第14話

「とうとう憂慮すべき事態が起きてしまいました。本日、日本橋から道頓堀に行進中だったデモ隊に対し、こともあろうか、アメリカ兵が発砲するという事件が起きました。そして、アメリカ兵の撃った銃弾は、罪の無い七歳の少女に当たり、少女は命を落としてしまいました」「これは、明らかに、アメリカ軍による暴挙と言わざるを得ません。日本政府は、正式にアメリカ政府に対して抗議をすべきです」

 その日のニュースは、さすがに強い口調でアメリカ軍を非難していた。


「だから言ったんです! アメリカにばかり頼ってるからこんなことになった!」大阪府庁内で松倉に対して激甚する鹿島。「これはもはやアメリカによる日本人への蹂躙ですよ! 断固としてアメリカ政府に抗議すべきです。国際問題としても提起すべき事件です。最低限、それくらいはやらないと……」

「……」松倉は黙ったままだ。

 最近の松倉は、このように押し黙って考え込むことが多くなっていた。本当に何か解決策を考えているのか、それとも、考えているふりをしているだけなのか、鹿島には判別がつかなかった。

「松倉さん……、何か言って下さいよ!」


 瑛太の通う中学校の給食の時間、配膳中にも久志は瑛太にからんできた。瑛太に箸を渡してあげる久志。ところが、瑛太が箸をつかんでとろうとするが、久志は箸を離さない。

 あれっという顔をする瑛太。そして、それを見ていたまわりから、またしても笑いが起きた。

「お前、そこは乗っかって、何か言うとこやろがい」久志が言った。

 久志を睨み付ける瑛太。それに対して、久志が言った。

「え? 俺、何か悪いことした?」「俺、何か君に悪いことしましたか? 注目させてやってるんやから、喜ばれることはあっても、恨まれるようなことをしてるつもりはあらへんがな」


「よろしくお願いします」和磨は瑛太の家を訪問した。和磨は、この日から瑛太の家庭教師をやることになったのだ。

「こんばんは。よろしくお願いします」弱い声で、自身無げに挨拶する瑛太。

「ん? どうした? 何か元気ないな」和磨がそう声をかける。

「この子、学校で何かいやなことがあるみたいなんですけど……、それが、なかなかはっきり言ってくれなくて困ってるんです」瑛太の母親がそう言った。

「そうでしたか」

 その日、勉強のかたわら、和磨は学校で久志とその仲間たちにやられている現状を聞きだした。


「それはイジリじゃない。イジメって言うんだ。いや、本当はそもそもムチャブリやイジリもいじめなのかもしれないんだがな」

「そうなの?」

「イジメかどうかというのはな、やっている方がどう思っているかどうかじゃなく、やられている方がどう思うかなんだ。これが国際基準の考え方だ」

「だって、考えてごらんよ、もしもいじめた側がよく言ってる『そんなつもりでやったんじゃありません』なんていう言い分がいつも通るんであれば、永遠にイジメなんて無くなるはずがないじゃないか」

「あー、そうだね。でも、その子は、僕に注目を浴びる場を作ってやってるんだって言うんだ。だら、いじめじゃなくし、俺に感謝しろって言うんだよ」

「じゃあ、君はどうなんだ。目立ちたいのか? 人前で注目されたいのか?」

「いいや、どちらかと言えば、そんなのは嫌だよ」

「君の嫌がることを仕掛けてくるのであれば、それは立派ないじめだ」

「そうなんだ」


 真理亜はこの二年間に大戸島および東京でおきた出来事について話を終えた。

「これが全てよ。もういいでしょう。日本に帰してちょうだい」

「帰すのは良いが、東京はもうとっくに無いよ」

 首都を失い、政府状態となった日本のまわりには、既に中国・アメリカ・ロシアの軍隊がやってきていた。

「でも、日本なら大丈夫だよ。核武装した我々アメリカの原子力空母と原子力潜水艦が既に日本を包囲しているからね」取り調べを行っているアメリカ軍人はこう言った。

「そんなの許さない」真理亜がきっぱりと言い放った。

そして、そう言う彼女の顔の右目あたりは、既に緑色のケロイドができていた。


 遠くに無線が聞こえている。

「彼女はどうしますか?」

「とりあえず、本国へ連れて来い。横須賀はもう使えんからな」

「了解」

 村田は、スマホを胸の奥ポケットにしまいながら、部屋に戻って来た。

「あれっ?」と、真理亜は思った。あれは無線機ではない。私用のスマホらしい。村田が話しているその声は、艦内の誰かとではなく、アメリカ本国の誰かでもあるようだった。村田の上司は艦内にいる誰かではないのか? それとも、村田という男は、別の部署の誰かの指揮下に入っている人物なのだろうか? そう思った真理亜だった。


 横須賀の海軍基地および厚木基地は、東京の消失とともに廃棄されていた。母港を失った第七艦隊の空母は、補給のため、とりあえずホノルルを目指した。


 道頓堀での少女死亡事件を受け、市民団体や学生運動などは、共同で暫定政府に意見書を提出しに行った。大阪府庁舎内にある日本国暫定政府の応接室、和磨達の姿もその中にあった。

「今回道頓堀で起きた、アメリカ軍による日本市民に対する発砲事件は、国民として決して容認するわけにはいきません。アメリカ政府に対しては、断固抗議を表明するとともに、日本国暫定政府に対しても、今後は決してこのようなことの起きぬよう、対処を申し入れる所存であります」和磨が代表として要望書を松倉総理に手渡した。

「分かりました。善処いたします」松倉が力なくそう言った。

 しかし、この松倉の言い方は、集まった市民団体たちの気持ちを逆なでにした。

「ちょっと! 善処とは何ですか! あなたたち、私たちをバカにしてるんですか?」集まっていた団体の女性の誰かがそう言った。

「そうだ! あんたらは、いつもなしのつぶてだ。今まで何もしてこなかったじゃないか」

「ちょっとは何か国民の為になるようなことをしろ!」

「何の為の暫定政府だ!」

 厳しい声が松倉と鹿島に浴びせられた。しかし、松倉はいつものように押し黙ってそれをスルーしようとしていた。隣にいる鹿島は、その姿を見ながらため息をついた。


 庁舎に押しかけていた市民団体の連中が去って行った後の暫定総理大臣室。

「どうするおつもりです? その要望書」鹿島が松倉に言った。

 松倉は要望書をパラパラとめくりながら力無げに言った。

「とりあえず、アメリカさんには出すよ。……でも、これでまたサンダース大統領の気を損ねて日本人に対して強気に出られても困るんだがな」

「松倉さん……」返す言葉の無い鹿島副総理。

「サンダース大統領って? 日本に対する一連の強硬な占領政策は、ハミルトン司令官ではなくてサンダース大統領の方針なのですか?」鹿島が松倉に聞いた。

「直接聞いたわけではないが、おそらくそうなのだろうと思うよ。ハミルトン司令官は、そんな強硬派ではないしな……。やるとすれば、サンダースだ。日本の再占領とかも、全てサンダース大統領からの指示なのだろうな」

「では、もしも年末に行われる大統領選挙でサンダースが負ければ、アメリカによる日本再占領は終わりますかね」

「まあ、それは隣の国のことだし、何とも分からないがね」


 里穂の家庭教師の時間、里穂が和磨に言った。

「この前はさ、アメリカが好きだって言ったけど、今は好きなのかどうなのか分からない……」

「そりゃそうさ。今は、日本人はみんなそう思っている」

「どうしてあんなひどいとするしてるの?」

「そうだな……、何でだろうな……」和磨は、それ以上何も言うことができなかった。

「アメリカは自由で民主的な国だと思っていたのに……」

「この前、話したこと、覚えてるか?」

「え?」

「アメリカ人の選んでしまった今のリーダーが、愛国者、独裁者である可能性があるということだよ」


 船室の真理亜。最近は眠れなくなってきている。

「アメリカが憎い。アメリカが憎い。アメリカが憎い……」真理亜は、ベッドに丸まった状態でつぶやいている。ケロイドの発生した目からは、涙がこぼれ落ちてきていて、背中が青白く光っていた。


 真夜中過ぎのことだった。クルムは、この時になってもまだ日本橋にあるホテルに滞在していた。すると、そのホテルに乗り込んできた二人の役員がいた。二人は、しばらく何やらフロントで話していたが、フロントにクルムを呼び出させた。クルムがエレベーターから現れた。

「クルムさん、私たちは、大阪出入国在留管理局の者です。あなたをビザ無しの違法在留の理由により堺市にあります大阪出入国在留管理局に収監しますので、これから至急部屋に戻り、荷物をまとめてもう一度ここへ来てください」

「えっ、違法駐留って……。そもそもビザは必要無かったのでは?」

「はい。ですが、クルムさんが日本へ来られてから既に二週間以上が過ぎています。今後は何らかのビザが必要になります」

「ちょっと待ってください。私は帰りたくても、アメリカ政府の方針によって帰れなくなっているだけなんですよ! 収監なんて、おかしいじゃありませんか」

「ですが、決まりは決まりですので。ここは日本なので、日本の法律に従ってもらうしかありません」

「クルムさんの場合、本来ならば強制退去なのですが、アメリカへ帰る手はずが現在は無いための処置です。アメリカに帰る手はずさえ整えば、すぐに帰っていただくことになります」

「……そうですか。しかたありませんね」納得はしてないようだったが、クルムはしぶしぶ従った。

 大きなトランクとともにクルムを乗せた車は、ホテルの前から出て行った。

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