第13話
大阪のデモは、日に日に巨大化していき、ついには十万人を超える規模にまでふくれあがっていた。そして、そのうねりは日本各地の都市にも伝播していった。しかし、そこに参加している人たちの中には、もはや本来のデモの趣旨など持っていない者たち、つまり、単に日常のうっぷんをはらしたいとか、ひと騒ぎやらかしてアメリカに一泡吹かせたいという連中も入ってきており、一つ間違えれば、暴動を引き起こしかねない集団に変容していた。
谷町筋や御堂筋などのメインストリートは、もちろんのこと、曾根崎でもデモが行われるようになっていった。
このことを快く思わないアメリカは、これを排除しようとし、デモの排除に乗り出した。
その日は、谷町四丁目、三丁目、九丁目界隈でいくつものデモが練り歩いていた。
そのうち、四丁目の大通りの群衆が暴徒化していた。難民会と復古党の連中が、小競り合いから喧嘩に発展したのだ。彼等は、近くのコンビニに投石してガラスを割り、中に入って商品を奪い始めた。
すると、やがてアメリカ軍の装甲車が数台のジープを引き連れて登場した。彼等は、催涙ガスや放水でデモ隊を駆逐し始めた。
これに対し、デモ隊の中には、投石や火炎瓶を使用し始める者が出てきた。
「軍隊を投入するなんて、人権蹂躙よ!」
この事件のあった日の夜、美姫はいつもの居酒屋ではげしく怒っていた。
「とうとう、奴ら、強硬手段に出てきたってわけだな」俊作が言った。
「私たちも、このまま、デモを続けて大丈夫なのかしら」瞳が言ったが、俊作は、
「決まりさえ守っていれば、文句をつけられる言われはないよ」と言った。
テレビが、この日のデモのニュースを伝えていた。
「本日、谷松筋で暴徒化したデモ隊に対し、ついにアメリカ軍が介入してきました。アメリカ軍は、催涙ガスと放水をデモ隊に浴びせましたが、デモ隊の中には、投石や火炎瓶で応戦するものが現れ、現場は、一時騒然となりました。この事件で、日本人男性四名がアメリカ兵によって逮捕、連行されたとの目撃情報が寄せられております。尚、この件に対し、複数の市民団体からは、人権蹂躙、アメリカによる主権の侵害であるとの非難が出されておりますが、日本国暫定政府からは、今のところ、何のコメントも発表されておりません」
「鹿島君、アメリカさんがやってくれそうだね」松倉がニコニコとして鹿島に言った。
しかし、鹿島は相変わらず不機嫌そうに言った。
「いえ、松倉さん。こういうことじゃありません」
「どういうことだい?」
「これじゃあ、益々国民はアメリカに対して憎しみを覚えるようになるだけじゃありませんか」
「じゃあ、どうしろと……」
「我々で何とかすべきなんです」
「だから、どうすれば良いと言うんだ?」
「私だって即答できませんよ! しかし、このままでは、自体は益々大きくなって収集できなくなるのが目に見えています」
このような中、ある日の大阪市上空、何らかの故障なのだろうか、米軍のヘリコプターが失速している。ゆっくりと大きく回転しながら落下している。その下は昼下がりの住宅街だ。住宅やアパートのベランダでは、多くの洗濯物が風になびいている。
ゆっくりと降下したヘリコプターは、ついに住宅地の複数の家屋に寄りかかるように墜落した。すぐに中からは三人ほどの米兵が出てきて、近くの屋根やらベランダに飛び移っていった。
しかし、その直後、ヘリコプターは大きく燃え上がった。そして、その炎は、近くの民家数軒を巻き込んで燃え盛った。
「本日、昼過ぎ、大阪市の上空を飛行中だったアメリカ軍の軍用ヘリコプターが、住宅地に墜落。住宅四棟が消失しました。この事故による死傷者は、出ておりません」ニュースが報道した。
幸いのことに、この事件でのけが人は無かったが、大阪では、アメリカ軍による進駐に抗議する集会やデモが益々盛んになっていった。
大阪市民の米兵に対する不満。それは、ついに多くのデモ隊の暴動を常態化させるまでになった。デモは、学生やNPO中心から市民全体に拡がっていき、そのつど米兵との争いを引き起こした。
「とうとうこんな事態になってしまいましたね」事件の報道を見て、鹿島がつぶやいた。
「……」松倉は押し黙ったままだった。
「今後どうします? 松倉さん」鹿島が松倉に問うた。
「機動隊にもう少し権限を与えて厳しい対処をさせてみようか」松倉がポツリとそう言った。
和磨が企画したデモは、これで四回目だった。彼等は、今まで、なるべく他のデモ隊とのいさかいを避けるように、ルートを選び、ルールにのっとって、なるべく大人しく行進していた。
「日本に主権を取り戻せー!」「アメリカは勝手なことをするなー!」
美姫も瞳も、白い半袖のTシャツにジーパン姿で、そこから伸びる若々しく陽に焼けた腕を、握りしめた拳を、天に突き上げながら叫んでいた。
しかし、その日、十万人以上に膨れ上がったデモ隊は、どうしても他の団体との衝突を避けられないルートに突入した。谷町筋を南下していた和磨たちのデモ隊は、心斎橋筋からやって来た独立愛国党に出くわした。そこへ、東から東京難民会のデモが突入してきた。デモ隊は、最初、お互いの道を開けるように怒号を発していたが、それは次第に野次となり、ヘイトスピーチとなっていった。松屋町の交差点には、もはや誰がどの団体か分からないようになっていて、混乱が起き始めていた。
そこへ、アメリカ軍が日本の機動隊とともに現れた。
その日も機動隊がデモ隊に向けて数多くの催涙弾を発射し、放水銃で青い水を浴びせていた上空には、米軍ヘリもやって来た。ヘリは、日本人をめがけて上空から放水作業を始めた。噴煙と刺激臭が立ち込めて鼻と目が痛い。その日も、デモ隊は傘と合羽で応戦。デモ隊は片手に傘を持ちながら、石や火炎瓶を投げつけていた。
南の道頓堀方面から、別の機動隊がやって来た。これによって、デモ隊は総崩れになった。機動隊がデモ隊の塊の中に入り込んでくる。あちこちでもみあいやつかみ合い、殴り合いが起きていた。俊作は、身体を瞳の上にかぶせてかばうようにしていたが、機動隊員のヘルメットがこちらへ近づいてくるのが分かった。
「瞳、かがんで歩け! そして、そこの地下にある喫茶店に入るんだ。俺もあとから続く」
「分かったわ!」
瞳はかがんで、学生たちの足元をはうように進み、何とか角にあった地下の喫茶店にたどり着いた。そうして、ヘルメットをはずして、駆け足で喫茶店に駆けこみ、俊作の到着を待った。
しかし、俊作が瞳の後を追おうとしたそのとき、右手を誰かにつかまれた。振り返ると、そこには機動隊員の頭があった。機動隊員は、問答無用にこん棒で俊作に殴りかかってきた。
喫茶店で待っている瞳。しかし、いつまでたっても俊作が姿を現すことはなかった。既に俊作は連行されていた。
美姫は、どの団体の誰やら分からない人たちに、もみくちゃにされていた。
「和磨さーん!」「彩子さーん!」「俊作ー!」「瞳―!」美姫は天を仰ぎながら、大声で叫んでいた。
しかし、まわりには、どこにも知っている顔を探し出すことはできなかった。
とりあえず、人の塊から抜け出し、なるべく大通りから避難して路地裏に身を潜めて、事の成り行きを見守った。
しばらくすると、米軍の装甲車が、デモ隊の中心部に向かって突入して行った。すると、蜘蛛の巣を散らすように人々が逃げて行った。それを駆逐するようにジープに乗った米兵たちが追いかけて行き、何人もの抵抗する人達を逮捕していた。米兵は、抵抗する若者を殴ったり、蹴ったりしていた。
辺りの道路は、あちこちで白煙が立ち昇り、火炎瓶もあちこちで燃えていた。周辺の商店の窓ガラスは割られて、略奪行為も行われていたようだった。
米軍も機動隊も、デモ隊の姿も消えた後、美姫は大通りに出てみた。すでに、大阪市には、コバルトアワーが迫ろうとしていた。
薄いコバルト色に染まり始めた水浸しの大通りには、それでも、未だにあちこちで火炎瓶の炎が立ち昇っていた。辺りは催涙ガスと硝煙の匂いが立ち込めていた。
「これが今の日本の今の現実……」「今の日本の姿……」
そう、美姫はつぶやき、呆然とした気持ちで、路上に膝から崩れ落ちた。
夜、ニュースが、四ツ谷と御堂筋での騒動を報じていた。
「本日、午後、谷町筋と御堂筋の交差点で日本の機動隊および米軍と、複数のデモ隊が衝突。何人もの逮捕者が出た模様です」
事務所に戻った和磨と彩子は、沈痛な面持ちでこのニュースを見ていた。
そこに、美姫が力無げに入って来た。
「ああ、和磨さん、彩子さん、戻ってんだ……」
「美姫、大丈夫だったか?」
「ええ……、何とかね」
そのすぐ後、瞳が事務所に戻って来た。
「大変なの! 俊作さんが……、俊作さんが、連れて行かれちゃったみたいなんです。俊作さんが……」瞳が、泣きながら、そう繰り返していた。
日本の首都、大阪が連日このような混乱に陥っていることを知ったアメリカ政府からハミルトン司令官に連絡が入ってきた。相手はサンダース大統領だった。
「ハミルトン、何をしている? お前はアメリカの名折れだ! 面汚しだ! お前は占領軍の司令官なんだ。今、お前は日本を占領しているんだぞ。もっと厳しく対処しろ!」
「あ、はい。分かりました。大統領」
「極東の東洋人の小さい国ぐらいちゃんと支配しろ!」サンダースは言い捨てた。
日本政府のやり方があまり功を奏さないため、ついにはアメリカ軍が直接排除に乗り出した。これは火に油を注ぐようなものだった。ついには、攻撃ヘリと装甲車が市街地にやって来るようになった。
そんなある日のことだった。日本橋から道頓堀に行進中のデモ隊と、それを排除しようとする米軍が衝突。暴徒化した若者たちに対して、ついにアメリカ兵が発砲した。
逃げ惑う人たち、群衆に向けて発砲する米兵たち。その流れ弾は近くにいた親子連れの七歳の少女に当たってしまった。
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