第29話 二人の王様
「理想って……」
よくわからない告白を聞かされて、俺は首をかしげた。
「なんだそれ」
「そのままの意味だ。おまえを初めて見たとき、俺の理想がここにいると思ったんだ」
「初めて見たとき?」
それって、あの森で? 全身泥まみれで、左足折って、無様に地面に転がっていた俺が、こいつの理想?
やっぱりこいつ気持ち悪いな、という俺の思いを読みとったようにギルベルトは「違う」と首をふる。
「私が盗賊に襲われたときだと言っただろう。もう三年も前になるかな。俺が即位した間もない頃だ。北の街道で魔族が旅人をたびたび襲っていると……」
ああ、あったな。そんなこと。俺も魔王位に就いたばかり頃だった。噂を聞いたゲイルが「魔族の面汚しが!」と叫んで飛び出していったんだよな。あれを追いかけるのは大変だった。
「あれ、結局人間の仕業だったぜ? まあ人間に似た魔族も二、三匹混ざってたけど」
「知っている。私もあの場にいたからな」
はあ、左様で。てか、おまえ本当に危なかったんだな。あの現場、相当凄惨だったと思うけど。俺がひいひい言いながら現場に到着してみたら、ゲイルが血祭にあげた盗賊連中の死体であたり一面ぐっちゃぐちゃだったし。襲われた人は逃げたとばかり思ってたけど、こいつはどっかに残ってたのかね。よかったな、ゲイルが間に合って。
「あ、なるほど。それでゲイルに一目ぼれしたと」
「おまえと話すのは楽しいんだが、たまにその口に石を詰めてやりたくなるな」
ええ、やめてくれよ。新手の拷問は。
「だって俺、何もしてないし」
「しただろう。生き残っていた魔族の首を刎ね飛ばしたはずだ」
そうだったかも。ゲイルを追いかけた俺を、さらに追いかけてきたフィル坊が襲われそうになったのを庇ったんだっけ。
そういえば、あのときの術は我ながら冴えてたと思う。身の程知らずの魔族の首を、綺麗にすぱんと落とせた記憶がある。普段の俺だったら加減がきかず、首どころかその身をすべて粉砕していたことだろう。
どっちにしろ同じですよ、とあとでバラーシュには渋い顔をされたけど。貴重な生き証人が……と、その後三日くらいはねちねち言われて、さすがの俺も少し腐った。
「あのときのおまえには圧倒されたよ」
遠くを見るように、ギルベルトは目を細めた。
「冷徹で果断で……くだらない妄言を吐く輩など力づくでねじ伏せる。あれは、まぎれもなく王の姿だった。同じ立場にある身として、おれもかくありたいと思ったものだ」
……ごめん、それ多分いちばん理想にしちゃいけないやつ。王様ってもっとこう、賢くて寛大で慈悲深いものだと思います。少なくとも、後先考えずに相手の首を刎ね飛ばし、側近になじられるものではないだろう。
でもまあ、これでわかった。こいつが森ですぐに俺の正体を見破ったわけが。なんてことはない。最初から面が割れていたわけだ。おまえにとって理想の王様が、無様に転がっているさまはさぞかし滑稽だったろう。
「実際に会って話してみたら、だいぶ印象が変わったがな。いきなり怒るわ泣くわで、見た目よりずいぶん子どもっぽい」
うるっさいよ! 言っとくけどそれ全部おまえのせいだからね! 相手がおまえじゃなきゃ俺も格好よく振る舞えんの!
「これならすぐに手懐けられると思っていたが――」
殺意にかられて握り直した短剣に、ギルベルトはちらと眼をやってかすかに笑った。
「気がつけば逆にたらし込まれている始末だ。まったく、おまえにはお手上げだよ」
「……なんだそれ」
先ほどと同じ台詞をつぶやいて、俺は目を伏せた。冗談めかした口調に隠れた、たいそう真摯なひとかけら。それに気づかぬふりをすることを、少しの間だけ許してほしい。今はそれより優先すべきことが、俺にはあるから。
黙って短剣をいじくりまわす俺の視界の外で、ギルベルトが微笑む気配がした。こいつはいつだって察しがいい。初めて会ったときからそうだった。
「それで? 珍しいものを持っているようだが、それで私を殺してこいとでも言われたか。その様子だと、人質でも取られているようだが」
はい、正解。本当に、嫌になるくらい察しのいいやつだ。
「脅しに屈するとは、おまえらしくないな」
「はあ? おまえに俺の何がわかるってんだよ」
「多くは知らない。だが、魔王エリアスのことならそれなりに。あの日以来、俺はずっとおまえのことを調べに調べていたからな」
さらっと怖いこと言うのやめてくんない? 何をどこまで調べたのか、調書とかあったら今度見せてくれ。すぐさま火にくべてやるから。
「統治者としてのおまえも、じつに見事だ。おまえが王位についてからは、魔族とのいさかいも格段に減ったしな」
「……お褒めの言葉どうも。けど、そりゃ誤解だ」
あんたの受けた報告ってやつは、残念ながら全部でたらめだよ。俺はそんなに出来た王様じゃない。
「それは俺じゃなくて、俺の仲間のことだから」
情報を集めて分析して、いつも最適な方策を立てていたのはバラーシュだ。人を集めて育てていたのはゲイルで、実際に戦ってくれていたのは軍団の皆だ。
俺はただ、フィルが整えてくれた衣装に身を包んでふんぞり返っていただけだ。
「俺は何もやってない。ただ皆に乗っかってただけだ。ただの、お飾りなんだよ」
ただ容姿がそれらしいというだけで、出処も不明な生まれ変わり説に担ぎ上げられて。でも、それももう終わりだけどな。本物様が登場なさった今となっては、俺の価値なんて小指の爪先ほどもないのだから。
悪いな、皇帝陛下。おまえの夢を壊しちまって。がっかりしただろ。その笑いは嘲笑か? いいさ、好きなだけ笑ってくれ。
「なるほど。それはますます凄いな」
「嫌味か」
「とんでもない」
睨みつけた俺の視線を、ギルベルトは微笑んで受け止めた。
「それだけの人材を従えられるおまえに、素直に感心してるんだ」
「……うるせえよ」
やめろよな、そういうの。不意打ち食らうのは好きじゃない。びっくりして変な顔さらしちまうだろうが。
「……離せ」
うつむいてギルベルトの胸を拳でたたくと、今度はすんなり腕がほどけた。ようやく落ち着いたと判定してもらえたらしい。
うん、まあ、さっきより視界が明るくなったのは確かだな。おかげで物がよく見える。ほら、あたりもだいぶ白んできたし。じき夜が明ける。朝が近い。
「べつに、従えるとか、そんなんじゃねえよ。おまえの物差しで俺たちを測るな」
「それは失敬。だが何にせよ、おまえの仲間が盾にされているのは厄介だな」
「まったくだぜ。んじゃ、おとなしく命よこしな」
「おまえのためなら喜んで、と言いたいところだが、俺には俺の都合があってな」
だよな。おまえにはおまえの都合があって、俺には俺の、皆にも皆の意思がある。そういうもの全部を無理矢理ねじ伏せようとするハロルドのやり口が、俺は気に入らない。だから、
「ギルベルト」
おまえの理想とやらはどうでもいい。立派な王様なんて俺の
「取引をしないか、皇帝陛下」
いつかの台詞を返してやると、赤毛の皇帝は目を見開き、それから口角を上げてうなずいた。悪戯小僧のように、緑の瞳を躍らせて。
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