第35話 49層を越えて

〜side ルーク〜


 初めての地下迷宮ダンジョンは事前の情報通り、10層まではゾンビやスケルトンといった低ランクの魔物が闊歩していた。

 しかし、いくら初地下迷宮ダンジョンとは言っても、この辺りの魔物は俺達の相手になるはずもない。出てくる魔物のほとんどが、一撃で葬り去られていく。

 特に、新しい武器を装備してテンション高めのリックが、積極的に魔物を狩っている。文字通りワンパンで倒していくのだが、浄化しているのか爆散しているのかわからない勢いで、ゾンビやスケルトン達が消滅していった。


 リックが張り切りすぎて、ちょっと暇になってきたので少し気になったことをカケルに聞いてみる。


「なあ、カケル。カケルのレベルっていくつなんだ?」


「ん? 僕のレベル? えーと、今56かな」


 おや、もう100になっているのかと思ったけど、56とは思ったより低い。


「そうなんだ。もう、とっくに100になってるかと思ったよ」


「いやー、ちょっと訳があってね、レベルを上げ始めたのはここに来るちょっと前からだったんだ」


 ちょっと前から上げ始めて56とは、それはそれで凄いと思うけど、レベル上げを躊躇する理由って何だろう。全く思いつかないな。どうやアオイの方もレベルを上げ始めたのはごく最近らしい。その理由を聞こうとしたらアオイに睨まれたから、それ以上聞けなかったけど。


 そうこうしているうちに30層までたどり着く。ここからはC級の魔物が多くなり、数は少ないがB級の魔物が現れ始めるはずだ。つまり、ようやくここから本格的なレベル上げが始まるというわけか。とは言っても、カケルとアオイにとってはまるで相手にならないので、レベルが低い俺とマルコ、リックでパーティーを組んで戦うことになったのだが。


 ここで意外だったのが、リンのレベルが俺達が思っていたのより高いらしく、ここの魔物じゃ物足りないと言ったことだ。今まであまり気にしていなかったけど、何気にリンって謎が多いんだよね。


 気を引き締め直した俺とマルコとリックが先頭に立ち、カケル、アオイ、リンそしてイリーナ先生が後ろからついてくる。C級の魔物であれば俺達でも余裕で倒せるだろうし、B級が出てきても何かあればすぐ後ろから援護してもらえるから安心だ。


 俺達はこの陣形でどんどん下の階層へと進んで行く。C級のスケルトンロード御一行やゾンビ化したワイバーンを蹴散らし、時折現れるB級のリッチやゴブリンキングを問題なく倒し、数時間後には40層までたどり着いた。このスピードは、さすが学院最高のSクラスと言ったところだろうか。そして、ここからはB級の魔物が多くなるということでいったん休憩を取り、昼食を取ってから再開することにした。


 休憩中に、ここからの進み方をイリーナ先生が説明してくれた。俺とマルコとリックのパーティーはそのままに、カケルとアオイとリンがパーティーを組むようだ。


 基本的にはこちらのパーティーがメインで戦うが、B級の強そうな魔物が複数体出た時だけ、向こうで対処するのだろう。


「じゃあ、行くわよ」


 小一時間休憩したところで、イリーナ先生がみんなに声をかけ地下迷宮ダンジョン攻略を再開する。俺達は装備と持ち物を再点検して、奥へと向かって歩き出す。40層以降は、今までよりもさらに数多くの魔物が襲いかかって来た。


 45層を越えた辺りから休みなくB級の魔物の集団が現れ、俺達も段々と余裕がなくなっていく。だが、チラッと見えたカケル達のパーティーはこちらの援護をする余裕まであるようだ。確か、カケルとアオイは"探知"を持っているはずだから、どこから魔物が現れるか事前に察知しているのだろう。時々、俺達の周りの魔物の頭が不自然に吹き飛んでいるのがいい証拠だ。


 そんな感じで、俺達は何とか、カケル達は余裕を持って奥へと進んでいく。ここに来てようやくレベルがひとつ上がったが、ステータスを確認する余裕はなかった。だけど何だろう。今までのレベルアップと何かが違うような……


 そして49層でもうひとつレベルが上がる。明らかに何かおかしい。だけど調子が悪いわけではない。むしろ、いつもより身体が軽い気がする。


「さて、これ以上進むと50層に入っちゃうからね、しばらくここでレベル上げするんかな?」


 50層へ続く階段の前で、リンがイリーナ先生に問いかける。最初の確認通りなら、ここでレベル上げするところなのだろうけど、明らかにこの階でもカケル達のレベル上げにはならない気がする。


「いえ、普通に降りますよ。ここからはA級の魔物も出てくるので気をつけるように」


 イリーナ先生は全く表情を変えることなく、言い放った。この先生、サラッと衛兵との約束を破る気だ。


「えっ!? でも僕達はランクの関係でここまでしかダメなのでは?」


 カケルも驚いて聞き返す。


「だって、ここじゃああなた達のレベルは全然あがらないでしょう? ランク以上の実力があるのはわかっているから問題ないわ。だって、誰かが見ているわけでもないし。あっ、でもルーク達のパーティーは慎重に行動するように」


 いや、確かにこんなところで見張っている人はいないけど……イリーナ先生恐るべし。だが、先生が言うことにも一理ある。リンのレベルはわからないけど、カケルは56って言ってたしアオイも同じくらいのレベルだろう。転生者だからスキルやステータスも平均以上に高いだろうから、B級の魔物相手にチマチマやっているより、A級や場合によってはS級相手にした方が効率がよさそうだ。


 カケルは大丈夫かなって感じで、アオイは無表情で、リンはニヤニヤしながら、リックは嬉しそうに、イリーナ先生の後について行く。この中で1番レベルとステータスが低いであろうマルコは……アオイの後ろにピッタリついて匂いを嗅ごうとしている。ダメだこいつは。こんなところに来てまで……心配して損した。






 階段を降りて50層に入ると、早速A級の魔物が出迎えてくれた。A級のダークリッチ2体がそれぞれ、B級のリッチを4体ずつ従えて待ち受けていたのだ。総勢、10体の軍団になっている。


「ダークリッチは……おや? "鑑定"できないな。どうしてだろう?」


 岩の陰に隠れながらダークリッチを鑑定しようとしたカケルが、不思議そうな顔をしている。


「ダークリッチは"隠蔽"を持っていますから、レベルが低い"鑑定"ではステータスは見ることができませんよ」


 イリーナ先生のアドバイスで納得するカケル。ただ、イリーナ先生は初めから50層以降に挑むつもりだったのだろう、しっかりとダークリッチの情報も調べてきたようだ。それによると、ダークリッチは魔力は高いが、攻撃力の耐久力はそれほどでもないそうだ。

 まあ、それほどではないとは言っても、それはカケルやアオイと比べればということで、ステータスが低い俺達にとっては十分脅威だが。


 それにダークリッチは、"物理耐性"や"闇操作"のレベルも高く、状態異常魔法をよく使ってくるそうだ。魔力が高いか、"闇耐性"を持っていないとかなり厳しい戦いを強いられる。ここは、カケルとアオイがダークリッチの相手をし、残りのリッチを他のメンバーで倒していくことになった。


「それじゃあ、行くよ!」


 カケルが最初に岩陰から飛び出し、ダークリッチへと真っ直ぐに向かっていく。魔物達がカケルに気がつき魔法の詠唱を始めたところで、アオイがダークリッチ2体に"2本撃ちダブルショット"を放った。物理耐性を持っているダークリッチにはほとんどダメージを与えることはできなかったが、2体の詠唱を止めることには成功したようだ。


 それでも、取り巻きのリッチ達から闇魔法がカケルに向かって一斉に飛んで行く。毒や眠りをもたらす闇魔法だ。


 しかし、B級の魔法程度ではカケルとアオイには効かないようだ。一瞬闇にまとわりつかれたようだが、何事もなかったように走り続けている。俺の予想通り、カケル達の魔力はリッチを大きく上回っているようだ。


 アオイは器用に走りながら矢を放ち、ダークリッチの動きを牽制する。さすがにダークリッチの魔法は警戒しているのだろう。しかしそのおかげで、ダークリッチの魔法が飛んでくる前に、先行していたカケルがダークリッチの元にたどり着いた。カケルが持つ剣は魔法道具マジックアイテムなので、ダークリッチにもダメージを与えらるのだろう。


 カケルがダークリッチ一体の前に立ちはだかったと思ったら、『シュン!』という音共にダークリッチの身体が真っ二つに分断された。一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやらカケルが目にもとまらぬ速さで剣を横に振るったようだ。


(う、動きが見えなかった……)


 本気を出したカケルの動きは、俺の目では全く捉えることができなかった。それほどまでに差があることに、少々ショックを受けてしまう俺。


 カケルは返す刀で残りのダークリッチを斬り捨て、ついでにリッチを4対葬って悠々と戻ってくる。


 俺達はその後、3人でリッチ4体を相手に奮闘した。俺達は魔力が低く魔法耐性があまりないから、リッチに魔法を使わせないように、普段より手数を多めにして戦った。それでも、時折飛んでくる状態異常の魔法を受けてしまうこともある。そういったときは、タイミングを見計らって毒治療薬アンチポイズンなどの治療薬を飲むのだ。この治療薬がまた高くて、薬を飲む度に早く光魔法を使える仲間とパーティーを組めるようになりたいと思ってしまう。


 俺達もカケルの様に一瞬でとはいかなかったが、危なげなく3人でリッチ4体を倒すことができた。


「うんうん、やっぱりカケルとアオイは別格ね! A級の魔物でも相手にならないなら、後はS級を探すのみ!」


 カケルの動きを見て何だかイリーナ先生のスイッチが入ってしまったようで、とっても危険なことを言いながら、足取り軽く奥へと進んで行く。その様子を見るに慌てて追いかける俺達のことは、すっかり忘れてしまっているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る