第16話
空母内の真理亜の部屋、彼女の話は続いていた。
「だけど、どうして真理亜は発症したんだ? 怒りのターゲットは何なの?」真太が心配そうに真理亜に尋ねた。
「アメリカそのものよ」真理亜が答えた。
「アメリカだって?」
「そうよ。その理由について説明するわね」
「ああ」
「日本本土に渡った私の母は、横浜に住み始めたわ。そして、そこで私を産んだの。母はその地で、女手一つで私を育てたの」
「そうだったのか」
「でもね、私が十二歳になったとき、再び私たち親子を不幸が襲ったわ」ため息交じりに真理亜が言った。
「何が起きたんだい?」
「今から二十年前に起きた、横須賀のアメリカ海軍に所属していた戦闘機の落下事故よ。大きな事故でニュースにもなったから、聞いたことあるでしょ」
「ああ」
「練習中のアメリカ海軍の戦闘機が、整備不良なのか操縦ミスなのか、今でも本当のところは闇に葬られたままだけど、それが住宅街の上空で失速、住宅地に墜落したの。戦闘機に乗っていた米兵は緊急脱出装置で脱出し、近くの森に着地。その後、救護に来たアメリカ軍に保護された。だけど、墜落した戦闘機は公園で大破、その破片が周囲の住宅地に飛び散って火災を引き起こした。そのときの火災で、一番被害の大きかったアパートが、私たち親子が住んでいたアパートよ」
「……」
「そのとき、周囲は騒然とした。たくさんの救急車と消防車がアパートの周囲を埋め尽くしていたわ。だけど、アメリカ軍の救援は、一つもやって来なかった。火事で母も私も全身に大やけどを負ったわ。私と母は意識不明の状態で、別の病室に運ばれていた」
「思い出してきたよ。あのときは、随分と話題になったな」
「そう。それで、私のために全世界から移植用の皮膚を提供する人が現れたの。そのかいもあって、私は一命をとりとめた。だけど、意識を回復したときには、既に母親は亡くなっていた。その事実は、私の精神状態をおもんばかって、しばらく私に告げられることはなかった。事故の原因が事故だったのか操縦ミスだったのか、未だに分からない。日本政府や神奈川県知事がアメリカに要求したけれど、戦闘機のパイロットが誰だったのか、整備士が誰だったのか、全く発表されないどころか、調査もされてないのよ。もちろん、日本の警察も動けなかったわ」
「それでアメリカを……」
「そうよ。だけど、母親は私の小さい時から私に言い聞かせていたわ。『アメリカを憎んじゃだめよ』『決して怒っちゃだめよ』って。今考えれば、あれは、私に発症させないために、ああ言ってたのね」
「今までは、怒りを抑えて生きてきてたのか?」
「そうよ。私はね、はたから見れば、いつもまわりに当たり散らしているように見えるかもしれないけど、本当は怒っているわけじゃないのよ。恨みとか憎しみというものは、抱かないようにしてきたの」
「それが、何でここにきて?」
「ここんとこ、毎日ニュースで日本の状況が出てるわよね」
「ああ、ひどいことになってんな」
「そう、それでアメリカ。……まあ、アメリカだけじゃないみたいだけどね、日本人が、いや日本というもの自体が凌辱されているじゃない。あのときと同じように」
「……」
「今の日本に主権は存在していない。私や私の母と同じように、ううん、これまでも沖縄なんかで起きてきたようなことが、今や日本全国で起きているのよ。日本は今やそんな状況に置かれたの。それを毎日知るたびに、私の中に、これまでずっと抑え込んできたアメリカへの怒りが芽生えたわ。そしたら、こんな姿になっちゃった。多分、背中もたまには光ってるんだと思うわ。そんな私が、まさかアメリカ海軍に救出されるなんてね……。皮肉以外の何ものでもないわ」
「我慢するんだ。怒りを押し殺すんだ。そうすれば、きっとまたもとに戻るさ」
「これまではね……。それで背中の光を抑えてきたの。でも、今回は難しい気がするわ。たぶん、これからは急速に御神乱化が進んでいくと思う」
「そんな! ……そんなこと言うなよ。俺が治す。俺が必ず真理亜を治すから」そう言うと、真太は真理亜の肩をぐっと抱き寄せた。
涙ぐむ真理亜。
「……それに、あの村田とかいう日系人らしい男」
「えっ! 村田」
「あいつが毎日やって来ては、根掘り葉掘り笑子さんや修二さんのことを質問するのよね。それに、どういうわけだか、私の過去のこともね。もう、あったまにきちゃう! まあ、そのこともあって、アメリカへの恨みが進行したんだと思うわ」
「村田は俺の高校時代の親友だ」
「何ですって!」
「俺をこの船に乗せてくれたのも、村田のはからいなんだぜ」
「だけど、何かいやな奴よ。それに、この船の指揮下に入っている人間というよりも、アメリカ本国の誰かと独自に通じている様子だし」
「……そうなのか?」
「何でも話せば、私を日本に帰してくれるって言ってたけど、どうだか疑わしいわ」
そう聞いて、怪訝な表情をする真太。
「……で、村田は、今度はいつ真理亜を呼びに来るんだ?」
「コンコン」真理亜の部屋にノックの音がした。
村田が真理亜の部屋にやって来たのだ。
「入るぞ」
扉が開いて村田が部屋の中入ってきた。
「聴取の時間だ。いっしょに来てもらう」ドアのそばに立って村田が真理亜に命令する。
「もう全部話したでしょ。あれが全部よ」真理亜が抵抗して言った。
「いや、まだお前の生い立ちについて聞いていないからな」
「えっ、何それ?」
既に村田は、真理亜の生い立ちについて、何かしらの情報を得ているようだった。
そのとき、ドアのかげに身を潜めていた真太が、村田を背後から羽交い締めにした。
「うわっ!」声を上げる村田。
「てめえ、どういうつもりだよ!」真太が村田を締め上げながら言った。
もがく村田、それを背中から投げ飛ばす真太。村田の身体は、激しく床に打ち付けられた。
「いってぇ……。何でお前がここにいるんだ?」
「俺と真理亜はなあ……、俺と真理亜は……」息が上がっている真太。
真太の言葉の続きに期待している真理亜。自分の放った言葉の続きについて、少し迷っている感じの真太。
「親友だ!」
真太のその言葉にがっくりとする真理亜。
「下手なことすると、お前といえども容赦はしないからな」
「何だって!」驚きを隠せない村田。
「村田、一体お前何もんだ? 単なる軍人じゃないな。スパイか?」
「真太、胸の内ポケットにあるスマホ。軍の通信機じゃない。よく連絡してる。調べてみて」真理亜が言った。
「オーケー」
そう言いながら、真太は村田の内ポケットをまさぐり、スマホを取り出した。
「ロックは指紋認証か」
そう言うと、真太は、村田の右手の人差し指をつかんでスマホを解除した。そうして、着信履歴を調べた。
「……やっぱりな。村田、お前CIAだな? 誰の指示だ? 上は誰なんだよ?」
「……」村田は黙ったままだ。
「言え!」
真太は、関節技をきかせて、息もできないくらいに村田をきつく締め上げた。
「……サ、サンダース大統領さ。彼に直属として雇われている。相変わらずお前は強いな。かなわねえよ」息も絶え絶えに答える村田。
「何て奴だ。もしかして、俺をこの船に乗せてくれたのも、俺から情報を得るためなのか?」
「ああ、そうとも。ペーペーとは言え、日本の内閣府にいる友人とは、親しくしとかなきゃな。どんな情報が得られるとも限らないしな」
「俺は、お前の好意から船に乗せてくれたもんだと思ってたよ。親友であるお前を信じてた」真太が言い放った。
「親友ねえ」ため息交じりに、ポツリと真理亜がつぶやいた。
「ああ、親友だったさ。高校時代はね。いじめられ者どうしの仲間だったさ」村田が続けて言った「だけど、社会に出てから、俺はもっと現実に向かい合わざるを得なかったのさ」
「現実って何だよ?」
「お前みたいなハーフだのクオーターだかの子とは違い、俺のように両親とも日本人であるような移民の子がアメリカで生きていくためには、アメリカにおもねるように生きていくしかない。つまり、それはアメリカへの忠誠心とか愛国心を、元から住んでいる白人や黒人以上に示しながら生きていくってことなんだよ」
「……」
「お前は、父親がアメリカの軍人だし、大学を卒業後に母親の母国の日本に渡り、そこで自分自身の英語だの何だののスキルをうまく使って出世した。だけど、俺にはそんなものは無かった」
「それで、CIAか」真太が聞いた。
「ああ、最もアメリカへの忠誠と愛国心が示せるしな。飯島、お前知ってるか? 9.11のとき、最も哀悼の意を示していたのは、実は、多くは移民の人たちだってことを。アメリカが世界のリーダーであることを描きたがる映画監督のローランド・エメリッヒが移民であることを……。俺たちは、その意思を示しながらでないと、あの国で生きてはいけないんだよ」
「……で、今、そのアメリカがお前の両親の母国である日本を凌辱し始めてるってことについては、お前はどう思ってるんだ? 特にサンダースってのは、移民に対しては、排除するような政策をとっている大統領じゃないか」
「ああ、そうさ。だから、彼の懐に入った。そうすれば、少なくとも、俺や俺の家族は安泰だからな。日本なんて、サンダースの言うように、占領してアメリカの51番目の州に入っちゃえば良いんだよ。そうすれば、俺たち移民は、少しは良い顔して暮らせる」
「ひどい!」真理亜が叫んだ「そんなの許せない」
そう言った真理亜の背中が青白く光りはじめ、真理亜は激しいめまいに襲われた。顔のケロイドは広く広がり始めている。
「おい、大丈夫か?」真理亜を抱きかかえる真太。
「何だ、この女、どうなってるんだ? まさか……」村田が恐怖におびえた声で言った。
「ああ、そうさ。真理亜は御神乱ウイルスに罹患している」
「ひぃ、食われる。助けてくれ」もがき、真太の腕から逃れようとする村田。
「おっと、そうはいかねえんだよ。真理亜を殺させるわけにはいかないからな」
真太はそう言うと、村田を殴り倒してぼこぼこにし、さるぐつわをかませ、椅子に座らせた状態で縛り、そこに放置した。
「逃げよう、真理亜」真太は、真理亜を部屋から連れ出した。
真理亜の背中は脊髄に沿って激しく青い光を放っており、そこが隆起し始めている。二人は、廊下に出て、身を隠しながら艦内をさまよいはじめた。苦しみながら、よたよたと真太に連れられて歩く真理亜だった。
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