第31話 女の子の依頼
ナトリ草探しに来ていた実践力向上研究会のメンバーは、アスカとカケルが実物を手に入れたことから、野営で一晩楽しい夜を過ごし朝一番で王都へと帰ってきた。
本来ならばすぐにでもナトリ草を届けに行きたいところだが、実際、依頼品であるナトリ草を届けるだけでは意味がないことがわかっている。なぜなら、依頼主である女の子が本当に必要な物は"
石化の病は、個人の抵抗力にもよるが一ヶ月ほどで完全な石になってしまう。その薬を格安で作ってくれるベン&ソニアマートのソニアさんは二ヶ月ほど帰ってこない。つまり、ナトリ草だけ持っていっても女の子の姉を救うことはできないのだ。
「さて、どうしたらいいかな?」
カケルもどうしていいかわかならいようで、みんなに意見を求める。
「うーん、お金を払って王都の錬金術士に頼んでもなー……」
確かにリンの言う通り、お金を払えば解決するかもしれない。だがそれは、この実践力向上研究会を立ち上げたときに確認した理念に反する。ここで、特別扱いをしてしまえばこの先も全て同じように解決しないといけなくなる。それは何とか避けたいようだが……
中々いい案が出ない。
(アスカ、お兄ちゃんが知っている人で一人、格安で
(えっ? そんな人いるの?)
(ああ、だけどその人は人間嫌いで気難しいから、頼むならアスカひとりで行かなきゃ行けないぞ)
(うん、それでもいいよ! 早く女の子のお姉ちゃんを助けてあげたいし!)
「カケルさん! アスカの知り合いに、格安で薬を作ってくれる錬金術士さんがいるんだけど、その人にお願いしてもいいかな? ちょっと人間嫌いで気難しいから、アスカひとりで行くことになるんだけど」
「えっ!? 誰? アスカにそんな知り合いいたか?」
アスカのことを最も知っているはずのルークが一番驚いた顔を見せる。
「えへへ! アスカだってルークが知らないお友達がいるんだよ!」
とアスカは言っているが、ルークが知らないアスカの知り合いなんて俺くらいしかいないだろうに。
「じゃあ、これはアスカに頼んでいいかな? 何だか、見つけたのもアスカだし、薬にするのもアスカ頼みだし、正直アスカひとりで解決できたような気がしないでもないけど……せめて、最後に薬を届けるところは僕も同行させてくれないか?」
「うーん、アスカひとりで解決はしてないと思うけど……一緒に行くのはいいですよ!」
ふむ、カケルの言う通りアスカひとりで解決できる依頼ではあったけど、それを言うならこれに限らずどんな依頼でもアスカひとりで解決できちゃうから、気にするほどではないさ。
アスカには、1時間後にカケルと再会することを約束してその場を離れてもらった。
(それでお兄ちゃん、その錬金術士さんはどこにいるのかな?)
(おや、アスカは気がついていなかったのかい? もちろんその錬金術士とは、アスカちゃんのことだよ!)
(あー、そういうことですか。だからアスカひとりで行くように仕向けたんだね! でも、アスカは人間嫌いでも気難しくもありませんから!)
(ごめんごめん! そう言っといた方が疑われないと思ってさ。と言うことで、家に戻ってさっさと
(はーい!)
俺の作戦通りに元の家に戻ったアスカは、すぐに錬金術の使い方を理解したらしく、採ってきたナトリ草を使ってあっと言う間に
その後もアスカは、約束の時間まで色々な薬品を完成させまくっていたから、よっぽど錬金術が気に入ったのだろう。錬金術で作れる薬品を一通り作ったアスカは、完成した薬を持ってカケルと合流しカケルの案内で依頼主の女の子の家へと向かった。
▽▽▽
貧民街の一角にその家はあった。家と言っても、正確には一つの建物にいくつかの家族が住んでいる集合住宅で、前の世界では長屋と呼ばれていた建物に近い。この建物には4つの扉がついているから、4つの家族が住んでいるのだろう。
カケルはその中でも一番ボロボロのドアをノックした。
「こんにちは。誰かいませんか?」
名前も名乗らず『誰かいませんか?』とは、不審者かカケルは?
「だれですか?」
案の定ドアは開けてもらえず、中から女の子と思われる女の子の声が聞こえてきた。その声から、明らかに警戒されていることがわかる。
しかし、イケメンリア充のカケル君は女の子から警戒されたことなどないのだろう、全く気にする様子もなく会話を続けていく。
「僕の名前はカケル。君が、王都武術学院の実践力向上研究会に依頼を出したシャロンちゃんかな?」
カケルがそう名乗った直後、勢いよくドアが開き女の子が中から飛び出してきた。
髪はボサボサ、服はボロボロ、顔も薄汚れているがそれでもこの子がかわいいと思えるのは、この子が整った顔立ちをしているからだろう。最早、元の色が想像できない半袖のワンピースから伸びた手足は極端に痩せ細っている。
「お兄ちゃん、シャロンのおねがいをきいてくれるの!?」
歳にして5~6歳だろうか、まだ母親に甘えたい盛りだろうに。だが、病弱な母と石化の病にかかってしまった姉のために、この幼い子が必死に二人の看病をしているのだろう。傷だらけの両手から、容易に想像できた。
(ん? そう言えば、病弱な母ってどういうことだ? その病も治そうとしないのか?)
「もちろんそのために来たんだよ。こっちのお姉ちゃんが、君のお姉さんに効く薬を持ってきてくれたからね!」
俺の疑問はさておき、カケルがとびっきりの笑顔で女の子に説明する。カケルがお姉さんとお姉ちゃんをどういった規準で使い分けているのか気になるところだが、とりあえず女の子は目を輝かせて二人を家の中へと案内してくれた。
家の中には部屋が二つしかなく、古いテーブルが置いてあるのが居間で、奥にある2人の女性が寝ている部屋が寝室のようだ。
「お母さん! おねえちゃん! かっこいいお兄さんが、シャロンがおねがいしたおくすりをもってきてくれたよ!」
「えっ? 薬? シャロン、どういうこと?」
おそらく母親であろう奥に寝ていた女性が、つらそうに上半身を起こす。手前の女性は寝ているのか意識がないのか、ピクリとも動かない。
「シャロンちゃんのお母様でしたか、僕は王都武術学院に通うカケルといいます。今回は、僕が所属する実践力向上研究会でナトリ草の採集の依頼を受けました。ですが、ナトリ草だけ持ってきてもあまり意味がないと思い、差し出がましいようですが、採集したナトリ草で
「あ、あの、せっかく来ていただいて申し訳ないのですが、そんな高価な物を買うお金なんて……」
「いえ、お金は大丈夫です。訓練がてら自分達で取ってきた物ですし、薬にするのもこちらにいるメンバーのアスカが、格安で作ってくれる錬金術士さんを知っていたので」
「はい! ただで作ってくれました!」
アスカも、シャロンちゃんのお母さんを安心させるために相づちを打つ。
「ほ、本当にそんなことが? これは、ゆ、夢じゃないのかしら?」
「お母さん! ほんとうだよ! だって、シャロンがちゃんとおねがいしたんだもん!」
まあ、突然こんなことを言われてすぐに信じることなどできないだろうが、実際に
「こちらの女性がシャロンちゃんのお姉さんかな? 早速、薬を飲ませてあげたいんだけどいいかな?」
この突拍子もない状況に、未だ理解が追いついてないであろう母親も、自分の娘がこのままでは助からないことは理解していたはずだ。何もしなくても死んでいく貧民街の子どもを、わざわざ殺しに来る者などいるわけがない。そう思い至るのにそれほど時間は必要なかったようだ。
「
そして、この母親がカケルを信じることにした理由も何となくわかる。だって彼、イケメンだから。このお母さんの顔が若干赤くなっているのは、決して病気のせいだけではないはずだ。くそ、何でだろう。人助けのはずなのにイライラする。
「それじゃあ、アスカ頼むよ!」
「はい! わかりました!」
母親の許可を得たので、アスカが眠っているシャロンの姉の口に
「あれ? あたしはどうしちゃったのかな? 確か石化の病で意識を失って……!? 王子様!? あたし、王子様のキスで病気が治ったの!?」
いやいやいやいや、お姉さん。病気が治ったのはよかったけど、王子様のキスって……シンデレラか!? いやいや違った、白雪姫か!?
まったく、転生してからだいぶ経つから、日本にいた頃の記憶が怪しくなってきたじゃないか……
「お目覚めですか? 残念ながら僕は王子様じゃなくて、武術学院の学院生でカケルと言います。今回は、妹さんのシャロンちゃんの依頼であなたの病気を治しに来ました」
「あっ、えっと、シャロンの姉のクレアです。歳は12歳で彼氏はいません」
隣にいるアスカに全く気がつかず、カケルだけを見つめるキラキラした眼差し。とても、さっきまで病で床に伏せていたとは思えない豹変ぶりだ。
「無事に治ったみたいでよかった。これで、依頼は完了だね。シャロンちゃん、また何か困ったことがあったら僕達を頼るといい」
クレアの熱い眼差しを、持ち前の鈍感力で難なくスルーし、さっさと帰り支度をするカケル。こいつも中々に変わっている。
「あの、本当に何もお支払いしなくてよろしいのでしょうか? と言っても、お支払いできるものはほとんどないのですが……」
帰り支度をするカケルを見て、母親が慌てて確認してきた。目の前の出来事が、まだ信じられないのだろうが、お礼をしなければならないとは思ったらしい。
「大丈夫ですよ! 先ほど言った通り、僕らにとっては訓練の一環ですので。お金もかかっていませんし、心配しないでください!」
その言葉に安心したのか、はたまた娘の病気が治ったことが今になって実感できたのか、母親は涙をポロポロと流し始めた。
「それじゃあね、シャロンちゃん、クレアちゃん!」
「ありがとう、おにいちゃん!」
「ありがとうございます、カケルさん!」
母親に泣かれてしまったことで、恥ずかしくなったのか急いで家を出るカケル。アスカもこの雰囲気を壊さないように、そっとカケルの後についていく。
(っていうか、ナトリ草を見つけたのも
(いいじゃないのお兄ちゃん。何だかあの人達も幸せそうだったし!)
(まあ、アスカがいいって言うならこれ以上は何も言わないけど……)
(それよりお兄ちゃん、気がついた?)
(ああ、お母さんのほうだろう? あれは病気じゃなくて、呪いだな)
(やっぱりお兄ちゃんも気がついてたのね。あのままじゃ、お母さんも危ないよね?)
(そうだな。乗りかかった船だ。お母さんの方も治してあげるとしよう。ただし、今度はカケルは連れて行かないぞ!)
(もう、そんなこと気にしなくていいのに。でも、さすがに
(それもあるな)
(だから、今夜、変装してこっそり届けようと思うんだ)
(うん、それがいいかもしれないな)
その言葉通り、その日の夜、アスカはシャロンちゃんの家に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます