第18話
冷蔵庫の横の隙間に挟まっている真太。艦内放送が流れている。
「総員に告ぐ。総員に告ぐ。艦内に大戸島ウイルス罹患者が逃亡中。見つけ次第、排除すべきこと。繰り返す。艦内に大戸島ウイルス罹患者が逃亡中。見つけ次第、排除すべし」
「やっべー」そう、真太は思った。
するとコックは、今度はこともあろうかボイラー室の方へ向かった。ボイラー室の扉を開けるコック長。ドアを開けるや否や「うあー!」という叫び声が聞こえた。
「いかん!」その声を聞いたとき、とっさに真太は隙間から飛び出していき、コック長の背後から襲いかかって彼を締め上げた。関節技をかけられて完落ちしたコック長は「うーん」と言って失神した。真太は、真理亜に食われる前に、彼を自分で始末してしまおうと思ったのである。
ボイラー室の開いたままになっている状態を見て、真太は言葉を失った。ボイラー室の中には、既にほとんどオオトカゲの姿へとメタモルフォーゼした真理亜の姿があったからだ。
「早い。思ったよりずっと進行しいる」そう、真太は思った。
ボイラー室の奥に大きくなった身体をねじ込むようにしている真理亜。尻尾は長くなり、尻尾の先から高等部にかけて青白く点滅している。その姿を見ていると、もう真理亜がかわいそうでかわいそうで、真太の眼には涙がにじんできた。「真理亜はなぜこんな目にあわなくてはならないのだろう。彼女は何か悪いことでもしたろうか?」と。そうして、意を決したように、いや、どちらかと言えばダメもとで、真理亜にこう言ってみた。
「真理亜、お前のアメリカに対する憎しみはよく分かる。でもな、俺にもアメリカ人の血が半分流れているんだ。俺は、俺の故郷が好きだ。でも、この際、そんなことはどうでも良いんだ。お前のことの方が大事だから。……で、お前がこれからやろうとしていることも、俺には何となくは分かる。でもな、真理亜、頼むから、人だけは食わんでくれ。頼む。お願いだから、建物とかは壊しても良いから、人だけは食わんでくれ。頼むから……」そう、押しつぶしたように、かつ、言葉を絞りだしながら真太は真理亜に懇願した。頭を下に向け、顔を絞るように、目から涙をこぼしながら……。
すると、どうだろう、一瞬、真理亜の身体のまわりに青い蛍のような光が舞いはじめ、薄い青い光に包まれながら、元の真理亜の姿に戻った。しかし、下を向いて嗚咽しながら懇願している真太には、その現象を目に留める機会は来なかった。青い柔らかな光に包まれた真理亜は、真太の姿を静かに聞いていた。
そこに、米兵たちの足音が近づいてきた。
「おい、今度はこっちを見てみよう」
その声を聴いた瞬間、真理亜の青い光は消え、元のオオトカゲの姿に戻ってしまった。真太もまた、頭を上げ、我に返った。
「逃げよう。真理亜」
二人は、ボイラー室から飛び出て、再び艦内のあてもない逃亡の旅へと向かった。
艦内の格納庫、そこには選り抜きの兵士が集結させられていた。彼らは御神乱排除の為に集められた精鋭部隊だった。
「失神していたコック長の目撃情報によると、ウイルス罹患者は、既にオオトカゲの状態にまでメタモルフォーゼが進行していて、体長も二メートルを超えているとのことだ。この状態にまでなった御神乱は、小火器レベルでの攻撃で死に至らしめることは不可能だ。もはや人ではないのだ。場合によっては、ロケットランチャー、バズーカ等の使用を許可する。ただし、艦内には、各種の戦闘機や戦闘ヘリなど、または火薬を使用している兵器も多いため、その使用には十分に注意するように。また、行動については、決して単独行動はとらないように。必ず少なくとも三名以上で行動するように。以上」
「了解」
村田は、しばらくは自室で養生するように言われていた。しかし、村田はその指示を破り、そこを抜け出して、艦内へ出て行った。
瞳は、大阪市住吉区にある留置所にやって来た。俊作に会いに来たのだ。俊作が逮捕され、連行されて言ったことを知り、彼がどこに収監されているのか、あれから色々と調べてやっとたどりついた場所だったのだ。だが、会わせてらうことはできなかった。多分、現状の政権での面会が難しいことは、ある程度は予測していたことだった。肩を落としうなだれて建物を後にする瞳だった。
収監されたクルムの部屋。クルムは壁にもたれかかって、ぼんやりと何事か考え事をしていた。その壁の窓からは大阪湾が見える。すると、その大阪湾の方面に点滅する青白い光が現れたのだが、クルムはそれに気がつくはずもなかった。
大阪湾の海中に現れた巨大な青白い点滅は、やがて淀川に入り、川上の方に動いていった。
道頓堀の悲劇の後も、デモが収束する兆しはなかった。それどころか、アメリカが引き起こした出来事は、日本国民のアメリカに対する反抗心に火をつけ、反米運動はさらに激化していった。
その日も、大規模デモが大阪市中を練り歩いていた。既に夕方近くになっていた。たなびく旗やのぼり、シュプレヒコールが町中に響いていた。そして、その群衆の大きな塊は幅広い道いっぱいに広がり、交通を麻痺させていた。
すると、群衆の進む対抗線上の低空、夕日に染まる西の空から米軍のヘリが現れた。すると、その軍用ヘリは、こともあろうか、群衆に向けて機銃掃射を浴びせ始めた。群衆は、悲鳴と怒号を米軍にあびせながらチリジリに散って行った。あとには、何人かの血を流して負傷した人と遺体が残った。ヘリは路上に着陸し、中から兵隊が出てきた。そして、さらに抵抗を続けている若者を連れ去ろうとして、路上のあちこちでもみ合いがはじまった。ここのところ、大阪の都心はいつもこんな感じになっていた。
しかし、この日のデモの結末は、少し違っていた。そのとき、ヘリの来た方角の街角に巨大な御神乱が現れたのだ。それを認めたアメリカ兵が、慌てて上に連絡を取っている。
「御神乱。御神乱が現れました! 大きなタイプです。大戸島から散逸したものだと思われます。指示をください。ああ! うわー……」
御神乱は、ヘリコプターを破壊し、そこら辺に存在している米兵もデモ隊もかまわず手当たり次第に手にして食らい始めた。逃げ惑う人々、アメリカ兵は自動操縦やマシンガンを放つ、デモ隊の一部で火炎瓶を持っているものは、それを御神乱に向けて投げつけたが、それによって何らかの効果が期待できるような相手ではなかった。
既に陽は沈み、街には夜のとばりが訪れようとしていた。広いメインストリートは赤く染まっていて、そこには食い散らかされた遺体が散乱していた。御神乱は、足を血に濡らしながら、東の方向へ進んでいった。
ホワイトハウスの大統領執務室に、大阪に出現した御神乱の情報がもたらされた。サンダースは言った。
「今後、日本に出現する御神乱については総力を挙げて排除しろ。もちろん、殺してもかまわんからな」
「了解しました。ちなみに、大阪の直後に沖縄・博多・名古屋・札幌にも御神乱が上陸しているとの情報があります。今後も大戸島タイプ巨大化した御神乱が各地に出現する可能性があると思われます」
在日米軍は、各地に上陸した巨大な御神乱への攻撃命令を出した。攻撃型ヘリコプターの編隊が大阪市中および名古屋、福岡、札幌に投入された。
大阪に現れた御神乱は、アメリカ軍占領軍司令部と暫定日本政府のある大阪府庁を破壊していた。ヘリコプターの編隊は、そこに搭載されたミサイルを情け容赦なく御神乱にぶちこんだ。体中のあちこちから赤い血が噴き出す御神乱。星空に向かって咆哮をあげている。そうして、血を流しながら、その地に浸ったアスファルトを踏みしめながら、のそりのそりと東に向かって歩き始めた。
日本国暫定政府の儲けられた大阪府庁舎。御神乱は、谷町筋から天満橋を越えて、そこへ向かおうとしていた。御神乱のターゲットは、他でもない、日本国政府およびアメリカ政府なのだ。大戸島の島民にとっては、自分たちを破滅に追いやった張本人は、他でもないこの二者であるからだ。
大阪府庁舎は大阪城内にあり、大阪城を背にして立っていた。アメリカは、航空機によるパトリオットミサイルによる攻撃を許可した。西の空から攻撃ヘリの部隊がやって来た。御神乱は天満橋のやや上流の淀川にいた。よろよろと川上に歩いている。淀川は、夜でよく分からないのだが、真っ赤に染まってよどんでいるはずだった。
攻撃ヘリから御神乱にミサイルが浴びせられる。咆哮をあげる御神乱。その咆哮は、大阪の夜空に大きくこだましていた。何とかして倒れまいとする御神乱。庁舎を破壊しようと試みようとしている。頭を振ってしきりに抵抗しようとする御神乱。大阪城の方に逃げようとする。そこを執拗に攻撃するヘリ部隊。大阪城は、暴れる御神乱の身体と尻尾によって、その躯体だけを残して、ほぼ破壊されてしまった。そのかつて大阪城だったコンクリートの塊に倒れ込む御神乱。そして、ミサイルの一発は、ついに御神乱の頭部に命中した。どうと崩れ落ちる御神乱。その頭は砕け散っていた。
夜が明けた。御神乱の巨大な死体が壊れた大阪城に倒れ込んでいて、それを東から上った朝日が照らしていた。淀川は真っ赤に染まっていた。
その夜、同じような悲劇は、名古屋・札幌・福岡でも起きていた。名古屋、札幌、福岡の市街地には、巨大な傷ついて血まみれになった巨大な御神乱の死体が横たわっていた。この頃から、大戸島から散逸した御神乱たちは、日本の主要都市に上陸るようになった。
翌朝、日本中のニュースが昨夜の悲劇を伝えていた。
「昨夜、大戸島から散逸したと思われる巨大な御神乱が、大阪都、福岡市、名古屋市、札幌市に上陸。各都市に甚大な被害をもたらしています。首都大阪には、アメリカ軍によって頭を砕かれた巨大な御神乱の遺体が大阪城に横たわっています」
「こちら、福岡では、昨日夕方、志賀島の沖合に姿を現した御神乱は、博多駅を襲撃した後、筑後川を上り、天神市街に上陸。駆けつけた米軍との激しい攻防の末、岩田屋デパートに倒れ込みました」
「昨夜の御神乱による全国の被害状況につきまして、現在のところ、まだ把握できておりませんが、死傷者は、少なくとも千人を超えると思われます」
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