第64話 侵略者
~side とある辺境の島~
「うーん、どうだいグリモス? 今度は上手くいきそうかい?」
「うむぅ、どうやら今回もだめそうじゃのぅ」
ここは世界から隔絶された辺境の島。そこで二人の魔術師が魔法の研究をしていた。
一人は燃えるように赤いローブを纏った、気難しそうな老人。名をグリモスと言い、かつて魔王を退けた七人のパーティーメンバーの一人である。炎操作Lv5を所持し、【炎帝】という二つ名を持っているS冒険者だ。
もう一人、サンドラと呼ばれた女性は金色の髪に黄色のローブ、綺麗な顔立ちとは裏腹に攻撃力の高い雷操作Lv5を持つ、こちらも魔王を退けたパーティーメンバーの一人だ。Sランク冒険者で【雷帝】の名にふさわしい、雷魔法の使い手である。
Sランク冒険者二人が、こんな辺境の島で何をしているのかというと、操作系Lv5魔法のさらに上の《究極魔法》について研究しているのだ。
本来ならばスキルの上限はLv5までである。そのLv5にいたるまでに必要なスキルポイントは、通常レベル上げで獲得できる量を大きく超えている。つまり、何らかの通常ではない方法でスキルポイントを手に入れなければ、Lv5に到達することはできない。ちなみに、グリモスもサンドラも、スキルクリスタルからスキルポイントを手に入れてLv5に到達していた。
だが彼らは、さらにその上を目指しているという。他の冒険者達からは、『そんなものあるはずないだろう』と言われているが、グリモスもサンドラもその存在を確信して研究に励んでいる。なぜなら、彼らは一度、Lv5魔法のその上の究極魔法を見たことがあるからだ。
それは十数年前、魔法討伐に参加したときの出来事だった。船で移動中に魔物の群れに囲まれ、もうダメだと思ったときに、同じパーティーメンバーの【漆黒の天使】が使ったのだ。
その時使われたのは
あれ以来、いつかは自分達もと心に決め、魔王討伐が終わった後(実際には討伐はせずに、倒した後話し合いで解決したのだが)、二人でこの辺境の島に引きこもり魔法の研究をしているというわけだ。
「やっぱり、それぞれの魔法のレベルを上げるのではなく、魔法のレベルそのものを上げるスキルがあるのではないのでしょうか?」
「やっぱり、そうなるかえ。しかし、そうなるとライアットに【アスカの書】を見せてもらえなかったのは痛いのぅ」
さすがにSクラスの冒険者である二人は、ライアット教授が持っている【アスカの書】の存在は知っていた。その存在を知ったとき、真っ先にライアットを尋ねたのだが、中身は見せてもらえなかったのだ。
「確かにライアットの言い分もわかるけど……自力での研究ももう限界よね」
「じゃが、諦めきれないのぅ」
二人が研究を始めてから、スキルの選択肢は確かに増えた。消費魔力半減や無詠唱、魔力回復倍化などのスキルの存在を確認できた。まあ、それらのスキルも必要ポイントが多すぎて、覚えることはできないでいるのだが。それにしても、魔法のレベルを一段階上げるスキルなどは、全く出てこない。
いよいよ持って、研究が行き詰まってきたときにそれは起こった。
ブゥゥゥゥン
突如、低い振動音が当たりに響き渡る。
「グリモス、今の聞こえた?」
「ん? なんじゃい? わしは何も聞こえんかったぞえ?」
結構大きな音だと思ったが、最近耳が遠くなってきたグリモスには聞こえなかったようだ。
サンドラは嫌な予感を覚え、慌てて外へ飛び出した。その様子を見たグリモスも、こちらも老人とは思えないしっかりとた足取りで後へと続く。
この島は直径数キロメートルほどしかない小さな島だ。その島の中心部分は森に囲まれ、少し開けた海岸沿いにグリモスとサンドラは家を建て住んでいる。そして、先ほどから聞こえる低い振動音は、どうやら島の中心から聞こえてくるようだ。
「グリモス、あれ……」
「なんじゃい、あれは?」
島の中心にある森のさらに上空にそれは存在していた。まるで空間が亀裂が入ったように割れ、中から真っ暗な闇が覗いている。その亀裂が段々大きくなり、五メートルほどになったところでピタリと止まり、そこから不気味なシルエットの魔物が現れた。
形はぎりぎり人型と言えそうだが、三メートル程ある身体は光沢を放つ緑色で、甲虫型の魔物の外殻を連想させる。目はトンボの複眼のようになっており、背中に生えている翼もトンボのそれと酷似している。
今はその翼を小刻みに震動させ、空中に浮いているようだ。腕は左右に二本ずつ、合計で四本生えており、頭に近い二本の腕の先は二股に分かれ鉤爪状になっている。ちなみに残りの二本の腕の先は、五本の指がついている。
「ケケケ、ここがケルヴィアか。中々、壊しがいがありそうじゃねぇか。んで、なんつったかな? ステータスだったか?」
グリモスとサンドラが唖然として見上げる中で、その魔物らしき存在は人語で独り言をしゃべり出した。
「ケケケ、なるほど、ここでは強さが数値化されるのか。それにスキルか。この俺様の世界じゃ、スキルなんぞなくても何でもできたんだがな。どれどれ……探知、鑑定、槍術、格闘術、風操作……なんだよできることいちいち書かれたんじゃ、読むのが面倒くさいじゃねぇか!」
その独り言を聞いた二人の背中に冷たい汗が流れる。その異形の者から放たれる圧倒的な存在感。鑑定なんかしなくてもわかる強者の雰囲気。その者の口から語られる複数の所持スキル。そして、その中に探知があったことに……
「サンドラ、逃げるぞい!」
小声だが、その声は明らかに焦りを隠せずにいる。サンドラも同意とばかりにそっと踵を返し、来た道を戻ろうとしたその時――
「ケケケ、おいおいここは辺境の島で誰もいなかったんじゃねぇのか? あいつの情報も案外適当だな。しっかり、人間とやらがいるじゃねぇかよ。それも二人も!」
背後から絶望的な声がかけられ、その直後、二人の目の前にその異形の魔物が立ちはだかっていた。
「ケケケ、そう慌てなさんな。俺様はこっちの世界に来たばっかりだからよ。色々、教えてくれよ。お礼は……そうだな。楽に死ねるってのはどうだ? キヒヒヒヒ!」
異形の魔物は二人にそう言い放つと、気味の悪い笑い声を上げる。
「
「
その言葉でこの魔物を邪悪な者と判断した二人は、即座に己が持てる最高の魔法を放った。
突如現れた無数の雷が異形の魔物に直撃し、超高温の炎がその緑色に光る身体を包み込む。圧倒的不利を悟った二人が、なりふり構わず放ったLv5魔法は辺りに轟音を轟かせ、この世界最高レベルの威力を遺憾なく発揮したのだが……
「ケケケ、いきなり攻撃してくるとは、礼儀がなってねぇな! だが俺様にはその程度の魔法は効かないんだな。せっかくなんで教えてやるよ。お前達のステータスとやらは高くて500前後だが、俺様のステータスは全て1万を超えているんだよ! 確か、あいつの仲間が言ってたな。この世界の者は身体強化とやらを使っても、ステータスが1万を超えることはないってよ!」
ステータス補正と限界突破のLv5をレベル1の時から持っていて、さらに限界の200までレベルを上げ身体強化を獲得した者なら、かろうじてステータス1万に到達する可能性があるのだが、そんなことを知らない二人は、この異形の魔物の言葉に心が折れそうになる。
だが、仮にも魔王を退けたパーティーのメンバーだ。こんな化け物を放っておけば、この世界がどうなってしまうかわからないわけがない。
二人はお互いに目配せした後、勇気を振り絞ってまるで示し合わせたように、同じ目的に向けて行動を開始した。
「
「
サンドラが異形の魔物の周りに、十数個の雷の玉を浮かべる。普通の使い手なら三つが出せればいいところだが、さすがはSランク冒険者といったところだ。
だが、先程Lv5の魔法で傷一つつかなかったくらいだから、ダメージは期待できない。むしろ、追加効果である麻痺で一瞬でも足止めできればと、一縷の望みにかけての選択だろう。
そして、グリモスが唱えた
二人は魔法を唱えるとすぐに、なりふり構わず逃げ出した。二人ともあまり身体を鍛えている方ではないし、ましてやグリモスはかなりの高齢だ。それほどスピードを出せるわけではないが、それでも必死に足を動かした。
「ケケケ、なかなか判断が早いな。強くはないが馬鹿ではないってことか」
一方、異形の侵略者の方はというと、二人が逃げ出しているのは探知でわかってはいたが、それほど気にした様子は見られない。
「オウ、意外とビリッときやがった!」
周囲に浮かぶ雷の玉を避けるでもなく突っ込んでいく。少々痺れていることから、属性の耐性は持っていても、状態異常の耐性は無さそうだ。
それでも、魔力の差が圧倒的なので完全に麻痺させるには至っていないが……
侵略者の周りから雷の玉なくなり、目の前の炎の壁が消えた時、逃げ出した二人は研究用に建てた家へと向かっていた。
「ケケケ、今すぐに殺してやってもいいが、もう少し遊んでやるか。どうせこの世界に俺様に敵う奴はいないだろうし、他の奴らが来るまで時間があるんだからな」
そう独り言を呟いた異形の魔物は、この世界を見て回るべく、島の外へと飛んでいくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます