第24話
和磨たちの事務所は、廃墟の中、かろうじて存在していたが、火災による炎は、和磨たちのオフィスにまで迫っていた。
「もうデモどころではなくなりましたね」美姫が言った。
「もう、だめかもしれん。荷物をまとめて逃げよう」和磨が言った。「持って行くのは、本当に大事なものだけにしろよ。身軽にするんだ」
「分かったわ」
彼らは、手に手に荷物を抱えてオフィスのあるアパートを出た。火の手がすぐそこまで迫って来ていた。御神乱は、その火の手に包まれたオフィス街の向こう側を東に向けて進んでいた。
「各自、自宅に向かおう。自宅が焼失した者は、とりあえず俺に連絡をくれ」和磨が言った。
「分かりました」
御神乱は、大阪都庁に迫っていた。都庁の背後には、先の第一次御神乱攻撃の際に崩壊した大阪城があった。
「松倉首相、危険です。一旦ここを出ましょう」鹿島が言ったが、松倉はその意見に耳を貸さなかった。
「大丈夫。今回もアメリカさんが排除してくれるさ」
低空で旋回しながら上空を飛行するアメリカ軍の戦闘機。御神乱にミサイルが撃ち込まれる。悲鳴を上げる御神乱。そのうちの一基が御神乱の頭に命中した。頭が破壊され、血しぶきが宙に吹きあがった。大きく倒れ込む御神乱。それは、日本暫定政府のある大阪都庁舎の数メートル先だった。血の雨が都庁に降り注いだ。
血の滴り落ちている都庁舎の窓から、松倉と鹿島がその光景を眺めていた。松倉の顔は少し蒼ざめていた。
「ここも早く移転しないと、もう危ないかもしれませんね」鹿島が言った。
「二度にわたる御神乱の襲撃により、首都大阪市内は壊滅状態となり、さながら焦土となっています。アメリカ占領政府と日本暫定政府は、現在、首都機能を堺市へ移転する方向で検討に入った模様です」
「御神乱による破壊により住むところを失った人々の多くは、周囲の市町村へ避難しているものと思われます」日本のテレビニュースが伝えた。
「アメリカ占領政府の置かれている日本の大阪が、二度にわたって御神乱に攻撃されました。現在、大阪は首都機能を失っており、政府は、堺市への首都機能の移転を考えています」アメリカの報道番組が伝えた。
「御神乱は、日本国政府とアメリカ占領政府をターゲットにしている。皮肉なことだが、我々がデモで何とかしようとしていることを、御神乱は暴力で何とかしようとしてくれているとも言える」和磨が言った。「でも、そのせいで、多くの大阪市民が犠牲になったのも事実だ」
「そうね。そして日本市民を御神乱から守ってくれているのは、アメリカ軍というものまた事実」美姫が言った。
「アメリカ政府の見解は、御神乱は人ではない。排除すべき対象であるとしている。だけど、日本人としては、その見解は受け入れがたいものがあるよね。彼らはウイルスに感染し、発病した患者でもあるんだ。しかも、れっきとした日本人だ」和磨が言った。
「ややこしいことになってきたわね」美姫が言った。
大阪出入国在留管理局。クルムはそこに収監されていた。昼休み、彼女が運動場にあるベンチにぼんやりと座っていると、向こう側にどこかで見覚えのある顔の女性が座っているのを目にした。その女性に近づいていくクルム。そして、クルムは女性に声をかけた。
「あのときの中国スパイさんですよね?」顔をあげた女性は、クルムを見て驚いて言った。
「クルム・モハメド!」
「はい、そうです。あなたも収監されたのですね?」
「ええ、日本はこんな状況になってしまって、ビザが切れたんです」
「じゃあ、私と同じね」
「日本という国は融通の利かない国です。政府とか外務省とか法務省とかが、別々に自分たちのことだけやってて相互に機能してないものだから、こんなことになるんです!」
「そうね」「そう言えば、まだあなたの名前を聞いてなかったわね」
「リウ・クァ・シン(劉可馨)です」
アメリカのサンフランシスコ湾。西海岸の太陽は、海面をキラキラと反射させていた。
そのゴールデンゲートブリッジ近くの海面から、突如として巨大な尻尾が振りあがった。その尻尾に付いている背びれは、ゆっくりと青白く点滅していた。真理亜だ。
青白い光は海中に沈み、サンフランシスコ湾の奥深く、サンノゼの市街地を目指して泳いでいった。
数分後、サンノゼはパニック状態になっていた。真理亜が上陸したのだ。何かを探しながら市内を歩きまわる真理亜。
しかし、しばらくすると、何かに気がついたのか、再びサンフランシスコ湾に姿を消した。
サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジそばにあるユニオンスクエア。そこでは、その日、ジョン・サンダース大統領の支持者集会が行われることになっていた。
大統領は、ヘルコプターで会場に向かっていたが、そのとき、無線で連絡が入った。
「大統領、サンフランシスコに御神乱が現れた模様です。ホノルルの個体だと思われます。本日の集会は大変危険だと思われますが、どうしますか?」
「そのまま、決行だ。せっかく俺の顔を見るのを楽しみにして集まってくれている支持者たちに申し訳ないじゃないか」サンダースが答えた。
「ですが……」
「何か被害でも出たのか? 人が食われたとか……」
「いえ、それはまだ何も……。現れた後に、再び海に消えた模様です」
「じゃあ、決行だ!」
大統領を乗せたヘリは、ユニオンスクエアに降りてきた。既に多くのサンダース支持者が集まっていた。ヘリコプターからサンダースが現れると、会場は大歓声に包まれた。
大統領が演説を始めた。
「やあ、みんな、元気にしてたか?」その第一声で、再び歓声が上がった。
「俺もアメリカのために頑張ってる。俺が元気でないと、アメリカを救えないからな」
「俺の若い頃、この国は世界一だった。俺たちアメリカ人は、世界のリーダーだったんだぞ。電気でも自動車でもナンバーワンだった。それがどうだ? 今じゃ移民どもに安い給料で仕事を奪われてる。このままじゃ、この国はどんどんダメになっていく。俺はそれを救いに来たんだ。アメリカを世界一の国に戻すためにな。そして、これからも、石油や石炭をどんどんたいて、産業を起こし、お前たち国民に仕事を与えてやる」ひときわ大きな歓声が上がった。
しかし、そのとき、会場の奥の方で、歓声とも悲鳴とも判別できない大きな声が混じった。それは、次第に悲鳴だけになっていった。
真理亜が上陸し、ユニオンスクエアの会場に迫っていたのだ。ビルとビルの間から顔をのぞかせる真理亜の巨体。人々はちりじりになって逃げ始めた。周囲の建造物が大きな音とともに崩壊し始めていた。空を見上げるサンダース。そこに真理亜が近づいてきた。土煙とともにがれきが空から降って来る中、真理亜は、逃げ惑う人々には目もくれないようで、ただひたすらサンダースのみをめがけて襲ってきた。
「大統領! 逃げてください」
サンダース一行は、急いでヘリコプターに乗り込んだ。
ローターが回転し、空に飛び立つヘリコプター。それを恨めしそうに見つめる真理亜。
「軍はどうなってる! すぐに軍を出撃させろ」サンダースが命令した。
しかし、軍のスクランブル発進がやって来たときには、既に真理亜は太平洋に姿を消した後だった。
アメリカでテレビが報道した。
「本日、サンフランシスコのユニオンスクエアで行われていたサンダース大統領の集会に御神乱が出現しました。大統領は難を逃れて無事でした。なお、この数十分前には、同じ個体と思われる御神乱がサンノゼに出現しています。これによる死者は、今のところ確認されておりません」アメリカのテレビが報道した。
「昨日、アメリカのサンフランシスコで行われていたサンダース大統領の集会中に御神乱が出現しました。アメリカに御神乱が現れたのは、ホノルルに次いで、これで二度目になります。なお、日本に現れている御神乱とアメリカのものとの関係については、現在のところ分かっておりません」日本のニュースが報じた。
テレビのニュース、WHOのニコラス事務局長の会見が報道されていた。
「WHOは、先日、大戸島にあったとされる石棺を調査しました。しかしながら、二つの石棺は既に何者かによって持ち去られた後であることを確認しました。しかし、この石棺が青島で撮影されたと思われる画像と同一のものであるか、そもそも、あの画像に映っていたものが石棺であるのかということは、WHOとしては、現在まで確認が取れておりません。したがいまして、WHOの見解としましては、今のところ、御神乱ウイルスの感染拡大および大戸島出身者以外の人間で御神乱ウイルスに罹患したものがいるという事実について、確認は取れておりません」
この見解を受けて、世間の人たちはこう言った。
「何だよ! 結局、ニコラスは中国寄りの立場を取るよな」
「ああ、だって奴の国は、中国から多額の援助を受けているからな。悪いことは言えないんだろ」
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