第20話
大戸島の娘 第二部「マリア降臨」(後編)
キラキラと、太陽の光を受けて輝いている東シナ海の海面。
大戸島から盗んだ二つの棺を乗せた中国の揚陸旗艦は、一路中国の軍港を目指して北へ進んでいた。
やがて水平線の向こうに中国のとある軍港が見えて来た。青島(チンタオ)だ。しかし、航行する船の数キロ後方の海面下を青白く点滅する光がうねうねと泳いでいた。
青島の軍港に接岸する揚陸艦。大戸島から持ち出された二つの石棺は、今まさに船内から甲板に引き出され、桟橋では、石棺の上陸の準備がなされていた。
しかし、ほどなくして海面に巨大な御神乱が頭を出した。背中から頭にかけて青白い光を放ちながら港へ歩いてくる御神乱。
次第にその巨体の全容が現れる。この御神乱は左脚を怪我しているようで、少し足を引きずっていた。
軍港では、それに気がついた人々が逃げ惑っていた。船から離れる人々。陸地でも、市街地方面に逃げる人々で大混乱になっていた。
「御神乱出現。御神乱出現。大至急攻撃をお願いします。大戸島から離散した一体と思われます」
軍港本部から戦闘機部隊による攻撃要請が出された。
ついに、青御神乱は揚陸艦に到着。そして、甲板に出されていた二体の御神体をわしづかみにした。そうして、それを持ったまま振り返り、元来た海へ戻るアクションを取ろうとしていた。
そこに、西の雲間から、スクランブル発進してきた中国海軍の戦闘機が現れた。
御神乱にミサイルを浴びせる攻撃隊。御神乱の身体から血が噴き出る。もがき苦しむ御神乱。ミサイルによる攻撃は、モンスターの生きの音を止めるまで、執拗に続けられた。そうして、ついに立っていられなくなった青御神乱。しだいに背中の青い点滅が弱くなっていく。
苦しみの咆哮をあげる御神乱。その苦しさのあまり、彼は持っていた御神体を手放してしまった。
「おばばさま、御神体を守れず……、すみませんでした」その御神乱は、心の中でそう叫んだ。
弱り切った御神乱の頭をとどめのミサイルが狙う。そして、次の瞬間、怪物の頭は吹き飛んだ。ついに、彼は海に倒れた。
蓋が空いて宙を舞う御神体。中から二つの隕石らしきものが飛び出してきた。そして、それらは黄海に落下した。
光らなくなった御神乱は、海面にうつぶせになって倒れていた。
「御神乱への攻撃、完了しました。青島軍港および市街地への被害はゼロ」航空機部隊の隊長らしき男が本部へ連絡した。
しかし、揚陸艦に乗っていた乗組員の心中は穏やかではなかった。
「俺たちがやっとの思いでここまで運んで来た石棺を……」
「しかも、中身が飛び散ってしまっている」
「これってウイルスなんじゃなかったっけ?」
「……ああ」
「だったら、ここから世界中に御神乱ウイルスが拡散していくってことなんじゃないのか? 大戸島の人たち以外でも御神乱になるってことなんじゃないのか?」
「とりあえず、上に報告だ」
「ま、上はどうせ隠しとけって言うだろうけどね。どうなっても知らないよ」
「これで、せっかくの常温核融合も水の泡だ。俺たちの上は、政府からこっぴどく叱られるぞ」
「俺たちもある程度覚悟しとかなくちゃな」
中東のとある街角。素顔をさらした女性が歩いている。すると、通りかかった男性が女性に向かって大声を出した。男は自動小銃をかかえており、町を見廻っている政府の兵士らしかった。
「おいそこの女。ブルカをつけずに外出するな」
その声に驚いた女性は、顔を隠しながら小走りに走り出す。すると、男は持っていた自動小銃を女めがけて連射した。女性の頭と胸から血が噴き出し、その場で道に倒れるこんでしまった。
通りにいた市民は、誰もそれについて見るでもなく、目をそむけるでもなく、その出来事について一言もしゃべることもなく、男であろうと女であろうと、静かにその光景を見守っていた。
この国では、女性は、顔をあらわにすることも、教育を受けることも、政治に参加することも許されなくなっていた。
アメリカのとあるハイスクール。月曜日の朝、授業が始まろうとしているときだった。ある男子生徒が家から持ち出したライフル銃を教室にいた生徒たちに向けて連射した。
「キャー!」「何すんの!」
生徒たちは本能的に伏せたが、何人かの生徒の身体に銃弾が当たった。
ライフルを持った生徒は、隣のクラスでも銃弾を発射し続け、やがて銃弾が無くなるまで校内で撃ちまくった。
その後、駆けつけて来た警察官たちに取り押さえられた男子生徒は、パトカーに乗せられて行った。
「どうして診てもらえないんですか!」
アメリカのシカゴにある大きな総合病院。移民らしい母と娘が受付で懇願している。若い母親に抱きかかえられた幼い娘は、チアノーゼを起こしていた。その頭には、可愛らしい蝶々の形のカチューシャがつけられていた。
「あなた方は保険に入っておられないからです」
「私たち、移民なんです」
「それなら移民保険に加入して下さい」
「今は、払うお金が無いんです」
「じゃあ、ダメです。残念ですが、娘さんを診てあげることはできません」
そう受付で言われた母親は、娘を抱きかかえながら、肩を落として病院を出て行った。悲しそうな母親の背中は、ほんのりと青白く光っていた。
巨大御神乱による大阪都の襲撃の後、大阪は、御堂筋と谷町筋の道路が破損し、天満橋界隈の一部建物が火災にあっていたが、おおむね日常を取り戻しつつあった。
朝、夜明けとともに新聞配達が新聞を配り、通勤時間になれば、駅の構内は、通勤や通学の人たちであふれかえっていた。
午前中は、住宅地のベランダに洗濯物が干され、植木に水を撒くものを見かけられた。学校では、児童生徒たちが授業を受けていて、運動場では、子どもたちが走りまわっていた。それは、のどかな日常の風景だった。
日中、オフィス街では、皆がいつも通りの仕事をし、営業に出かけるもの、研究に精を出す者、金勘定をするもの、事務処理をする者、配送作業をする者、すべてのルーティーンがまわっていた。
昼下がりから夕刻にかけては、心斎橋、天神橋、黒門町など、あちこちにあるアーケード街は人々でにぎわい、みなみや北にあるデパートも買い物客でいっぱいになった。映画館も美容院も、通常通りの営業だった。
夕方にもなれば、子どもたちはそれぞれ、学童に行ったり、塾や習い事に行ったりしていた。
道頓堀では、有名な屋台のたこ焼きがいつも通りに売られており、いつも通りに長蛇の列ができていた。駅周辺に必ずある立ち食いうどんも繁盛していた。みなみでは、新喜劇が上演され、なじみの客でいっぱいになっていた。
また、夜には、コンサートが開かれ、路上ライブをやっている若者もいた。
御神乱の襲撃依頼、デモは一時的に鎮静化しており、当然、アメリカ軍による市民への発砲も生きてはいなかった。市街地における米兵による市民とのトラブルも、若干は抑えられているように見えた。
このように、見かけは、いつもと変わらぬ日常だったが、しかし、人間の個人生活の日常をつぶさに観察していくと、そこには少し変化が訪れていた。
「やめて! やめてください!」
日本のとある家庭。母親が父親に殴られている。傍らではまだ幼い息子が泣いている。
「お前のしつけが悪いからだぞ!」
翌日、民生委員がやって来て、母親と息子は引き取られていった。息子の背中は青白く点滅し始めていた。
「あんたなー、タオルの干し方はこうやて、前々から言うてるやろ! それと、靴下のたたみ方はこう!」
「あ、あ、すみません」
「一体、いつになったら、うちのやり方を覚えるんや。料理かて、脂っこくて濃い味のもんばっかやし……、孫が死んだらどうすんねん!」
京都市内のある家庭、その姑は、日常的に嫁をいびっていた。
嫁は、いつもトイレの中で泣きはらしていたが、その日、彼女の背中はピンク色に点滅し始めた。
横浜市内にある商社の物流センター内。そのパワハラ部長は、今日も朝から電話で倉庫責任者を叱っていた。
「バーカ! バーカ! お前、脳みそ入ってんのか? 前の東京の会社じゃ六千人の部下を動かして来た人間だか何だか知らんが、ここにはここのやり方があるんだからな。少しは考えろ。バーカ」
「はあ……。すみません。でも……」
「あー! 何だー……?」
「あ、いえ、何でもないです」
「何だ、俺を刺すんなら指してもいいんだぜ。どうせ、俺を憎く思っている奴は、この会社には五万といるからな。俺とタイマンはるくらいの気構えでやらんかい!」
電話の向こう、倉庫責任者の背中が青白く光り始めた。
その三十歳代の女性が残業を終えて千葉市内にある会社から帰宅すると、両親と兄夫婦、それと彼等の二人の子どもたちが夕飯を食べていた。
「あれ、私のは?」
「あんたの分は作ってないわよ。食べさせて欲しけりゃ、夕飯代くらい払いなさいよね」兄嫁が冷たく彼女に言った。
仕方なしに、コンビニ弁当を買いに行った妹。帰宅後、彼女は実家の自分の部屋でそれを食べ始めたが、兄嫁への憎しみがこみあげてきてどうしようもなくなった。涙をこぼしながら、一人弁当を食べる妹。その背中が青白く光り始めていた。
その熊本県内にある柔道部の顧問は、毎日のように体罰を行っていた。
「気合を入れろー! 全員、ビンタだ」「何だそのざまは!」「校庭三十周走って来い!」
校庭を走らされる部員たち。彼等の背中が柔道着を通してホンノリと赤や青に光り始めていた。
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