「外では何が起きているんでしょう? きっと、とんでもないことが起きているんじゃないかしら」
「ここでは情報が入って来ないから、とても不安です」
「三度目の御神乱による首都大阪への攻撃により、大阪市の中心部は、ほぼ廃墟と化しました。住民の多くは、既に周辺の市町村へ避難しているものとみられております」
「大阪市の他、日本の多くの地方都市も、ここのところ御神乱による攻撃を受けており、日本はさながら戦後のような様相を呈しています」
「御神乱によって受けた日本経済の打撃は計り知れないものがあり、円も株価も大暴落しております。株および金融商品の取引は、現在行われていない状態です」
「井上先生、すみません。うちも八尾にある親戚の方に避難することにしました。こちらに来ていただくことは可能でしょうか?」
里穂の母親から和磨の携帯に連絡が入った。
「そうですか、八尾だと、私の方は厳しいのですが、別の講師に行ってもらうことはできますが……」「……はい、名村彩子と言います」
安村里穂の家庭教師は、彩子が受け持つことになった。
翌日、和磨が康煕の家の家庭教師に行ったとき、父親が言った。
「井上先生、すみません。うちもこんな状況なので、堺の方に引っ越すことになりまして……。堺の方だと、来ていただくのに遠いですよね?」
「あ、いえ。うちの事務所も堺に引っ越そうと思っていたところですので、大丈夫ですよ」
「そうなんですね! 良かった」
両親の傍らで、康煕が仏頂面で立っていた。
久志が学校から帰宅すると、家にいた父親が瑛太に言った。
「わいはテレビとかに出とる芸人やさかい、おおっぴらには言えへんけどなー、関西復古党に入ったで」久志の父親がそう言った。
「そうなんや。そう言えば、あの東京もんの瑛太んところは東京難民会とか言うとったで」瑛太が父親に言った。
「何や、そやったら、デモとかで一度やりあわないかんな」
「父ちゃん、やめときー。俺は学校でやつと上手くやっとるんやから」
「ああ、そやったな」
「ところで、今日、テレビでWHOの何とかいうおっさんが言うとったで。何でも、御神乱にならんためには、笑うことが一番やと」
「ほうか! ほなら俺の出番やな。笑いの本場は大阪や。こりゃー、今後は益々気い入れて笑いを届けんとな!」
「ああ、それでこそ、わいの息子や。頑張りやー。しゃべくり倒して、どつきまわしてでもええから、皆の笑いを取ったれや」
「もちろんやがな!」
しかし、その日の午後には、瑛太の両親は学校に出向き、担任に最近の久志から受けているいじめについて相談していた。
「なるほど、よく分かりました。確かに、成宮久志君の近頃の行動については、私もいささか気になることがありましたので、少し注意して彼の行動を見てみることにします」
「よろしくお願いします」瑛太の両親が、深々と担任に頭を下げた。
瑛太の中学校、その日は、学活の時間に担任が将来の事を指導していた。
「では、みんなの前で自分の夢を語っても良いという人は手を上げて」担任が言った。
すると、おそるおそる瑛太が手を上げた。
「おおー! じゃあ、近藤君」
瑛太は、自分が警察官になりたいという夢を発表した。
「近藤君は、警察官になりたいだね。夢がかなうように頑張ろうね」担任がそう言うと、すかさず久志が大きい声でつっこみを入れてきた。
「お前、警察官なんて、なれるはずないやんけ」
「は?」という顔をした瑛太。
「どいいうことだい? 成宮君」
「だって、お前前科あるやんけ! お前、こないだ暴力ふるってたもんな」
しかし、これにはさすがにまわりの生徒たちも引いた。担任も苦笑いをするのが精いっぱいだった。
「あれー! 私、すべっちゃいましたー? じゃあ、こないだ万引きしとったのはー?」
その日の放課後、久志は担任から呼びされていた。
「何でや! 何で俺がいじめてることになるんや! 納得できへん」担任を前にして、憤懣とした表情の久志だった。
「ま、お前の言い分も分からんやないけどな、相手がいやがってることをしたら、それはいじめになるんや」
「分からへん! 分からへん! 大阪は笑いの中心地や! どつき漫才、しゃべくり漫才、ボケてツッコんで、いじっていじられてなんぼや。それを否定するんは、大阪人としておかしいのとちゃうか? 東京の理屈の方がおかしいんやないかい。そやさかい、俺は大阪の笑いちゅうのんを教えたろおもて……」
「あのなあ、久志。どんなにお前が良かれとおもとってもな、相手が嫌な気持ちになったら、お前がやっとることは、良くないことなんやで。どついても、相手が嫌な気持ちになったら、それ暴力以外の何ものでもない。しゃべくりまくっても、相手がうるさいと思うたら、騒音でしかないんやで。また、それを見て嫌な気持ちにさせてもダメなんや。これは、世界共通の認識や」
「分からへん! 俺には先生の言うことが、理解できへん。WHOの何たらいうおっさんかて笑え言うとるのに……」
「ムチャブリとかイジリかてそうや。あのな、テレビの中でやってる芸人は、お互いの予定調和の上に成立してるものなんや」
「じゃあ、素人に対してはやっちゃダメなんか?」
「もちろんそうや。嫌な気持ちになるやろ」
「だって、クラスのみんなは、わろとるやないか! 先生かて、わろとったやないかい! 俺はみんなに笑いを届けとるんや」
「いや! お前は、笑わせてると思うとるだけや。実際には、瑛太を笑いものにしているだけとちゃうんかい?」
「……」
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