第17話
村田は、縛られた椅子の上でもがいていた。座ったままの状態でトントントンと飛び跳ねながら位置を移動し、部屋の端に向かった。そして、そこで何とか椅子を倒して寝転んだ状態になった。彼は、何かエッジのとがったものがないかと部屋を見渡し、今度はその方向へ椅子を引きずりながら移動していった。
空母内、真理亜と真太は艦内をあてもなく逃亡していた。そして、人気の無いボイラー室(おそらくは調理室関連の)に入り込んだ。真理亜の顔のケロイドは大きく広がっていた。背中は激しく光り、そして、Gパンのためによくは分からないが、おそらくは脊髄あたりからは尻尾らしきものが伸び始めているのだろう。
「真理亜、絶対にお前を殺させはしない。ここから何とか脱出する方法を見つけてやるからな」真太が真理亜に言う。「俺は一生お前を守ってやるからな」
「何それ、プロポーズのつもり。私たち親友なんでしょ」皮肉っぽく真理亜が言う。
「いや、まあ、その、……相変わらず、口が減らないやつだな」真太が言った。
「まあ、いいわ。こうやってしゃべってられるのも、もうあと少ししかないと思うから、見といてもらうわ」
そう言うと、真理亜は自ら自分のブラウスを脱ぎ始め、ブラジャーもはずした。そして、履いていたGパンも。すると、背中にまるまっていた尻尾のようなものがするりと床に落ちた。それもまた青白く光っている。
「おいおい、ここで何をおっぱじめようってのか?」
しかし、真理亜の身体から現れたのは、皮膚移植によってつぎはぎだらけになった身体だった。真太の眼に最初その姿が飛び込んできた時、彼は「えっホルスタイン? いや三毛猫?」と思ってしまったほどだった。よく見ると、そこには体中を移植手術による太い縫い目があちこちに走っていた。しかも、それらの皮膚は、白い皮膚、黒い皮膚、黄色い皮膚などがモザイクのように張ってある。右の乳首にいたっては、それが皮膚の移植によるものなのか、それとも火傷によるものかは分からないが、形がつぶれて無くなっていた。彼女がいつも長袖だったのは、これを隠すためだったのだ。
「どう、あなたは一生私を守るって言ったけど、こんな私でも抱ける?」そう、言い放った真理亜。
真太は絶句していた。
「真理亜、それって……」
「さっき、私は世界中の人たちの皮膚移植で生き延びたって言ったでしょ。見て。白人、黒人、色々な人たちの善意で私は生きながらえることができたの。それが、この姿よ」
「……」呆然として見ているしかない真太。
すると、真理亜が再び苦しみだした。息が苦しいようだ。四つん這いになってぜいぜい言っている。
「おい、大丈夫か?」抱きかかえる真太。
「アメリカ、アメリカ……、アメリカが憎い……」真理亜が小さい声でうわごとのように言い始めた。
真理亜に服を着せようとする真太。だが、それに対して真理亜が言った。
「大丈夫。着せないで」
「えっ」
「もうじき、メタモルフォーゼが進行して、身体が変形していくわ。どちらにしろ、服なんか着れなくなる」
そう言ってる間にも、全身が青い色になりかけていた。背中の尻尾はさっきよりもさらに長くなっていた。真理亜は、ペンダントをはずして真太に渡した。
「真太に渡しておくね。それから、私のスマホも……。多分私の背中は青白く光っているんだと思う。修二さんと同じ青御神乱になると思うの」
「青御神乱……?」
「そう、須磨子さんが言ってたわ。青御神乱の方は、赤御神乱よりも罹患したら発病するまでの進行が早く、そして大きくなるそうよ」
「修二君は、その青御神乱になったのか?」
「そうよ。あの日、新宿と東京湾に現れた青御神乱は、蛭子修二さん。笑子さんを追って東京までやって来たの。そして、笑子さんの惨状を目の当たりにし、それをかばっている自身の憎しみの対象である須磨子さんを見た修二さんは、笑子さんに向かって突進したの。それで……」
「核融合反応が起きたって言うのか? ……何てこった!」
「……もう一つ、言える時に言っておくね」息も絶え絶えに真理亜が言い始めた。
「真理亜、もういい。無理すんな!」
「私たち親子がこうなった米軍の事故だけど、当時、戦闘機を操縦してたのは、現在のサンダース大統領よ」
「ええ! 何だって」
「私が独自に調べ上げたの」
アメリカのホワイトハウス、大統領執務室。サンダース大統領は入院中の母親と電話で話していた。
「ママ、具合はどうなの?」
「まあまあね。ところでジョン、あなた今度の選挙はどうなの? 勝てそう?」母親がサンダースに尋ねた。
「もちろんだよ。ママ。俺は、子どもの頃から今まで一度だって負けたことなんてない。ママだって知ってるだろ」
「ええ、もちろんよ、ジョン。あなたはママの言うことを守ってサンダース家の為に頑張ってくれたわ。父親が果たせなかった大統領になる夢だって、あなたがちゃんと叶えてくれた。あなたは本当にサンダース家の誇りだわ」
「ああ、目の前にいる敵は、誰であろうと、いつだって打ち負かす。俺は負け犬には絶対にならない。しかも、今度の敵は、あの老いぼれで弱腰のゲイルだ。俺が負けるはずがない」
「そうね、ジョン。でも、あなた、最近色々と訴えられてるじゃない。大丈夫なの?」
「あんなもんは、全部ゲイル陣営がばらまいているフェイクニュースだ。俺のやっていることがいつだって正義だ」
「そう? それならいいんだけどもね。ほら、あのとき、そう、二十年前の横浜。あのときは、パパの人脈を使ってあなたの名前が出ないようにしたけど……。まあ、ママとしては、あのときあなたが生きていてくれただけで嬉しかったんだけど……」
「何言ってるんだ! ママ、あれは俺のミスじゃない。あれは、同僚のポンコツ整備士のせいだったんだ」次第に激甚してくるサンダース。
「ジョン、そうやってすぐにカッとなるのがあなたの悪いところよ。相手は、あなたのそういうところをついてくるものなの。気をつけてね」
「ああ、分かったよ、ママ、気をつける。それじゃあ、もう少しして、落ち着いたら病院に見舞いに行くから」
「ありがとう。待ってるわ、ジョン」
そう言うと、サンダースの母親は電話を切った。
サンダースは、二十年前の墜落事故のことを思い出していた。
「……そうだ。二十年前、俺はアメリカ海軍第七艦隊の戦闘機乗りとして横須賀の海軍基地にいた。当時四十歳の俺の階級は軍曹で、部下のパイロットを指導する立場にいたんだったな」
彼は、その日のことを回想してみていた。
「サンダース軍曹。こちら横田基地。前方に晴天乱気流あり。回避して飛行するように」
「こちらサンダース。了解。横田基地」
だが、その直後、サンダースの機体は乱気流に巻き込まれた。
「こちら横田基地。乱気流が発生している。減速して高度を下げて回避するように」
「このくらい大丈夫だ。急旋回して回避する」
「危険だ。急旋回はするな」
「なあに、俺はベテランパイロットだ。このくらい大丈夫さ」
「やめろ! 危険だ」
「うるさい! 俺に支持するな」
サンダースは急減速した後、九〇度近いターンを行おうとした。その結果、機体は三〇度近く上向きになり失速した。また、急減速した衝撃のため、二機の燃料パイプが破損し、エンジンの再始動さえ不可能になった。彼は、とっさに機体を放棄して射出座席したのだった。機体は直後に空中分解して横浜市街地に墜落、炎上した。
サンダースと彼のパラシュートは、市街地にほど近い森の中に落下していたが、かけつけた米軍に収容された。
その後、軍に取り調べられたサンダースは、事故の原因は自身の操縦ミスではなく、整備不良であったと主張した。操縦時間の長い自分には、こんなミスはありえないとまで言った。彼の戦闘機を整備した整備士も同時に尋問されていたが、特に整備上のミスは認められなかった。ところが、この事故調査の最中のこと、サンダースの父親である、サンダース連邦上院議員からの圧力があったらしく、事故の原因は不明とされたまま調査は終了してしまった。
「しかし、俺は、その年の三月、軍を退役し、父親の選挙の地盤だったアラバマ州の上院議員を八年、アラバマ州知事を四年、そして、当時の大統領の下で国防長官を四年やり遂げた後、ついに大統領に立候補して当選。四年の任期を務めあげたのだ」
縛られて監禁されていた村田は、椅子ごと身を床に倒し、そのままドアのところにはっていった。そして、椅子の脚先をドアにぶつけて音をたてはじめた。音をたてることで、部屋の中に自分がいることを、外を通るであろう誰かに知らせるためだ。
「ガンガン」「ガンガン」と、村田は気長に音をたて続けた。
真太は、ボイラー室に真理亜を隠したまま、調理室をあさっていた。食べ物を超たちしようとしていたのだった。
すると、廊下の方から調理室にコツコツを近づいてくる足音があった。
「やばい」そう思った真太は、とっさに身を隠す場所を探した。そうして、大きな冷蔵のわきに、身を隠せるほどの細い隙間を見つけ、そこに身体をねじこんだ。
ドアを開けて入って来たのはコック長とおぼしき男だった。これから調理の準備に入ろうとしているのか、何かを探している様子で、ガサゴソとあちこち何かを探したり手にしたりし始めた。
村田が閉じ込められている部屋の前の廊下、若い米兵が歩いてくる。すると、米兵はある部屋からカツンカツンとドアをたたくような音を耳にした。彼がドアのところに近寄ってみると、確かにその部屋の中から、誰かがドアを手ではない何か硬質の物でたたいているのが分かった。そして、それは何かのメッセージ(例えば救助信号のような)に聞こえた。
彼はドアの前で、声に出して尋ねてみた。
「誰かいるのか?」「どうかしたのか?」「助けが必要なのか?」
すると、中から「うーん」「うーん」と人の声のようなものが聞こえた。
「開けるぞ。いいな」
男は、ドアノブを押してドアを開けようとしたのだが、ドアは部屋側の方に開くようになっており、村田が縛り付けられた椅子がドアの妨げになっていて、思うように開かなかった。しかし、少しだけ開いたそのドアの隙間からは、男が椅子に縛り付けられて寝転がっている姿は見て取れた。
「おい、お前、もう少し向こうに下がれるか。これじゃあドアが開かないんだ」
すると、芋虫のように横になったまま、村田は身体をくねらせて、何とかドアから退いた。
男は、ドアを開けて部屋に入って来た。
「一体どうしたんだ? 何があった?」
米兵はそう言うと、紐を解いて、村田の身体を椅子から解放してやった。
「御神乱だ! 御神乱の罹患者が船内にいる。すぐに排除しないと、皆食われてしまう」
「何だと!」
そう言うなり、米兵は、村田を縛られた状態で発見したことと、彼が言う御神乱の罹患者が艦内を逃亡しているらしいことを艦長に報告。指示を仰いだ。ただ、何故だか村田は真太のことには一言も触れなかった。そして、罹患者が救助した真理亜であることも。
報告を受けたギリアム艦長は、指示を出した。
「艦内に大戸島ウイルス罹患者が逃亡中。見つけ次第、排除すべきこと」館内放送が出された。そして、さらに艦長は指示を出した。
「捜索部隊を編成して、艦内をくまなく探せ」
「了解」
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