第37話 もうひとつの理由

〜side ルーク〜


「もうひとつの理由?」


 俺のステータスについての話が一段落したとき、アオイが『王都に来たのには、仲間を集める他にもうひとつ理由がある』と言い出した。どうやら相当極秘の内容らしく、まだ誰にも話をしていないとのことらしい。そんな話を俺が聞いていいのかと思ったが、俺達が持っている『ステータス補正』のスキルにも関わることだから、話すことにしたのだそうだ。


「今話す内容について知ってるのはこの世界で4人だけ。私の師匠と私とカケル。それから、ライアット教授」


(師匠とカケルとアオイまではいい。でもライアット教授って誰だ?)


 俺が疑問に思っている様子が顔に出ていたのだろう、それを察したアオイがゆっくりと説明してくれた。


 ことの始まりは一冊の本だ。その本の名前は『アスカの書』と言われているらしい。アオイはその本を探すというのが、王都に来たもうひとつの目的だと言うのだ。……うちのアスカとは関係ないよね?


 その本には驚く事なかれ、何とこの世界で未だ発見されていないものも含め、全てのスキルが事細かに記録されているという。その持ち主が『王都魔法学院』の元教授で、今回アオイ達が探しているライアット氏なのだ。


 アオイの師匠の話によると、その本は突如この世界に現れ、瞬く間にSランクに上り詰め、魔王まで倒してしまった冒険者、『漆黒の天使』が書いたらしい。

 アオイの師匠は漆黒の天使と親交があったらしく、本人の口からその存在を聞いていたそうだ。そして、カケルとアオイから侵略者の話を聞いたとき、二人に少しでも強力なスキルを獲得させるために、ライアット教授を訪ねたというのだ。


 ライアット教授はその時にはすでに学院を辞めていて、探すのにとても苦労したようだ。それでも何とか見つけ出し、事情を説明し、ようやく1つだけ教えてもらえたのが、この『ステータス補正』のスキルだったというわけだ。


 もちろんスキルの存在を知ったからといって、すぐにそのスキルが選択肢に出てくるわけではないが、知らなければ一生出てくることのないであろう。それは今までに発見されていないことからも明らかだ。そのスキルの存在を師匠から聞いたカケルとアオイが、長い時間をかけてようやく獲得することができたのが、つい最近の話なのだ。


「なるほど、それでレベル上げをするのが遅くなったのか」


「そういうこと」


 しかし、ここで1つ疑問なのは『そんなスキルをなぜ漆黒の天使は知っていたのか?』ということだ。他にもまだ知られていないスキルがあるようだし。ただ、それについてはアオイの師匠もライアット教授も知らないらしく、教えてもらえなかったそうだ。


 アオイ曰く、そんなとんでもないスキルをなぜか俺が獲得していたから、この話をする気になったとのことだ。


「だけど、俺には全く心当たりがないな。しかも、俺のスキルには(R)なんて変なものもついてるし……」


「それについては、私もわからない。けれど、ライアット教授ならわかるかも」


 なるほど。どうせこのスキルについては、秘密にしなければならないし、そらならいっそ仲間に引き込んで、ライアット教授を探すのを手伝えということか。


「わかった。このスキルについては、誰にも言わないようにする。それと、俺もライアット教授を探すのを手伝えばいいんだな。父さんと母さんに聞けば、何かわかるかもしれない」


「理解が早くて助かる。でも聞くときは慎重に」


 おっと、アオイが褒めてくれた。それにアオイと秘密を共有したことで、俺達の距離が縮んだ気がする。マルコの視線がさらに痛くなりそうだけど、これは地味に嬉しいぞ。


 なぜこんなスキルを獲得しているのかはよくわからないが、このスキルのおかげでどんどん強くなっていける気がする。そうなれば、アオイやカケルの仲間になれるだろう。そして、俺の気分は最高潮に盛り上がったまま、夜は明けていくのだった。





 地下迷宮ダンジョンで一夜を明かし、全員準備が出来たところでレベル上げを再開する。カケルにはアオイが説明したようで、驚いた様子を見せてはいたが周りにはバレていないようだった。


 レベル上げを再開した俺達は、変わらずカケルとアオイを中心にA級の魔物達を蹴散らしていく。途中何度か休憩を挟みながら、数時間かけてようやく70層へ降りる階段の前までたどり着いた。アオイは俺のスキルを知ったからか、A級の魔物が現れても一撃で倒さず、腕や足を吹き飛ばすだけにとどめてくれていた。俺達が……いや、俺が少しでも経験値を手に入れることができるように気を遣ってくれたのだろう。


 おかげでこの9層の間で3つもレベルを上げることができた。このスキルを手に入れたであろう時から、6つレベルが上がったことになる。このスキルの能力は凄まじく、もうすでに俺のステータスはイリーナ先生は超えてしまっているようだ。


 あまりの上がり幅に力を制御するのが大変だったが、今のところ周りには何とかバレずに済んでいる。ただ、アオイとカケルは気になっているらしく、先ほどからチラチラ俺の方を見てくる。そして、アオイと目が合う度に、後ろから刺すような視線を感じるのは俺の気のせいだろう。


 しかし、俺は内心嬉しくて仕方がない。今は周りにバレないように力を隠しているが、おそらくA級の魔物なら一人で倒すことができるほどに強くなっている確信がある。カケルやアオイにはまだ追いついていないが、この調子なら追いつける日もそう遠くはないはずだ。


「さて、みなさん準備はいいかしら? ここを降りたらすぐにS級の魔物『ロイヤルリッチ』が2体いるはずです。さらにその『ロイヤルリッチ』はA級のダークリッチを従えています。決して油断しないように。治療薬はいつでも使えるように準備しておきなさい」


 70層を前に、ここまでハイテンションだったイリーナ先生もさすがに緊張しているように見える。それもそのはず、これからS級の魔物2体と戦うのだ。いくら、転生者が2人いるとは言え相手の力は未知数。場合によっては、全滅することすらありえるのだから。ってか、ちゃんとそこまで考えているんだよね? この先生は。


 カケルとアオイが先頭になって慎重に階段を降りていく。すると、階段を降りきってすぐに開けた空間があった。その中央には明らかに今までとは格の違う魔物が2体浮いている。


「カケル。嫌な予感がする」


「ああ、あいつら隠蔽を持ってるな。俺達の鑑定でもステータスが読めないが、相当ヤバそうな気配を感じる」


「撤退した方がいいと思う」


「俺もその意見に賛成だ」


 岩陰に隠れてその様子を見たカケルとアオイがそんな会話をしているのが聞こえた。俺もその岩陰からロイヤルリッチを見てみたが、アレはヤバイ。死の匂いがプンプンした。


「イリーナ先生、引き上げた方がいい。あいつらと戦ったら……」


 カケルがイリーナ先生にそう進言しようとしたときだった――――――


「ハ、ハ、ハクション!!」


 マルコのヤツが盛大にくしゃみをしやがったのだ。


「まずい!? 気づかれたぞ!」


 マルコのすぐ後ろにいたリックが叫ぶ。慌てて階段まで戻ろうとしたのだが、マルコがここでまたやらかしやがった。何と、慌て過ぎて足がもつれて転んでしまったのだ。その間に、物凄い勢いで迫り来る黒い影。S級のロイヤルリッチ2体はもちろん、どこに潜んでいたのかダークリッチが6体も現れた。


「もう、間に合わない! 迎え撃つぞ!」


 逃げ切れないと悟ったカケルが、剣を構える。アオイは振り向きざまにロイヤルリッチに矢を放つが、身体をすり抜け後ろの岩壁に突き刺さってしまった。


「私の武器じゃ無理」


 やはり、属性が付いている武器でないとロイヤルリッチにはダメージを与えることができないようだ。となると、カケルの剣だけが頼みの綱になってしまう。


 そうこうするうちに、カケルとアオイの前にロイヤルリッチ2体が、俺達を囲むようにダークリッチが迫ってきた。必然的に俺達はお互いの背中を守り合うように、円陣を組む。


「クォォォォォー!」


 一体のダークリッチが気味の悪い叫び声を上げた途端、辺りに暗闇が訪れる。闇操作Lv1、闇夜ダークネスだ。いきなり真っ暗になってしまったことで、俺達はダークリッチを見失う。


 シュ!


 突然、目の前に現れたダークリッチに反応できなかった俺を助けてくれたのは、リンの槍だった。


「気をつけーや!」


「た、助かった。リン、ありがとう」


 お礼を言った後で気がついたが、リンには見えているのか? ダークリッチ達の動きが。


 リンの一撃でダークリッチ達も警戒を強めたのか、距離を置いての魔法攻撃に切り替えてきた。


「ぐぁ!?」


 暗闇から迫る闇魔法に、マルコが倒れる。顔が青ざめているところを見ると、毒状態になってしまったようだ。慌てて、毒治療薬アンチポイズンを飲ませようと駆け寄ったところで、今度は俺が闇の触手に捕まってしまった。攻撃力や敏捷はかなり上がっているが、魔力関係はまだまだ低い。魔法攻撃に俺は為す術もなく倒れてしまう。


 隣ではリックが神の掌ゴッドバルムで善戦しているが、如何せん暗闇の上、相手の数が多い。迫り来る触手を殴って消滅させているが、それも長くは続かなかった。


 俺達のパーティーは一人、また一人と倒れていき、最早、立っているのはカケルとアオイとリンの3人だけとなってしまった。倒れて動けない状態ではあるが、何とか首だけ動かして状況を確認すると……


 カケルとアオイはそれぞれロイヤルリッチを相手取り、互角の戦いを繰り広げている。あの二人を持ってしても互角ということは、ロイヤルリッチも相当な強さなのだろう。しかし、本当にすごかったのはリンだった。何と、たった一人でダークリッチ6体を相手にしているのだ。しかも、完全に押している。


(ちょっと、おかしくないか? リンのヤツ、闇魔法を影響を全く受けていないぞ)


 リンは、ダークリッチから放たれる闇魔法を躱そうとすらしていない。それでいて、確かに当たっているはずの闇魔法は、彼女には何の影響も与えていないように見える。逆に、彼女が持つ黒い槍は確実にダークリッチにダメージを与えていた。しかも、俺の目にはリンが手加減しているようにすら映っている。


(こいつ、実力を隠していやがったな!? あの動き、下手したらカケルやアオイより強いかもしれないぞ!?)


 カケルとアオイがロイヤルリッチに苦戦している間に、リンはダークリッチ6体を一人で倒してしまった。そして、リンは二人の間に割って入り、その黒い槍を構える。


「何だらだらやってんのアオイちゃん。武器がダメなら魔法使えばええやん。もたもたしてた、うちが倒してしまうで!」


「!? リン、どうやってダークリッチを!?」


 突如現れたリンにアオイも驚きを隠せない。カケルも声にこそ出さなかった、その目は見開かれている。


「なーに、ちょっとピンチみたいだから、少し実力見せたったわ。それより、あんたら魔法も使えるんやろ? 転生者と言ったら、大概理不尽なスキル持っているはずやん」


 リンが不適に笑う。その断言するかのような物言いに、アオイもカケルも何かが吹っ切れたようだ。


「アオイ、もう隠していても仕方がない。本気を出そう!」


「仕方がないわね」


 そう言って二人は詠唱を始めた。その内容からするに、カケルは氷操作、アオイは風操作を使うようだ。そして詠唱を終えた二人の前に現れたのは、氷操作Lv4氷の彗星フロストコメット、風操作Lv4狂った竜巻レイジトルネードだった。


 極寒の冷気をまき散らし、ロイヤルリッチに向かっていく直径3mはあろうかという氷の塊。さらに、全てを切り裂く荒れ狂う竜巻が、もう一体のロイヤルリッチを襲う。


「ギシャァァァァァ!」


 2体の魔物が直撃を受け、悲鳴を上げる。しかし、その一撃では倒すに至っていなかったようで、暗闇に光る赤い目は死んでいなかった。すかさず反撃の魔法を唱えようと、不気味な声を上げた瞬間だった。


「稲妻突!」


 リンのかけ声と共に、リンの槍がほとばしる雷を纏い、ロイヤルリッチ2体の顔面を貫いたのだ。


「!? 槍術Lv5のスキル!? リン、君は一体何者だ?」


 カケルが驚くのも無理はない。今の必殺技には雷属性が付与されていた。どの武器でも、Lv5のスキルとなれば属性効果が付与されることは誰もが知っている。つまり、今のリンの攻撃は間違いなく槍術Lv5の必殺技と言うことになる。さらにリンはそのLv5の必殺技に、Lv2の二連突を重ねていた。そのスピードは、ステータスが大幅に上昇した俺の目でも追いきれないほどだ。


 つまり、リンはカケルやアオイに劣らない、いや、上回るほどの実力を持っていることになる。


「まあまあ、うちの正体なんて知っても面白くないで。それより、早くここから……」


 リンがカケルに歩み寄ったその時だった。死んだかと思われたロイヤルリッチの一体が、突如動き出し、顔をなくしたその手から闇の触手が天井に向かって伸びたのだ。


「!? 崩れるぞ!」


 その闇の触手は天井にぶち当たり、岩壁を打ち砕いた。巨大な岩石が倒れている俺達に降り注ぎ……


 アオイが咄嗟に詠唱し作り出した氷の盾が、アオイの近くにいたイリーナ先生を覆う。同じく、カケルが作り出した大気の盾はリックを、リンの手から放たれた闇の触手がマルコを守る。


 3人から一番離れていた俺に、彼らの魔法は間に合わない。


(おいおい、リンのヤツ闇操作使ってやがる)

 

 絶体絶命のピンチに頭に浮かんできたのはそんなことだった。


 眼前に迫る無数の巨石。


 終わった。


 そんな諦めかけた俺の目に飛び込んできたのは、かわいい妹から誕生日にもらったミスリルの腕輪だった。

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