第60話 魔物の王達の来訪

 大きな物体が空気を切り裂くような音を出して飛来してくる。肉眼で確認できるくらいに近づいてきたその身体は銀色に輝いていた。


 ズゥゥゥン


 身構えるカケル達の前に降り立ったのは、カブトムシの角、クワガタのハサミ、カマキリの身体と前足、サソリの尻尾を組み合わせたような、体長五メートルはあろうかという銀色に輝く昆虫族の王だった。


昆虫王インセクトロード!?」


 その魔物を見て呟いた、ライアット教授の声が恐怖と驚愕で震えている。それもそのはず、この昆虫王インセクトロード地竜王アースロードと同じくSS級の魔物なのだ。Sクラスの冒険者でさえ恐れる魔物の王が、突然現れたら恐怖で声が震えるのは当然だろう。


 それは転生者であるカケル達にとっても同じようだ。まだレベルを上げきっていないカケルとアオイにとっては、数少ない各上の相手と言える。二人が武器を握る手にも自然と力が入っているのが見えた。


(しかし、この昆虫王インセクトロードも渡したスキルクリスタル使ってやがるな。魔物だから自分の欲望に正直なのだろうか?)


(お兄ちゃん、このおっきい虫さんとも知り合いなの?)


(ん? この間のおっきいドラゴンさんと一緒で、お兄ちゃんが一方的に知ってるって感じかな)


(ふーん、そうなんだ。やっぱりお兄ちゃんは何でも知っててすごいね!)


 おふ!? 久しぶりに我が妹からの尊敬を勝ち取り、鼻血が出そうだ。鼻はないけど……。それにしても、なぜこんなところに来たのかわからないが、いい仕事したよ虫の王くん!


「フフフ、ワレガイチバンノリノヨウダ。アースドラゴンヨリレンラクガハイッタトキニ、スグニケンゾクヲハナッテオイテヨカッタ」


 しかし、肝心の昆虫王インセクトロードはカケルやアオイに目もくれず、自分が一番に到着したことを喜んでいるようだった。一番を喜んでいるということは……


 ドゴォォォォン!


 警戒していたカケル達の目の前に、さらに三体の巨大な魔物が降り立った。


 そのうち二体は巨大なドラゴンで、片方は他でもない、ついこの間ルークと死闘を演じた地竜王アースドラゴンだ。もう一体のドラゴンは……風竜王ウインドロードだな。前のアスカが港町コンポートを解放したときに、ついでに魔族に利用されていたのを助けてあげたドラゴンか。


 それと三体目はフワフワと空に浮かぶ黒い影。死霊達の王、死霊王ゴーストロードだ。恐るべき闇属操作の使い手で、闇操作以外にも、風操作や氷操作も使う。


 SS級の魔物が合計四体。さすがにこの光景は壮観だな。とは言え、カケルやアオイ達にとっては絶望的な光景なわけで……。いつの間にか、カケルもアオイも武器を下ろして青い顔で魔物の王達を見つめている。村の人々なんかはとっくに逃げ出して、遠くの木々の陰からこちらを見守っていた。


 一方、突如現れた魔物達はというと――


昆虫王インセクトロードよ、抜け駆けはよくないのではないか?」


 地竜王アースロードが真っ先に昆虫王インセクトロードに文句を言う。


「フッ、ナニヲイウノダ。アルジノモトニ、ハセサンジタジュンバンガ、ソノママチュウセイシンノタカサナノデハナイノカ? ツマリ、ワレノチュウセイシンガイチバンダト、ショウメイデキタワケダナ」


 昆虫王インセクトロード地竜王アースロードの威圧をものともせずに、涼しく受け流す。


「ムムム、聞き捨てならぬセリフが聞こえたな。忠誠心の高さで言えば、魔族に利用されていたところを助けてもらった我が一番だと思うが? 眷属の虫たちを利用して、たまたま早く発見できただけで一番呼ばわりされてもな……」


 今度は、昆虫王インセクトロードの言葉に風竜王ウインドロードが反応した。どうも、主とやらへの忠誠心の高さを競っているようだ。その会話を聞いた俺には、嫌な予感しか漂っていないのだが……


「こ、この方達は、い、いったい、何の話をしてるのかな?」


 魔物の王達の会を聞いていたマコトが、小さな声でアオイに尋ねるが、アオイは首を横に振るだけだ。


「所詮はお主達は、一方的によくも知らぬ主に恋心を抱いているに過ぎぬ。その点我は、主とお茶をした仲よ。レベルの低いお主らと一緒にされては困る」


 目の前の人間達には目もくれず、今度は死霊王ゴーストロードが残りの三体との違いを見せつけるかのように煽っている。


 一体こいつらは何がしたいんだ?


 一触即発の雰囲気を漂わせ、にらみ合っていた三体の王達だが、地竜王アースロードの一言で状況が一変する。


「お主ら、殺されるぞ……」


 その一言で、瞬時に殺気を霧散さえ、むしろ恐怖を感じたかのようにカケル達の方に向き直り、こうべを垂れた四体の王達。


 その急な態度の変化に戸惑う人間達。


「突然の来訪で驚かせてすまない。なぜ我らがここに来たのか言い訳……もとい説明させてほしい。我らは昔、ある人物に『人間族がピンチに陥ったときに渡してほしいと』言ってこのクリスタルを託されたのだ。

 今その方達が、ピンチに陥っていると聞いた。本来ならば、我らの下にたどり着けた実力者に渡す予定だったのだが、その方達は実力は申し分ないが時間がないと聞いてな。

 ならば、我々が届けに行った方が早いと思ったのだ。決して、その……クリスタルと少々使ってしまった穴埋めに来たわけではないぞ」


 四体の魔物の王を代表して地竜王アースロードがカケル達に説明を始めた。ただ、穴埋め云々の辺りで、冷や汗を垂らしながらアスカの方をチラッと見たのを俺は見逃さなかった。


「そ、その。我々にとってもありがたい申し出なのですが、本当によろしいので?」


 そんな地竜王アースロードの冷や汗には気がつかずに、カケルが恐縮したように問いかける。


「む、むろん問題ない。そ、それと、他のロード達にも少々クリスタルを渡してしまっていて、手元にあるのがこれだけになってしまうのだが、ゆ、許してもらえるだろうか」


 そう言ってクリスタルと差し出す四体の王達は、全員が全員チラチラアスカの様子を窺っている。


 クリスタルを渡す方達がなぜか謝るという展開に、アオイが首をかしげて質問した。


「許すも何も、私達はどれだけのクリスタルがあるのか知らないから、そんなこと言わなければわからなかったのでは?」


「いや、それはその通りなのだが、万が一というか、何というか……」


 仮にも魔物達の王たる者が、こんなにも怯えている姿に違和感を感じつつも、カケル達はクリスタルと受け取ることにしたようだ。


 受け取ったクリスタルに付与されていたスキルポイントは全部で8万ポイントほどだった。確か、アスカはこの四体に4万ポイントずつ託したはずだから、全員が半分くらい使ったり他の魔物に渡してしまったようだ。


 正直な感想を言えば、結構使いやがったなといった感じだが、それでも約束を覚えてこうして届けに来てくれたんだから、文句は言えないか。こいつらも、このままじゃ不安で眠れないだろうから、少し安心させてやろう。


(アスカ、この魔物さん達に『ありがとう。お勤めご苦労様でした』って言ってあげなさい」


(はーい!)


「魔物のみなさん、ありがとうございました! お勤めご苦労様でした!」


 アスカがそういった瞬間、四体の王達が安堵したかのようにホッと息を吐いた。


「我々ができるのはここまでだ。世界の危機に対して力を貸すことはできないが、そなたらなら大丈夫であろう」


 そう言い残して、地竜王アースロード達は明らかにアスカの方に向かって一礼し、飛び去って行ってしまった。 


「よ、よくわからないが、こんなにもたくさんのスキルクリスタルが手に入ってよかったな」


 そう言ったライアット教授の顔は、しばらくの間引きつっていた。

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