第五章 教団長とお茶会を
第30話 昼下がりの噂話
昼時の皇都の街を、武装した兵士が駆けていく。
飯屋の窓からそれを眺めていた俺の隣で、職人風の男ふたりが飯をかっこみながら噂話に花を咲かせていた。
「まだ捕まらねえのかい。いやだねえ、さわがしくて」
「まったくだ。今日はとんと客がよりつかねえし、小僧どもも手え動かさねえでくっちゃべってばかりだ」
一人がぼやけば、もう一人も渋い顔でうなずく。
「うちんとこもだよ。いっそ今日は休みにしちまおうと思ったんだが、カミさんがやかましくてなあ。ほら、このまま陛下がアレんなっちまったら、当分は店閉めねえといけねえだろ。だったら今のうちに稼いどけって」
「ははっ、できた嫁さんだなあ。俺も今のうちに黒の染料仕入れとくか。結婚とちがって葬式ってのは読めねえもんだが、備えとくのに越したことはないからな」
いいねえ、おっちゃんたち。そういう逞しいとこ、俺好きだぜ。でも、もうちょっと声おさえたほうがいいかもな。下手すりゃ不敬罪であんたたちがとっ捕まるぞ。
「おっちゃん、おっちゃん」
余計なお世話と思いつつも、俺は職人にそっと声をかけた。
「そういうことはさ、あんまり大声で言わないほうがいいんじゃねえの」
「なんでえ、あんちゃん」
むっとした様子で顔をしかめた職人だったが、その向かいのもう一人――できた嫁さん持ちのほう――はうんうんとうなずいてくれた。
「あんちゃんの言うとおりだな。こういうのはあんまり大っぴらに話すもんじゃねえ。誰かに真似されちまうからな」
「それもそうか。儲け話はなるべくこっそり、てめえだけで抱えとくのが利口だな」
お見それしました。俺なんかが口を出すまでもなかったですね。
予想を超える逞しさを披露した親方たちは、皿をどかして食後の一服をつけ始めた。
「あんちゃん、見ねえ顔だな」
「ああ、昨日来たばかりでさ。奉公先のお遣いで」
「そりゃあ運がよかったなあ。一日遅れてりゃあ城門くぐらせてもらえなかったぜ」
「そのかわり出してももらえねえけどな。あんちゃんも、運がいいんだか悪いんだか」
煙管の煙をくゆらせながら、二人は何くれと俺に話しかけてくる。
どうやら一服吸い終えるまでの暇つぶし相手に選ばれたらしい。同じく手持無沙汰だった俺は、しばらく職人たちに付き合うことにした。
「まったくだよなあ。早く犯人捕まってくれないと俺も帰れねえんだよ。旦那様に怒られちまう」
「気の毒にな。でもまあ、どうせすぐに捕まるだろ。そう遠くまでは逃げらんねえよ」
「へえ。てことは、もう犯人の目星がついてるのか」
「なんだ、あんちゃん、知らねえのか。これだよ、これ」
職人の一人が小指を立てて意味ありげに笑った。
「なんでも、愛人にナイフでぶっすりやられたらしいぜ。痴情のもつれってやつだな」
「うわ、おっかないな」
「しかもだな、聞いて驚け。愛人は愛人でも、そいつはどうも男らしいんだな」
「うっそだろ!」
大げさな俺の反応がお気に召したらしい。職人たちは得意げな顔で話をつづける。
「陛下がそっちのご趣味だってことは前から噂になってただろ。ほら、なかなか皇妃様をお立てにならないもんだから。けど、いつまでもそれじゃいけねえって周りにせっつかれて、とうとう別れることになったんだと。で、別れ話に逆上した愛人が刺しちまったとか」
「いや、俺は心中って聞いたぞ。先に刺したのが愛人だけど、力が足りなくて失敗しちまってよ。そんでびびって逃げたってな」
おーい、おっちゃんたち、店の小僧さんのこと言えねえぞ。あんたらもめちゃくちゃ楽しそうにしゃべってるじゃないか。
「どっちにしても迷惑な話だよな」
「違いねえ。ま、せっかくだ。あんちゃんも、どうせ帰れねえんだったら皇都見物でもしていきなよ」
「それがいい。けど、気いつけなよ。あんちゃんみたいに別嬪さんだと、例の愛人と間違われてしょっぴかれるかもしれねえからな」
がははと笑って職人たちは席を立った。
微妙に失礼なことを言われた気もするが、この程度で腹を立てるほど俺も野暮ではない。たぶん基本的には気のいいおっちゃんたちだし。
仕事場へ戻っていく親方たちを見送ると、入れ違いのように別の男が二階から降りてきてた。
俺と同じく、簡素な旅装姿の若い男だ。違う点といえば腰に剣を下げているところだろうか。
「待たせて悪かった」
「そんなに待ってねえよ。話し相手もいたし」
いつもと違う髪色が気になるのだろう。そいつは茶色の前髪をいじりながら、親方連中の背中を目で追った。
「何の話をしていたんだ?」
「おまえの葬式の話」
俺が答えると、その男――ギルベルトは「気が早いな」と苦笑した。
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