第19話

 空母内を逃亡している真太と真理亜。武器庫の前にやって来た。すると、やおら真理亜はその扉に体当たりを繰り返しはじめた。「ドゴーン。ドゴーン」と艦内に音が響き渡る。その音は、明らかに浸りを捜査している艦内の米兵たちの耳にも届いているだろう。心配そうな顔の真太。しかし、そんなことにおかまいなしに、ついに真理亜は扉を破壊するしてしまった。

「おいおい、大丈夫か? 真理亜。俺、武器なんて扱ったことないぜ」

 しかし、そう言いながらも、真太は自分にも何とか扱えそうな機関銃や自動小銃、それにピストルを手に取った。そして、二人は急いでその場を離れた。

 その二人の様子を、廊下の向こうの方で村田がじっと見ていた。


 格納庫を支えている大きな鉄の柱。その間から長い尻尾のようなものが動いているのが見える。

「いた! 発見しました。格納庫にいます。御神乱一体と日本人らしき男一人です」艦内を捜索していた米兵の一人が無線機で叫んだ。

「艦長、どうします?」米兵は、テレンス・ギリアム艦長に指示を仰いだ。

「へたに動くな。一人で動くのは危険だ。今、みんなをそちらへ終結させる」

「了解です」

 しばらくすると、格納庫にぞくぞくと米兵たちが集まって来た。格納庫の中を逃げ回る真太と真理亜。発砲しながら格納庫内を追って来るアメリカ兵たち。鉄製の太い柱から柱に身を隠しながら逃げる二人。既に、真理亜の姿は、ほぼ御神乱の形状になっており、背中は激しく光り、長い尻尾を引きずりながら、真太に連れられて歩いていた。もはや真理亜は、一言もヒトの言葉を発することはできなくなっていて、何かをしゃべろうとすると、それは咆哮となった。。

 真太は、下手なリにも機関銃を撃ちまくり、走り回って応戦していた。格納庫の中は、ほぼ撃ち合いの状態になっていたが、格納庫の中には戦闘機やオスプレイも多く格納されており、それらを傷つけないようにしなくてはならないために、米兵たちも思い切った攻撃はできなかった。

 しかし、真太の撃った自動小銃が戦闘機の燃料タンク辺りに着弾したのか、一機の戦闘機が大轟音とともに燃え上がった。後ずさる米兵たち。

「大変です! 格納庫の戦闘機一機の燃料タンクに着弾! 爆発炎上しました!」兵士が上に連絡をしていた。

 消防作業が始められるが、燃え上がった戦闘機は、次々と隣の戦闘機に誘爆していった。

 その間をついて、真太と真理亜は、その場から逃げて行った。


 艦内を逃亡中の真太と真理亜は、格納庫端の階段に逃げ込み、そのまま階段で艦橋へと登っていった。真理亜の身長は二メートルを超えようとしていた。

 その姿を見た村田は、一人、オスプレイに乗り込み、着艦エレベーターで甲板に上がっていった。

 指令室のドアの前、その鉄製のドアをじっと睨みつけている真理亜。すると、やおら体当たりをしてその扉を破って中に入り込んでいった。

「あー、おい、やめろ、真理亜」真太が叫んだ。

「うわー! 何だ」指令室に現れた御神乱を目にして後ずさりする指令室のアメリカ兵たち。

 恐ろしい形相で米兵たちを睨み付け、咆哮をあげる真理亜。彼らは真理亜に対して発砲をはじめたが、御神乱化している真理亜に対しては、ほとんど殺傷能力が無かった。真太は、扉の陰に身を隠して中の出来事を見守るしか手が無かった。

 指令室内を暴れまわる真理亜は、手当たり次第に操作系統を破壊しまくった。指令室にあるあちらこちらの機械から火花と白煙が出始めた。

「やめろ! 航行不能になってしまう」「だめです。もはや舵が効かなくなっております」

 そしてついに、真理亜は原子力機関の制御盤のあるパネルを狙った。

「だめだ! それだけはやめてくれ。それが破壊されると、原子炉が制御不能になって、最悪メルトダウンがおきるんだぞ!」

 その言葉を聞いた真理亜は、その部分をギロリとにらんだ。そして、真理亜は、最初からそれが目的であったかのごとく、それを破壊し尽くした。

「何てことだ! もう終わりだぞ」

 真理亜は指令室の外へ出て行った。空母ドナルド・トランプは制御不能に陥り、いつメルトダウンが起きるとも分からない状態のまま、どこへ行くとも分からない航海を続けることになった。

「負傷者は?」艦長が聞いた。

「今のところ、負傷者は一人も出ていませんが、船は放棄せざるを得ないでしょう」

「誰も食われなかった? この船を破壊することが目的だったのか?」

「もしかしたら、メルトダウンさせることが目的だったのではないでしょうか」

「なんだと?」

「いや、何かそんな気がしただけなんですが……」

「まずは司令部に援軍を要請だ! 空母ドナルド・トランプは、御神乱による攻撃を受けて航行不能と伝えろ」ギリアム艦長が指示した。

「了解。ただ、通信機がどこまで使えるか分かりませんが、とにかく何らかの方法で連絡を取ってみます」

「とにかく、まずは御神乱および同行しているあの男を排除することに専念しつつ、船がいつメルトダウンしても構わないように船外への脱出の準備もしておくように」

「了解」


 瞳は、俊作への面会をあきらめなかった。あれからも何度か来ていたのだったが、そのつど追い返されていた。

「まだ会えない。俊作も、クルムも、みんな収監されちゃった……」


 艦内の騒ぎをよそに、村田は一人甲板にいた。そうして、甲板に引き上げた一機のオスプレイに何や細工をしていた。


 艦橋から階段を降りようとしている真太と真理亜。そこに下から二人を追ってきた米兵たちと出くわした。機関銃で威嚇発砲をする真太。真理亜も咆哮をあげて威嚇している。じわじわと階段を下りて行く二人。

 そうして、二人がやっと甲板の階まで米兵を押し戻していったときのことだった、突然、ガガーンと大きな音とともに船体を大きな揺れとバウンドが襲った。その瞬間、艦内にいたほとんど者が足を救われてその場に倒れ込んだか、あるいは軽くふっ飛ばされた。

 気がついたときには、船は左舷側に傾いた状態で停止していた。座礁したのだ。船首の方がやや上を向いている。座礁した場所は、位置からして、おそらくはハワイ諸島近くにある環礁だろう。

「座礁した! 座礁した!」「大変なことになる!」船員たちが口々にわめきだしている。

 やっと立ち上がった真太。重たい小火器をかついでいるため、動きがにぶい。


「どんな状況だ?」艦橋では、ギリアム艦長が状況を聞いている。

「はい、機械系統は全て破損していますので、憶測での回答になりますが、おそらくハワイ諸島近海の環礁に座礁したものと思われます」航海長が回答した。

「被害の状況および修復の可能性は?」重ねてギリアムは聞いた。

「左舷に傾いた状態で座礁していますので、この角度からすると、原子炉を冷やすための冷却用海水を取り込むのは、今後困難になるものと思われます。このまま冷却ができない場合、近い時間内に引き起こされるメルトダウンは避けられ無いものになると思われます」

「修復はできないのか?」

「原子炉の状況を見に行く程度しかできませんが、これもまた、いつ放射線に被爆するのか分からないので危険すぎます」

「そうか。総員、船を捨てて退避しろ。使えるオスプレイや航空機は全て使用しろ」「通信士。ハワイの司令部に何とか連絡して救援を仰げ」

「了解」


「退避! 退避!」「総員、船を捨てて退避しろ」「メルトダウンの可能性がある。総員、大至急、艦を捨てて退避しろ」艦橋からの指示が出された。

 甲板の下、格納庫の火災は未だ鎮火していなかったが、消火活動をしていた兵士たちも作業を止めてその場を離れた。

 甲板では、先ほどの火災のせいで、エレベーター辺りから黒煙がもうもうと立ち昇っていた。

 すると、甲板にいた人間たちは、あわてて救命ボートやら航空機の方に散っていった。すると、何を思ったか、真理亜は、自らの長い尻尾で真太を甲板側に放った。

「わああ! 何すんだよ、真理亜」甲板に転がる真太。

 真理亜はそれを見ると、一人、再び艦橋内の階段の方へ行き、階下の方へと姿を消してしまった。

「どこへ行くんだ? そっちは原子炉のある方角なんだぞー」「原子炉? ……まさかあいつ!」

 そう真太がつぶやいたときだった、真太の右手をぐいと引き寄せる男の腕があった。

「こっちだ! 早くしろ!」その声の主は、何とあの村田だった。

 村田は、真太の腕をつかんで準備していたオスプレイの中に引き入れた。

「すぐに出るからな」村田が言った。

「お前……! それに、その……、操縦は大丈夫なのか?」状況をよく飲み込めないといった感じで、真太が村田に聞いた。

「ああ、安心しな。燃料も補給してあるから、まあ、ここからだったら、アメリカ本国の西海岸ぐらいまでなら飛んで行けるさ」村田が無表情のまま言った。「このオスプレイには、俺が細工を施した。俺しかこの機体のドアを開けることはできないからな。他の兵隊が乗ってくることは無い。俺とお前だけだ」

 そうして、二人を乗せたオスプレイは若干左舷に傾いて不安定となった甲板を発艦した。

 その少し後からは、遅ればせながらも、エレベーターで甲板に出てきたオスプレイやヘリコプターが南の空に飛び立ってきた。小さくなっていく空母。空母のまわりには、多くの救命ボートがひしめき合っていた。

「甲板が傾いていて戦闘機は使用できない。残念ながら、何人かの犠牲者は出るだろうな」ポツリと村田が言った。村田は、ずっと前方を見たままだった。


 真理亜は原子炉へ向かった。既に、そこに人影は無かった。

 隔壁を破壊する真理亜。座礁して海水の供給されなくなった原子炉は、炉心がむき出しになっていた。


 東へ飛行する真太たちの乗ったオスプレイ。途中、逆方向へ向かうアメリカ海軍のヘリコプター舞台と遭遇した。おそらくはドナルド・トランプの救援に向かっているのだろう。

「ありゃーミイラ取りがミイラにならなけりゃ良いんだがな」村田が冷たく言い放った。

 真太は、さっきからずっと空母の方角を心配そうに見たままだ。

 それからしばらく経ったときだった。真太の見つめる方角、空母ドナルド・トランプの座礁した場所から「ゴーーーーーーン!」と大きな音が鳴り響いた。メルトダウンが起きたのだ。


 そのとき、巨大な水蒸気の煙に包まれながら、空母ドナルド・トランプは沈没していった。そして、その水蒸気爆発の中からは、巨大化し、青御神乱となった真理亜が姿を現した。


「ごめんよー、真理亜」「真理亜ごめんよー。助けられなくてごめんよー。お前を守れなくてごめんよー」真太は、遠ざかるオスプレイの中から、そう、涙を流しながら何度も叫んでいた。

 オスプレイは、一路アメリカの西海岸を目指して、東の空の中に消えていった。


 中国の人民解放軍に奪われた大戸島の二つの棺は、中国の揚陸旗艦に積まれて、東シナ海を一路中国本土に向けて航行していた。東シナ海の海は、西からの陽の光を浴びて、キラキラと輝いていた。

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