第61話 リンと魔王

 四体のSS級の魔物が飛び去った後、ルシアの家に戻ったみんなはしばらく押し黙ったままだった。


「ふう、僕はもうこの世の終わりかと思ったよ……」


 しばらくの沈黙の後、ライアット教授がようやく口火を切ることでみんなが話し始める。


「僕も最初に来た一体ならアオイと二人で何とかなるかと思いましたが、あんなのが四体も揃ったら……諦めちゃいましたよ。ハハハ」


 カケルも自分で言ってて思い出したのか、最後に乾いた笑いが漏れている。


「ルークはどう? 何体ならいける?」


「そうだね、二体ならいけると思うけどさすがに三体以上はきついかな」


 アオイの問いかけにさらっと答えるルーク。カケルですら二人で一体が精一杯と言ったのに対し、ルークは一人で二体いけるという。これにはカケル達も苦笑い浮かべている。


「そこまで差がついちゃってるのか。まあ、カケル君とアオイちゃんはまだレベルが100まで到達してないからね。これから伸びる可能性はあるけど……おじさんはもう100だからなー。転移者というのがアレより強かったら、ちょーっとばかしきびしいかな」


 身体能力では他の転生者に劣るマコトは、少々自信をなくしてしまったようだ。


「でも、マコトさんには治癒がありますから、いてもらわないと困りますよ」


 カケルの言葉にみんなが頷く。


「それで、スキルクリスタルはどうつかうんだい?」


 ライアット教授の一言をきっかけに、スキルクリスタルの使い方についての議論が始まった。


 その結果、マコトはより回復役に徹することができるように、約17000ポイントを使って消費魔力半減と結界Lv5を、カケルは約18000ポイントで今あるステータス補正をLv5に、新たに詠唱短縮と危険察知、光操作Lv5の取得を目指すことになった。


 一方アオイは、すでに選択肢として現れているステータス補正をLv5に、それからサブの回復役として治癒Lv5を14000ポイントほど使い取得した。後は詠唱短縮を2000ポイントで取得するつもりのようだ。


 それから、ここにはいないがリンにもポイントを12000ポイントほど渡す予定だ。おそらくそれで、全属性耐性と限界突破をLv5にあげるだろう。


 そして、ルークは5000ポイント使い身体強化をLv5に上げ、弱点である魔力の少なさを克服するため、さらに約12000ポイントで魔力回復倍化Lv4の取得を目指すことにした。


 結局、マコトが17000、カケルが18000、アオイが16000、リンが12000、ルークが17000で合計8万ポイントのスキルクリスタルの使い道が決まった。


「それじゃあ、この後は僕とアオイは地下迷宮ダンジョン都市レベルを100まで上げるとしよう。おそらく二週間もあれば十分だ。

 ルークとマコトはなるべく早くリンと合流して、地下迷宮ダンジョン都市に来てほしい。リンがスキルクリスタルと手に入れていたら、みんなが合流してから使い道を決めよう。

 それから、まだ取得予定のスキルが選択肢に出ていない人は、早く現れるように意識して行動してくれ」


 スキルクリスタルの使い道が決まったところで、カケルがこれからの行動について指示を出す。


「アスカは私達と来てほしい」


 その指示にアスカの今後の動きについてがなかったのだが、アオイがそれを追加した。カケルが頷いているところを見ると、アオイの独断というわけでもなさそうだ。


「はーい!」


 意味ありげなアオイとカケルの目配せを気にした様子もなく、アスカは嬉しそうに返事をする。


 それから五人はライアット教授とルシアさんにお礼を言って、ノースの村を後にするのだった。




▽▽▽




 一方、その頃リンはというと――


「おや、リン様どうなさいましたか? まだしばらく戻られないかと思っていましたが」


「ああ、ガガ。いや、ちょっとおとんに用事があってね。いる?」


 カケル達と別れてから港町コンポートに赴き、そこから三日かけて海の魔物に船を引かせ魔大陸へ。そしてさらに二日かけ魔大陸の中心にある魔王城へと帰ってきていた。


 そこで魔王シン・クリムゾンの側近であるガガに会い、魔王の居場所を聞いているところだ。


「魔王様は玉座の間におりますぞ」


 リンはそれだけ聞くと、ガガにお礼を言い玉座の間へと向かう。羽の生えた魔族のレリーフが施されている大きな扉を開けると、玉座に座って……ではなく、中央の広間で槍を振る魔王の姿が見えた。


「おとん、ちょっといい?」


 不意に声をかけられた魔王は驚きの声を上げる。


「おお!? リンじゃないか! てっきりまだ人間の国にいるのかと思ってたが、その様子だと何かあったのか?」


 持っていた槍先を地面に向け、リンへと歩み寄る魔王。


「そうやね。うちの正体ばれてもうたわ! ハハハ!」


 その言葉とは裏腹に悪びれている様子はない。


「ほう。お前の隠蔽はLv3だったよな。そこまで鑑定を上げている、バカなヤツがいたのか」


 娘を前に砕けた雰囲気だった魔王の目が細められる。正体がバレたことよりも、正体を見抜いた者に警戒しているようだ。


「うーん、それがはっきりしないんよ。その時は鑑定でバレたんじゃなくて、うちの持ってた槍でバレたんよ。その子、本気のうちをあっさり倒した上に、『その槍シンさんが持ってた槍と同じでしょ』なんていきなり言うもんだから、思わずうちも返事しちゃったんよ」


 リンは、アスカと戦ったときのことをシンに説明する。


「お前が負けただと!? その上、俺のことを知っている? …………まさかとは思うが、その子の名前は『アスカ』じゃないだろうな?」


「へー、よくわかったね。やっぱ、おとんの知り合いだったのかな?」


「えっ!? まじで!? いや、でもそれは……」


 そのリンの返答に戸惑いを隠せない様子の魔王。目が泳いで、顔が引きつっている。

 

「まあ、今時アスカって名前は珍しくないからね。それと、周りの反応から『漆黒の天使』とは違うみたいだけどね」


「だよね!? だよねぇぇぇ!? あー、びっくりした! そんなわけないよね!」


 魔王は以前自分をコテンパンにやっつけてしまったアスカのことを思い出していたようだが、リンの話から勘違いだと思ったのか胸をなで下ろした。 


「でも、おとんはその『漆黒の天使』をもう一度戦いたかったっていうてなかった?」


「いや、そりゃそうなんだが、こっちのも心の準備というか、何というか……」


「ふーん、おとんがそんなに狼狽するってことは、それほどの相手なんやね、その『漆黒の天使』って」


 娘の前で狼狽えた姿を見せたのが恥ずかしかったのか、頬をかきながら照れている魔王。とても、魔王とは思えない姿だったが、リンはむしろ嬉しそうにその姿を見ている。


「それで、そのことを伝えに来ただけじゃないだろう?」


 娘の視線に気がついたのか、急に真面目な顔をしてリンにここへ戻って来た真意を問いただす。


「そうそう、おとん『スキルクリスタル』ってどこにあるか知らへん? ってか、もってへん?」


 娘の口から『スキルクリスタル』という言葉が出た途端、シンは眉間にしわを寄せ顔をしかめた。


「スキルクリスタルか……俺も昔は持ってたんだが、使っちまったな。その、漆黒の天使との戦闘の最中に。それからは、探してねぇからなぁ。確か、魔物の王達が持ってるって噂だったが……」


 右手をあごに当てながら答える魔王。


「さすがにそう簡単には手に入らんかぁ。それにしても、魔物の王ねぇ……強いんかい?」


「強い。一対一サシで俺と戦ってもいい勝負になるだろう」


 娘の質問に魔王が即答する。


「そっかー、それじゃあうち一人で取りに行くのは難しいなぁ」


 難しいとは言いつつ、強い相手に興味があるのか口元には笑みがこぼれている。


「こいつは噂だが、その魔物の王達が持つ『スキルクリスタル』は人族に渡すように託されているらしいからな。どのみちお前じゃもらえんだろう」


「ええぇぇぇぇ!?」


 新たな情報にがっかりした様子のリン。


「それじゃあ、いったん戻ってカケル達と合流せなあかんかぁ」


「カケルとは例の転生者か?」


 シンが興味ありげに聞いて来たので、リンは魔王城を離れてから今までのことを語った。シンは時々質問を挟みつつも、娘が人族の国でも仲間を作って上手くやれていることを嬉しそうに聞いていた。


 それからリンは、魔王城で一泊し、再び王都へと帰って行くのだった。

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