第44話 アスカ vs リン
「うちは正直、アスカの実力に興味があるんよ」
アスカと向かい合ったリンが、黒い槍を床につきながらそんなことを言い出した。つまり、この魔王の娘もアスカのステータスが隠蔽されていると感じているわけだ。
「えー、アスカの実力なんて見ての通りだよ?」
リンの言葉にアスカはとびっきりの笑顔でそう返すのだが――――
「うーん、でもな。うちも鑑定を持ってるけど、そのステータスとアスカが時折見せる鋭い動きがあってないんよ。その辺を説明してもらわんと、信用できんわ!」
リンはあくまでも笑顔は崩さずに話を続けるが、その目は段々と鋭さを増していく。
「ウフフ! じゃあ、リンさんがアスカに勝ったら教えてあげる!」
その鋭い視線を真っ正面から受け止めたアスカが、こちらも笑顔を崩さずに答えた。
(ア、アスカちゃん。やっぱり勝つ気満々なんだね……)
先ほど、マコトに勝ってキリバスとソフィアに褒められていたルークを見てから、俄然やる気になってしまったアスカ。その時から、俺の忠告も全然届いていないようだ。
「聞いたで! その言葉にウソはないやろな? そう言われたら、うちも少々本気出していくで!」
アスカの言葉にリンが目を細める。まるで、獲物を狙う肉食獣のような鋭さだ。実際にリンから放たれるプレッシャーが増し、並の人間ならその圧力で動けなくなってしまいそうなくらいだ。
だが、アスカはそのプレッシャーを全く感じていないかのように、軽く準備運動なんかを始めてしまった。
それを見たリンは益々嬉しそうな顔を見せ、槍を構える。
「それじゃあ、うちから行かせてもらうよ!」
その言葉を置き去りに、リンが動き出した。リンのレベルは90。その敏捷はマコトをも上回る。
だがリンはアスカの力を測りかねているのだろう。直接、アスカに向かって来ず、アスカの周りを回るように高速で動き出した。
その様子を楽しそうに見つめるアスカ。
そして、リンがアスカの背後に回った瞬間、急に動きを変えアスカに向かって突撃してきた。横の動きから急に縦の動きに変えることで、距離感を狂わせる作戦だろう。このスピードでそれをやられたら、大抵の者はその動きについていけないだろう。
シュ!
しかし、必殺の気合いで放たれた槍の一撃は空を切る。
驚愕の表情を浮かべるリン。
その背後で満面の笑みを浮かべるアスカ。
アスカは右手に持った剣ではなく、左手の手刀でリンの首を打った。リンは静かにその場に崩れ落ちた。
勝負は一瞬だった。その結末に、キリバスやソフィアはもちろん4人の転生者も唖然としている。マコトを超えるリンの動きに驚き、そのリンを一撃で気絶させたアスカの動きには、誰ひとりついていけていないようだった。
気絶したリンが倒れないように素早く支えたアスカは、リンをそっと床に寝かせキリバスとソフィアに駆け寄っていく。二人の前でニコニコしながら頭を差し出すアスカ。たぶん、頭をなでてほしいのだろうが……
(ア、アスカ……ちょっと、やり過ぎでは?)
(そんなことないもん! これで褒めてもらえるんだもん!)
そんなアスカの予想とは裏腹に、いつまで経ってもなでられない頭。
「パパ? ママ?」
「「あ、ああ。よく頑張ったねアスカ……」」
アスカに催促され、ぎこちなく頭をなでる始めるキリバスとソフィア。アスカは満足そうにしているが、二人の顔はこわばったままだ。そして、何とも言えない微妙な空気が流れている中、リンが目を覚ました。
「あいたたた、いったい何が起こったん? 捉えたと思ったらアスカが消えてて」
首筋をさすりながら身体を起こしたリンは、まだ自分に何が起こったのか理解していないようだった。周りから説明され、ようやく自分の負けを知り愕然とするリン。
おそらく彼女はこの中で一番強いつもりだったのだろう。いや、実際、アスカさえいなければステータス的には一番強いはずだ。彼女からしてみたら、アスカを試すつもりだったのだろう。だが、まさか自分が試される側に回るとは、思ってもいなかったようだ。
そして、アスカの実力を測り違えていたのはカケルやアオイも一緒だ。何せ、二人がかりで倒すことが出来なかったリンですら、想定外の強さだったはずだ。そのリンを、まさかアスカが一撃で倒すとは、完全に予想外の結果だろう。
実際、目の前で見なければ信じられなかっただろうが、こればっかりは二人の目の前で起こったことだから認めざるを得ない。
「しかし、アスカは一体何者なん? まさかうちの槍が躱されるとは思わなかったで」
「えー、だってオリハルコンの槍で叩かれたら痛そうなんだもん!」
リンの口から出た疑問に、少し斜め上から答えるアスカ。しかし、この答えが更なる悲劇を生み出す。
「うちが知りたいのはそこじゃないんやけど、まあ、ええわ。それより、この槍がオリハルコンで出来てるってよくわかったやん?」
「えー、だってそれシンさんが持ってた槍と同じでしょ? でも、あの槍は壊れたはずだから、新しく作り直したって感じ?」
「ああ、そうや。これはうちのおとんにもらった槍や。もう俺は使わんって……なんでうちのおとんのこと知ってるん?」
この二人の会話に真っ先に反応したのはケンヤだ。
「おい、ちょっと待て。シンだと? 黒いオリハルコンの槍を持ったシンという名前のヤツなんて、魔王シン・クリムゾン以外いないだろう? それがおとんって……お前、魔王の娘なのか!?」
「「「 !? 」」」
ケンヤの叫ぶような声が周囲の空気を一変させる。
かつての魔王の侵攻を知るケンヤ、キリバス、ソフィアは明らかに警戒の色を見せる。一方、カケル、アオイ、マコトといった最近の転生者は、それほど魔王に関する知識は持ち合わせていないのだろう、特に警戒している様子はないが、ケンヤの言葉にリンがどう反応するのか注目しているようだ。
リンが片手で顔を押さえながら天を仰ぐ。今の彼女の心の声を代弁するならば、『やっちまった』が最も相応しいだろう。
事の発端を作ったアスカは、リンの次に追求されるであろうことを知ってか知らずか、相変わらずにこにこしながら立っている。こんな状況でもアスカの笑顔はかわいいな。
「あー、まさかこんなところでバレるとは……しゃーないな。そや、うちのほんとの名前はリン・クリムゾン。シン・クリムゾンの娘や。でも、勘違いせーといてや。うちに敵対心はないで。うちも、そこのカケルやアオイと同じ目的でここに立ってるんや」
ここまでバレてしまったからだろう、開き直ったリンが説明を始めた。
それによると、魔王であるシン・クリムゾンもどこからか世界の危機についての情報を得ていたらしい。元々、他の種族に敵対していた魔族ではあっても、さすがに世界が滅びるとあっては、協力せざるを得ない。ましてや、シンはアスカに敗れてから、約束通りに他の種族には手を出していなかったようだからなおさらだ。
世界の危機についての情報は得たが、その脅威に立ち向かえるものがいるのかどうかがわからなかったシンは、娘であるリンに人間社会界に紛れ込んで調べてくるように命じたのだ。
そこでリンはカケルやアオイを見つけ、脅威に立ち向かえる人材を一緒に集めることにしたそうだ。
「まさか、リンが魔族だったとは。でも、その方が納得がいくな」
カケルは驚いてはいるものの、もうすでにリンが魔族であることを受け入れているようだ。
「リンのことはわかった。それより問題なのはアスカの方」
アオイもカケル同様、リンが魔族であることにはさほど関心がないようだ。それより今は、実力の一端を垣間見せたアスカの方が気になるらしい。
「そ、そうだった。アスカ、リンをも圧倒するその実力。そして、なぜリンが魔王の娘だとわかったのか。君はいったい何者なんだい?」
アオイが、いや、ここにいる全ての者が聞きたかったであろう質問を、カケルが代表して問いかける。
「えっとー…………アスカもわかんない!」
アスカの無邪気な一言に、みんな膝から崩れ落ちた。
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